44限目 俺だってしたいよ!

 水曜日……3日間に及ぶテストは無事終わり、俺たちはファミレスに集合していた。女子たちは振り切った。

「いやー終わった終わった。二重の意味で」

「たむたむは終わってねぇだろ。佐々木と結城は手応えどうだったよ」

「微妙。俺家だと勉強する時間あまりないし」

「俺はダメ。終了です」

「佐々木は補習か。可哀想に」

 くつくつと馬渕が笑う。俺も補習のような気がするけど、まぁその時は佐々木と一緒だと思って頑張ろう。そんなことを思いながらポテトを掴む。美味しい。

「最近結城はどうなの、幼馴染とメンヘラたちは」

「メンヘラについて改めて関係性を聞かれるとは……どうもこうもいつも通りだよメンヘラは。今日だって頑張って振り切ったんだからな? 席替えが待ち遠しい」

「お前席替えしたら四方囲まれそう」

「絶望を煽るな……」

 しかしまぁ、この引きの悪さだと現実味0%とは言えない。もちろん現実であって欲しくはないけども。

「で、幼馴染は?」

「進展なし」

「さっさと告れや……」

「俺だってしたいよ!」

 ドンッと少し机を強めに叩くと、コップいっぱいに盛られていたジュースが少しだけ零れた。苦々しい気持ちでペーパーナプキンを取り零れたジュースを拭きながら溜息を吐き出す。

「告白したなんて知られたら何言われるか分からない。愛はそこまで重い事態だと思ってないし……」

「小中同じだったのになんで?」

「クラスが被ることはあまりなかったんだよ。小一と、小5と……中3くらい? 俺は部活してたから登下校の時間が被ることもそんなになかったし、やばい女たちの話も……どっちかと言うと茶化して話してたから……」

「お前のせいじゃん」

 たむたむが言う。ぐうの音も出ない。確かに俺が本気で気をつけるように言わなかったせいというのは大きい。高校に入るに当たりイメチェンする、と言った時も、「そんな必要ある?」と言ってケラケラ笑っていた。愛が本気で警戒しているのなんて、それこそ菊城さんくらいだ。それも、自分が被害にあったからというより、俺が本気で死にかけたからだ。

「でもグズグズすんなよ、他の男に取られるぞ。青藍に通ってんだろ? 紅洋が近くにあるだろ」

「よく知ってんな馬渕……」

「5個上の従姉が通っててさ。女子校なのに彼氏が出来たーとか言うからどこで作ったのか聞いたら、姉妹校で男子校があるって言ってたから。合同授業も多いとか聞いたし」

「うう、やっぱそこで作るのか……」

「心当たりありそうな声だな」

 ニヤニヤと佐々木が言う。他の二人も同じ顔だ。楽しんでるなお前ら……まぁ気持ちは分かる。俺もお前たちが気になる女子が……でも俺より仲いいヤツが……とか言い出したら同じ顔をするだろう。

「なんか仲良い先輩がいてさ、大人でいい人なんだよ……この前もばったり会って、勉強教えてくれてさ……」

「へぇ」

「お前よりイケメン?」

「自分で判断しろと?」

「はは、はいそうですっていうキャラじゃねぇよな結城は。でも否定もしないあたり答えは見えた」

「そもそも、俺の顔は大して重要じゃないんだよ」

 愛は11月の生まれで、俺は8月の生まれだ。たった3ヶ月差の生まれで、窓を開ければ話せる距離でずっと接してきた。愛にとっての俺のこの顔は、一般的に見ればイケメンだと理解しているだけで、俺の顔は俺の価値を決めるのになんの効果も無い。心を許しあって、本質を晒し合う俺たちにとって、お互いの顔なんて大した問題じゃないのだ。それに愛は、俺がどれだけいい人で、イケメンで、他のどんな女が羨む人だったとしても、他の女にマウントを取るために俺と付き合うような人じゃない。第一、俺の顔が好みだから付き合いたいなら、もっと前に告白されてるだろう。

「幼馴染ちゃんは確かに、こう……女って結構陰湿じゃん? それに飲まれなさそうな感じするよな」

「いいじゃん、そういうの。本当の自分を好きになってくれてる……みたいな?」

 女子みたいな会話をしているな、とふと思い、笑ってしまった。やがてポテトもジュースも空になり、俺たちは会計に向かった。今日はドリンクバーは普通に1人ずつ支払い。ポテトは言い出しっぺの佐々木の支払いになった。

「じゃぁまた明日」

「おう、またなー」

「あーテスト返却されたくねー」

「赤点は避けたい……」

 俺たちはそれぞれ帰路に着いた。……さて、早く帰らないと。会計の時に気づいたが、またストーキングされている。おそらく会話が聞こえない位置にいたとは思うが、どうやら実川さんが一人で来ていたようだ。俺たちの位置からは入口が見えなかったから気付かなかった。スタスタと早足で帰り、家に入って鍵を開けて、中に入──……。

「ひ、陽向くんっ」

 ……声をかけられてしまった。

「……実川さん……どうしたの」

 後ろを振り向く。俺の家は階段とは逆側の角部屋で、実川さんは階段を登りきった位置にいた。実川さんは、その、あの……と煮え切らない態度だ。急かすのは良くない。それは実川さんのためではなく、ここで急かして泣かれても困るからだ。やがて実川さんは意を決したように顔を上げた。

「たっ……頼みたいことが、あるの……」

「頼みたいこと……?」

「その……あと2週間もしないうちに夏休みで、そのあとすぐに臨海学校があるでしょ……?」

 うちの学校にプールはない。だが確かに、代わりにというように臨海学校があるのだ。……なんだか猛烈に嫌な予感がする。

「み……水着、一緒に買いに来て欲しくて……」

 うわぁ……。


「おっ……落ち着こう実川さん! 彼氏でもない男が女の子の水着の買い物には付き合えないよ!」

「な、なんで……?」

「なん……でと言われても……モラル的に……!」

「お金出して欲しいってわけじゃないのに……」

「そういう問題じゃ……そもそも俺が一緒に選ぶ理由とは!?」

「? ……だって陽向くんは私にとってはヒーローなんだよ? ヒーローに喜んでもらえる水着が1番、でしょ? ねぇ、お願い。私には陽向くんしかいないの。ここで気に入られなかったら、私……」

 うう、俺に向ける感情が重い……別に俺は実川さんの水着に興味なんかないのだけど、それを言ってしまえば「陽向くんは私の事なんてどうでもいいんだ!」になってしまう。いや、どうでもいいというのも間違ってはいないが、目の前でヒステリーを起こされるのは大変困る。

「っ……か、考えて……おくよ……」

「ほんと? じゃぁ明日……返事待ってるね」

 嬉しそうに笑って実川さんは帰って行った。どっと疲れた。あぁ、なんて返事をしようか……。

 実川さんは気が弱いし、他の4人に対して「陽向くんが選んでくれた」なんでわざわざ言ったりしないだろうが、俺に対しては「陽向くんが選んでくれて嬉しい」とか言い出す可能性がある。それを聞き逃す他のメンヘラではない。他のメンヘラがいる前で俺にそんなことを言ったりはしないのではないか、なんて考えは甘い。俺が眼中に入ったら全ての天秤が『対象に気に入ってもらいたい、構って欲しい』という方に傾くのがメンヘラだ。他の女にマウントを取らない、しかし俺に気に入って欲しいから、嬉しいとか言う可能性は高いのだ。

 しかしそんなことを聞かれた日には、修羅場勃発が間違いない。特に体型を気にしている恩塚さんにそれは地雷だ。恩塚さんと実川さんの体型はほぼ正反対。そして名倉さんもやばい。あの人は自分の体型で相手を落としたがる。それなのに痩せていて正直発育の良くない実川さんが俺に水着を選んでもらったとか……考えるだけで恐ろしい。

「はぁ……」

 俺は今度こそ家のドアを開けた。母さんは買い物に行ったらしく、テーブルの上に書置きがあった。とにかく、さっきの話を聞かれなくてよかった、という安堵が残っていた。

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