42限目 助けてくれてもいいんだよ
困った。家に帰れない。5人はギラついた目で俺を見ている。
「ええと……」
どうしたもんか。この間みたいな殴り合いとか刃傷沙汰には持ち込みたくない。誰かひとりの家に行くなんて自殺行為にも等しい選択をするほど俺は馬鹿ではない。
……が、ファミレスやカフェ、フードコートなんかでの勉強は禁止されている。死ぬか足で物理的に逃げて5人を振り切るかしか今は選択肢がない。……まぁ、ドアに行くのには良木さんと恩塚さんというアルプス山脈……いやヒマラヤ山脈を超える必要があるのだが……これくらいしか山脈に関する語彙がないので表現が乏しい。いやそんなことはどうでもいい。問題は突破方法だ。だが学校の勉強じゃそんなことまで学べない。
ちら、と陽キャたちの方を見ると、ご愁傷さま、と言わんばかりの目で俺を見ていた。助けてくれてもいいんだよ、とは思うが……まぁ、俺が陽キャと絡むようになったことで、メンヘラたちの陽キャへの我慢値は限界に達している。話しかければどうなるか分からない今、助けを求めて余計な問題を増やす訳にも行かないか……。
「じゃ、じゃぁ……そうだ、じゃんけんで決めたら? 勝った人の家に行くってことでどうかな?」
「何それ、みんなで?」
「みんなで行くのは嫌」
「てゆうかじゃんけんはやだ……私弱いの……」
「……」
こんな公平極まりない方法でも嫌なのか……確かに運がらみの勝負ではあるけど、まじの実力勝負になったらこの前と同じことになる。どうしよう……。
とその時、おい、と後ろから声をかけられた。う、また田口先生か……と嫌な気分になったが、先生はどうやら校内に残ってる生徒が居ないか確認しに教室に入ってきたようだが、キョトンとした顔で俺たちを見ている。
「どうしたお前たち、帰らないのか?」
「か、帰りたいんですけど……その……」
ちら、と5人を見ると、先生はそれとなく察してくれたらしい。まぁ、2度もメンヘラ絡みのことでお世話になっていたらな……。
「……結城陽向、さっきそっちの部長の……」
「! ……浅井先輩ですか?」
「あぁそうそう、探してたみたいだぞ。昇降口にいると思うし、向かったらどうだ?」
「あ、ありがとうございます! じゃぁ5人とも、また明日!」
俺は逃げるように教室から出ていき、先生も「お前たちも早く帰るんだぞ」と言ってから教室を出ていったようだ。昇降口に着いたところで、先生が追いついた。
「結城、あんな言い訳で大丈夫だったか?」
「は、はい。ありがとうございます本当に……」
「いや、俺はいいんだが……あまりにも酷ければご家族に言うんだぞ。もし万が一いじめに繋がったりしたら大問題だからな」
「ははは……考えておきます」
苦笑いを零して、俺は走って家の方へ向かった……が、家に帰れないことを思い出し、どうするか少し考えた後、図書館へと向かったのだった。
図書館は想定通り混んでいた。同じ学校の生徒はもちろんのこと、愛や天野さんが通う学校の生徒もいるようだ。さて、どこかに座るところないかなと思いながら見渡していると、ひとつ空いている席があった。カバンを下ろして座り、教科書や問題集なんかを取り出していると、つんつんと腕を押された。何かと思って左隣を見ると、そこにはなんと天野さんがいた。気が付かなかった。
「天野さん……」
「結城くん、テスト勉強か?」
「はい。今テスト期間なので」
「なるほど。今、ということは今日もテストだったのか? どうだった、成果は」
「あ、あはは……いや、俺勉強は得意じゃなくて」
小声で話しながら、へらりと笑う。天野さんは苦笑した後、俺の教科書を見た。
「俺でよければ教えようか」
「え……でもここ、図書館ですし……」
「ロビーに移動しよう。そこなら声を出しても問題ない」
図書館のロビー、と言っても別に快適で広いスペースがある訳では無い。パイプ椅子と机がいくらかあるだけで、外よりは涼しいが館内より涼しい訳でもないようなところだ。そこでは飲み食いができるし話もできるが、その代わり借りた本をそこでは読まないように、という注意がある。もちろんその注意を破って本を汚したら弁償だ。
天野さんは本を借りたあとそこに来て、俺の勉強風景を眺めた。俺にとっての二日目の難題は物理基礎と生物基礎。いや、生物はまだいい。どちらかと言えば暗記科目だからな。問題は、計算問題も多い物理基礎だ。
「はは、懐かしいな物理基礎!」
「……? 天野さんは文系なんですか?」
「あぁ。どうにも理系は肌に合わなくてな。でも基礎くらいなら教えることは出来るぞ」
一応たむたむの家でも教えてもらった物理基礎。だが、やっぱり少し記憶が早くも抜け落ちている。問題集をとく俺を見て、少し詰まると考え方を教えてくれた。やっぱり頭がいいんだろう、わかりやすい。
勉強を進めて、天野さんはふと時計を見た。つられて俺も視線を向ける。4時……学校が終わったのは2時だったから、二時間ほど経っていたようだ。
「おっと、俺はそろそろ帰らないと」
「あ……その、ありがとうございました。……あの、天野さん」
「うん?」
「気になってたんですけど……天野さんはどうしてこんな時間に図書館に?」
「ん? あぁ……まぁ色々あってね」
はは、と笑って天野さんは帰って行った。何だろう?……まぁ気にしても仕方ないか。
俺はまだ帰るには早いだろう。なんで帰らないで欲しいのかは知らないが。
しばらく勉強したが、これがテストに活きるかは不明なまま、6時。そろそろもういいだろう。俺は特に何を借りる訳でも無く図書館から出ていった。一応メールを確認するが、何も届いていない。一体なんなんだろう、と思ったがすぐ考えるのはやめた。父さんがいなくなった時だって、理由を聞いても教えては貰えなかった……いやそれに関しては一番知りたかったのは母さんだろうけど……。
帰ってみると、家は特になんの変化もなかった。知らない靴はないし、荒れてるとかということもない。母さんはまだいるだろうか。
「……ただいまぁ……」
……返事はない。もう仕事へ行ったのか。何があったのか聞きたかったが、仕方ないと思いながら部屋に戻り、喉が乾いたためキッチンへ行くと、母さんが椅子に座ってテーブルに突っ伏していた。
「か、母さん……?」
「……あぁ、帰ってきたの。おかえり」
「あ、う、うん……どうしたの……?」
「なんでもないわよ」
なんでもない事はないだろ、と思ったがおそらく聞いても答えないだろう。しつこく聞いて逆ギレされても困るため、俺は顔をひきつらせてそのまま水を飲み、さっさと自室へ退散した。
「んー? 特に何か聞きはしなかったけど……」
「……そっか……」
なにがあったのか気にはなったため、愛に何か聞いたりしたか尋ねたが、どうやら手がかりはなさそうだ。
「陽向はなにか心当たりないの?」
「俺は何もない……あるとしたら父さん関連」
「帰ってきたりして」
「今更?」
言う愛に苦笑で返す。今更帰ってきたとして、なんて言ってやろうか。いや、俺は父さんのことをほぼ覚えていないし、他人行儀な態度になるかもしれない。なんてことを考えていると、部屋の外から俺を呼ぶ声がした。母さんしかいない。ドアの方に振り向くのと同時に母さんが部屋に入ってきた。
「ちょっと……話があるから来て」
「え、あぁ……わかった」
ちらっと愛を見ると不安そうに俺を見ていた。なんだろうな、とおどけるように、俺は笑って肩を竦めてから、部屋から出ていった。
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