41限目 テスト勉強でいいかな
そんなこんなで土曜日、たむたむの家に行くと本当に部屋にお兄さんがいた。なんか嬉しそうだ。
「さて改めて……俺は田向聖一。誠斗の兄だ。今年は受験生。よろしく!」
「よろしくお願いします……」
いるのは分かっていたけど、実際いられるとなると当然だが全員戸惑っている。比較的普段から騒ぐ質ではない俺と馬渕のドン引きをよそに、佐々木が若干戸惑いつつ声を出した。
「えーっと、どうも! 佐々木晴也って言います! 教わりに来てます!」
佐々木が明るく言ってくれたおかげで多少挨拶がしやすくなって、今度は馬渕が声を出した。
「あー、馬渕陸です。教える側ってことで失礼してます。別に頭良くないですけど」
「結城陽向です。教わる側です」
あっさりだが俺も自己紹介。田向兄はふんふんと言うように頷きながら、品定めでもされているように順に見てきた。そのうちぱっと田向兄は笑った。
「陽キャと冷静と陰キャだな! 把握!」
「おっと陰キャと決めつけるのは早いぜ田向兄! この顔を見ても同じことが言えるかな!」
「ちょっ……!?」
言うが早いか、佐々木は俺の伊達眼鏡を取り、やたら完璧なチームプレーで馬渕は俺の前髪を上げた。佐々木、馴染むの早すぎだろ……というあまり関係ない感想が脳裏をよぎる俺の目の前で、お兄さんの目が見開く。
「これは予想外の顔してんな……その顔隠さんと死ぬのか?」
「死にませんけど! 隠したいんです!」
「しかも元は茶髪らしいぜ」
「黒染めしないと死ぬのか?」
「死にません! いいから勉強しようよ!」
土曜の朝からこんなにいじられるとは……。
と、朝から早くも前途多難そうな様子を見せていたが、さすがは教えるまではなくても頭がいい方のたむたむの兄と言うべきか、それとも高校三年生だからと言うべきなのか、聖一さんは教えるのが上手い。俺と佐々木という底辺2人の面倒を見てくれるお陰で、馬渕もちゃんと自分の勉強ができている。本当にすまんかった、馬渕……。
「結城くん字は綺麗だな」
「そうですか?」
「うん。丁寧だ。でももう少し大きく書いてもいいな。字が小さいと見えづらくて教師に勘違いされることもあるし。その点佐々木を見習ってもいい。」
「なんで俺は呼び捨てなんすか?」
「イメージかな」
「はぁん?」
「まぁなんにせよ、どうやら結城くん地頭は多分悪くないからな。やっぱ問題は佐々木……おっと馬渕くん、そこ間違ってるぞ」
「え? ……あ、本当だ」
ちゃんと見てるの凄いな……。
そのあとも田向兄は俺たちのことを非常に良く見てくれた。その上お母さんは俺たちがどこかにご飯を食べに行こうとしたら昼食として冷やし中華を出してくれて、3時になると甘いものまで出してくれた。そのあと歯ブラシも与えられた。さすが歯医者。どうもたむたむ本人はご両親に愛情深く育てられたみたいだし、恐らくお兄さんもそうで、もともと面倒見がいいのだろう。ちょっと羨ましい家庭環境だ。だが自分の勉強はいいのだろうか。
「色々ありがとうございました……でも自分の勉強はいいんですか?」
「いいのいいの、そりゃ確かに危ういけどリフレッシュもできたし」
「兄貴、明日はどうすんだよ?」
「明日はさすがに自分の勉強するから、悪いが自分でやってくれ。多分今日で苦手なところはわかっただろ?」
それは本当にそうだ。俺は何とか高校数学の問題を解けるようにもなったし、これなら何とか1人で勉強もできるだろう。
最後にもう一度お礼を言って、夕方の6時、俺たちは自分の家に帰って行った。たむたむが駅まで……と言っても本当にすぐだが、見送ってくれた。
「じゃぁまた月曜な! 全員赤点回避で頑張るぞ!」
「おう!」
「不安なのは佐々木と結城だけどな」
けらけらと笑いあって、たむたむと別れてからは俺もここで2人とお別れだ。佐々木と馬渕の家は俺とは逆方向らしい。
「じゃぁな結城。また月曜」
「うん、お互い頑張ろうな」
そして迎えたテスト当日、初日。一教科目は現代文……これは漢字さえ勉強してあればほとんどぶっつけ本番でいける。日本人なのだから読み解きは基本できる……余程高度な問題がでなければ。
読みはできても書きはイマイチな漢字ゾーンを通過し、ここからは文章問題、まずは物語。ここは危なげなく通過した。……言葉の意味をかけ、というところを除けば。次に論文系……難しいのはここ、というかここは当たり外れが大きい。なぜなら──こんな短い文章で論点があっちこっち飛んだ挙句に、「要約しろ」なんて問題が出る。無理すぎる。
何とか全回答箇所を埋め、あとは不安なところをもう一度解いているところでタイムアップ……あってれば70行けるかな、くらい。50はとれる、多分。
次科目は保健体育。これについてはあまり勉強してない。当たり前だ、こんなのを勉強しているのは他の科目が完璧な人間だけ。俺にそんな余裕などないし、テストがあると言っても保健体育の通知表評価に関わるのは普段の授業態度と体育の実技成績だ。教師側もそんなに期待していないのか、問題は結構簡単なものばかりだった。
……そして3つ目、これが今日の最後の科目であり、本日において最大の敵──数学IA。中学の頃に既に躓いており、そこから騙し騙しで何とか頑張ってきたのを、今回の勉強期間で克服……しきった、とは言えない。だがそれでも、馬渕や田向兄の努力によって根本的な部分は修正し、習った公式は頭に叩き込んでいる。……これで今回は頑張るしかない。図形はもう捨てろと言われてしまったが……まぁ、堅実に点数をとるなら妥当な判断だと言わざるを得ない。
……難しくはあるが、不思議と落ち着きはある。テストの問題用紙の方に覚えた公式をとりあえず書き出して、どの問題がどの公式で解けるのか見比べる。このやり方は馬渕の考案だ。ふぅ、と息を1つ吐き出して、俺は問題を解き始めた。
50分後、チャイムが鳴るのと同時に、試験監督の先生が「テスト終了」と声をあげるので、解答用紙を裏にしてシャーペンを置く。
「後ろから回収しろー。1年は今日はこれで終わりだが、くれぐれもゲーセンとかに遊びに行かないように。HRやったら解散、また明日」
集められた解答用紙を持って、先生は教室から出ていった。少しして林先生が戻ってきて、テストを労われたあと挨拶をして、解散になった。まぁ、先生たちの言ったゲーセンなどに行くな、という言いつけを守る生徒ばかりがいるような学校ではないが。むしろ行く奴らが多いと思うが。
「陽向くん」
後ろからすぐさま声をかけてきたのは良木さん。一体なんだろう、と思いながら逃げの口実はテスト勉強でいいかな、なんて思っているとほかの4人も寄ってきた。良木さんが4人を睨んだ後、にこりと微笑んだ。
「一緒にテスト勉強しない?」
「ど、どこで……?」
「私の家に来ればいいじゃない」
ぎらりと他の四人の目が光る。良木さん、なんで1番に4人全員の喧嘩を買うような提案をするんだ。
「テスト勉強なら私の家に来たらいいじゃない。陽向くんも知ってる通り、私の親は教師だし」
「ひ、陽向くん、私の家、来ない? 両親いないし……」
「陽向くん私の家おいでよ、実はね、お父さんパティシエなんだ……」
「お菓子ならうちに来ればいいわ。駅前の高いケーキ屋に寄って帰りましょ?」
順に、恩塚さん、実川さん、伊藤さん、名倉さん……うん、どの家にも行きたくない……さて、どうやって逃げようかと考えていると、電話がかかってきた。……母さん?
「ごめん、ちょっと電話……もしもし?」
『あぁ、陽向。学校終わった?』
「うん」
『そう、良かった……。……ちょっと家で色々あってね、帰るの夕方にできる?』
「え? 色々ってどうしたの?」
『ええと……帰ってきたら説明するから。じゃぁ、よろしくね』
「えっ、ちょっと母さ──」
ぷつん、と電話が切れた。今すぐ帰った方がいいんじゃなかろうか、と思ったが、帰って母さんの逆鱗に触れる可能性も考えるとどうしたもんか……と逡巡している俺の周りで、メンヘラたちは獲物を見つけた顔。どうやら夕方まで帰れないという情報は、電話口から漏れていたらしい……。
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