40限目 兄、参戦!

「で……あー……結城中学の数学で躓いてるんだっけ……」

「面目ないけど……」

「……ちょっと待ってな? 母ちゃーん」

 母親を呼びながらたむたむは部屋を出ていった。恐らくだけど、中学の頃の教科書とか参考書とか残ってないか聞きに行くのだろう。予想は的中、少ししてたむたむは教科書とかを持って戻ってきた。

「教科書とか捨ててねーの?」

「両親が親馬鹿だから、俺たちの教科書とか取っておきたがるんだよ」

 そう言いながらたむたむは教科書をテーブルに置いた。それを馬渕が手に取る。

「……じゃぁ俺少し結城の面倒見るから、お前らそれぞれとりあえず自主勉してて」

「ほーい」

「頑張りまぁす」

「おし、じゃぁ結城はとりあえず……あれだな、二次関数の前にその前段階の復習しとくか。そこで躓いたってことはその前が怪しいんだろ」

「そうかも……」

 言いながら馬渕は3年生の教科書を閉じて2年の教科書を開いた。こうして俺たちは、田向家での勉強会を始めたのだった。


 数時間後、部屋にいた人間は馬渕を残して死んでいた。特に俺が。

「まぁ上出来だよ結城。ケアレスミスはあったけど考え方は合ってるし、よくここまで飲み込んだな」

「や……やったぁ……死ぬ」

「結城はスタートラインこそ遅れてるけど飲み込みが早いからまだ何とかなるとして……佐々木はお前、理系の考え方ホント苦手だな」

「いやだって……! 『電車のなかでジャンプしても後ろに下がらないのは慣性の法則で自分が電車と同じ速さで動いてるから』とか文章がわかんねぇじゃん!? だって電車の中にいる俺は動いてないのに!?」

「もっとビッグスケールで考えてくれ……じゃぁそうだな、止まった場合で考えようぜ。たとえば電車の中で立ってて、電車が何かあって急停止したとするだろ? その時お前の体はどうなる?」

「……前のめりになる?」

「そうだろ? それこそお前の体が電車と同じスピードで動いてる証拠で……」

 慣性の法則……口で説明しろと言われても俺には出来ないことを馬淵は色々な例を出して説明してくれた。凄い……。

「……ええと、電車の中にいる俺、ではなく……俺と電車はそれぞれ独立した存在として、動いてると捉えればいいってこと?」

「まぁそんな感じだ。お前が電車の中で立ってようが座っていようが、雲の上から見るとお前は電車に乗ることで時速何十キロってスピードで動いてんだよ」

「なーるほど! 神視点で見ろってことだな!?」

「……お前がそれで理解できるならいいけど……」

 思わず笑ってしまった。神視点、確かにビッグスケール……理科的にそれでいいのかはまぁとにかく。

「馬渕はこう、説明が上手いよな。なんで普通校入ったの?」

「なんでと言われても……別に進学校に入りたいとかなかったしな」

 馬渕の家は両親ともに普通の会社員だ。裕福なわけでもなければ貧しい訳でも無く、非常に平均的。兄弟は小5の妹がいるらしく、教えるのが上手く出した例がわかりやすいのは、その妹に教えているからだそうだ。馬渕自身はやりたい学科や学びたいことがある訳では無いが、その妹は今大学に行って宗教学をやりたがっているため、親が貯めてる大学費用は妹に譲るつもりのようだ。なんていい兄ちゃん……

「宗教学ぅ? なんでそんなマニアックな……」

「流行りのせいだよ」

「流行り? 何かあったっけ……あっ」

「お、結城は思い当たる節があるっぽいな。さすが一応漫研」

「漫研……漫画? ……あー、わかったわ」

「俺もわかった。なるほどな」

 漫研、と言われたことで残り二人もわかったらしい。このことについて勉強したい、と言われた馬渕は、それをやるなら宗教学とでも教えたのだろう。読んでないので詳しくは無いが、あれだけ盛り上がればなんとなく概要は知ってる。今もアニメが放映されているらしいし。

「鬼滅か!」

「大正解。鬼退治の話とか知りたいーって言われてな、じゃぁ宗教学だなって教えてやったよ。まぁ流行りに影響されてるだけだし、すぐ変わると思うけど」

「史学科でなく?」

「鬼退治なんて平安とかの逸話であって、実際の歴史じゃやらないらしくて……」

「なんでちょっと詳しいんだよ」

「調べたりした?」

「シスコンか?」

「うるせーな」

 ……とかいいつつも満更でもなさそうなあたり、兄妹仲はいいんだろう。

「結城は姉ちゃんがいるんだっけ? 結構兄弟持ちいるんだな。佐々木は?」

「ここまで来たら弟持ち期待されてそうだけど、俺は一人っ子だな」

 佐々木の家は父親は普通のサラリーマン、母親は在宅コールセンターの仕事をしているらしい。なんなら父方の祖父母も一緒に住んでいる5人家族とのことだ。しかし、父親は長期の出張が多い仕事で、家にいるのは大体母と祖父母と本人の4人だという。嫁姑仲はよく、佐々木自身自覚があるほど祖父母には甘やかされて育ったとの事だ。

「そんなだから俺昔めっちゃデブだったんだよね」

「ジジババに甘いもん食わされたか」

「毎日あんドーナツとか、あとサブレとかすげー貰ってたしなぁ。小学五年生あたりになるとさ、女子のこととかも気になり始めるし、周囲と自分の差に気づき始めるじゃん? その時になって痩せなきゃって思って、控えるようになったんだよ。痩せたいからおやついらないって言った時のばあちゃんの悲しそうな顔と言ったら……」

 くつくつと佐々木は笑っている。ほっこりエピソードに俺も少し笑ってしまった。


 駄弁るだけの休憩は終わり、俺たちは勉強を再開した。と言っても、30分もすれば6時半を過ぎてしまったので、俺はそろそろ帰らないといけない。

「あ……もうこんな時間か。帰って家事しないと」

「パートに出てるお母さんかお前は」

 違うと言えないのが困る。いやもちろん母親ではないのだけど……。

「本当はもう少し叩き込みたかったけど……まぁいいか。家庭事情だしな。時間空いたら今日の復習しとけよ」

「はぁい……じゃぁお先。また明日」

「おう、また明日なー」

 俺は鞄を持って、一足先に田向家を後にした。駅のホームに着く少し前に電車が来て、少し駆け足気味で俺は帰路に着いた。




 その1週間は、とにかくたむたむの家で勉強会三昧だった。俺と佐々木は脳みそが破裂しそうになりつつも何とか各々苦手なところを理解に励み、ほぼ自分の勉強をする暇のない馬渕は俺たちに参考書の問題解かせているうちに自分の勉強をし……と勉強苦手組としては非常に肩身の狭い時間とはなったが、その反面かなりありがたい1週間にはなった。問題は土日だが。

「土日はどうすんのお前ら。佐々木はとにかく結城はバイトあるだろ?」

「一応土曜は休みもらってるからいいんだけど……文化祭の時に結構休みと早退貰ってたから日曜は出る」

 バイトが終わるのは5時だ。そこからの参加は難しい。

「じゃぁ日曜はそれぞれやりたい分野あるだろうし各自自主勉ってことで……佐々木はサボんなよ」

「へーい」

「明日は何時に集まる?」

「10時くらいに来れる? 早いか?」

「明日の勉強なら兄ちゃんが手を貸してやろう!」

「うおっ!?」

 バァンと突然の大きい音にびっくりしながら見ると、たむたむとよく似た顔の少し年上っぽい人……全然顔合わせてなかったけど、お兄さんか……。

「んだよ兄貴。自分の受験勉強しろよ。今んとこ志望校評価Cだろ」

 結構危ういな。

「うるせぇ! お兄ちゃんだってたまには昔の勉強してぇんだよ!!」

「そうかよ」

「そういうわけだ1年生! 明日はこの俺が講師をしてやる! 心してかかるように!」

 俺の脳内には、小学生の頃友達にやらせてもらった某大乱闘のゲーム宜しく、『兄、参戦!』みたいな文字が浮かんでいた。

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