試練多すぎ!前期中間試験

38限目 気まずすぎるのだ

 翌日には伊藤さんも来て、やはり「優しいのは陽向くんだけ!」の方向に落ち着いたのかまぁまぁ俺に甘えてきたが、日が経つにつれ事件が起こる前に戻ってきて──7月。みんな楽しい夏休みの前に俺たちに課されるものがある。


 すなわち──前期中間試験!


 この学校は二学期制なので、中間テストは7月の初めになり、期末テストは9月の末になる。毎日勉強をちゃんとして……とは言い難い。何しろ中学の時の成績の悪さにも繋がる話だが、俺は家でやることが多いのだ。せめて部活をやめて、学校終わってすぐ帰れれば良いのだけど、最近彼氏が出来たっぽい母はその彼氏を家に連れ込んでるらしいし、帰りづらいのだ。というか部活を辞めたらメンヘラたちが着いてくるからやめたくない。

 …………とはいえ。

「諸君、文化祭ご苦労だった。今日から7月、みなわかっていると思うが……来週の月曜日から水曜日までの3日間、この学校では前期中間試験が行われる。よって、本日より部活動はテスト終了まで停止! みな各々勉強に励むように!」

 ということで、家に返されてしまった。バイトもテスト前の土日は休みを貰っているし、今の時間帰っても母が家にいる。母が嫌な訳ではないのだけど、連絡して彼氏を返す、とか考えると、なんだかなぁ、という気持ちになる。ちなみに学校によってテスト勉強をファミレスでやるなと注意喚起が出ているため、友達とファミレスで勉強会、というのは無理なのだ。とはいえ、図書館は遠いし学校の図書室の僅かな勉強スペースは満員、もちろんバイト先でできる訳でもないし、部室は解放されてはいるがあんなのは誘惑の山。

「どうしようかな……」

「何が?」

「うおわぁ!?」

 ぼんやり考えながら歩いていたもんだから、背後の気配に気づいてなかった。奇声をあげながら驚いて振り向くと愛がいた。一旦帰ったあとコンビニにでも行くのか、ラフな格好をしている。俺はどうやら家を通り過ぎていたらしい。どこに行くつもりだったのか。

「びっくりした……愛か……」

「どうしたのぼーっとして。考え事?」

「あー、うん。テスト勉強どこでやろうかなって……最近母さん男できたっぽくて家に帰ってもアレだし……」

「あぁ、そっちこれからテストなんだね」

 まなの学校はこの間テストだったらしい。まぁつまり、俺と文化祭に来たあの日、愛はテスト直前だったのに来てくれたということだ。その点でも怪我がなくてよかった。

「うちの学校は図書館が別にあるから他校生徒も使えるようになってるけど、そこまで行くには遠いよねぇ……あ、うち来て勉強する? 教えてあげられるし」

「…………」

 以前の俺なら喜んでいたところだが……さすがに文化祭のあれが脳裏を過ぎる。その上、樋口くんから聞いている名倉さんの家特定、恩塚さんや実川のストーキングを考慮すると気が引ける……というか愛が俺にそういう提案してきているのは危機感が無さすぎる…………。……いや、俺が家の中で気を抜いているのと同じか。愛は俺が若干ストーカーされてること知らないし、特定されるとも思ってないから、家なら安全だと思ってるんだろうな。

「ありがたいけど、遠慮しとくよ。家でやることもあるし、テスト期間だと言えば母さんも分かってくれると思う……分かってくれなければそんときはそんときで、友達頼るよ」

「そう? ならいいけど……いつでも力になるから、遠慮なく言ってね!」

 愛の優しさが身に染みる……お礼を言ったあと、俺はひとまずコンビニへ向かった。母さんに電話をするためだ。別にその場で電話してもいいのだが、もし男がいてその男が帰る時、俺が家の前にいると確実に鉢合わせることになる。それはあまりにも気まずすぎるのだ。

 電話すると、少し時間が経ってから母さんが出た。

『もしもし? 陽向どうしたの?』

「あー、母さん。俺来週からテスト期間だからさ、部活が休みになるんだ。他に勉強できるところもないし家で勉強したいんだけど……いいかな」

『あぁ……そうなのね。わかったわ、大丈夫よ』

「あ、ありがとう」

 なんか久々に親子らしい会話をしたな。……いや家に帰っていいかと聞くのは普通の家庭ではないのだが、そもそも父さんが蒸発しているのだから仕方ない。俺は勉強のお供になるスナック菓子を一つ買い、家に帰っていった。




 家に帰ると、元々いなかったのかそれとも帰ったのか、この前見たような革靴はなかった。一安心して靴を片して家に上がる。

「ただいまぁ……」

 返事はなかったが、少ししてリビングから母が顔を覗かせてきた。

「おかえりなさい。テスト、頑張ってね。留年しない程度でいいから……」

 期待が低いな……高校で留年はなかなかないと聞くけど……まぁなんにせよ、テスト期間中は家事をやってくれるとかはなさそうだ。

「うん……点数高くなくても怒らないでね」

「怒らないわよ、そんなことで」

 くす、と母さんは笑った。


 俺はテストの点数で怒られたことは1度もなかった。母さんはそういったことで怒るタイプではない、というか……母さんとて、恐らく俺たちに怒りたいわけじゃないのだ。ただ致命的なまでに感情のコントロールが下手なので、そんなことで怒る?というようなことで怒ることが多い。テストの点に関しても、50点を取っても怒らなかったのに翌日80点取ったらなんで100点じゃないのかと怒られる……そんなことがざらにある。

 でも、それも姉ちゃんが働き始めて、俺が家事をできるようになってからはマシになった方だ。つまるところ、時間の余裕がないとそうなるのだろう。俺が中学に上がってから、理不尽な怒られ方をすることはかなり減った。もちろんゼロではないし、俺もそこまで求めてない。どんな親でも、理不尽に怒ることは当然あるだろう。

 そんなわけで、色んな人が俺の親の話をすると顔を顰めるが、俺は周囲が思うほど自分の親を酷いと思ってはいない。蒸発した父に対してはちょっとだけふざけんなと思うけど、それだけだ。


「じゃぁとりあえず勉強するから部屋戻るね……家事はいつも通りやっておくから、仕事まで寝てていいよ」

「ありがとうね、陽向。お姉ちゃんみたいに、優しくなったわね」

 姉ちゃんみたいに立派で優しい人になる。それが姉ちゃんが出ていった時の俺の目標だった。きっと達成出来た。しかし副産物メンヘラのことを考えると笑えない。

「俺はまだまだ、姉ちゃんには及ばないよ」

 とりあえずそう言っておこう。


 問題集を開く。今回の教科は……初日、現代文、保健体育、数学ⅠA、日本史。2日目、古文漢文、生物基礎、物理基礎、英語、選択制の芸術科目。3日目、世界史、化学基礎、現代社会。合計11科目。芸術系科目は俺は習字も絵も上手い方ではないので音楽を選択してある。言うまでもなくメンヘラも名倉さんを除いて一緒だが、音楽は男女で別れて歌うことが多いため、正直あまり危険視してない。そもそも授業中は大人しいしな、メンヘラ。

 そして俺がこの中で得意と言える教科は──まぁ、現文はある程度マシ、という程度だ。苦手なヤツは、多すぎて数えるのも嫌になる、が……。

「……数学からやるか……」

 数学が正直一番ヤバイ自覚はある。というのも、中学から家事をやってる俺は数学は中学時点で躓いているのだ。数学と英語は、一度躓くとそこを克服しない限りは分からないことが増える一方だ。

「……素直に愛に他よればよかったなぁ……」

 馬鹿にされるんだろうけど、赤点取るよりはマシだ……。

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