37限目 余計なお世話だ

 火曜日──学校に向かうも、伊藤さんは校門にいなかった。おそらく親にかなり絞られたのだろう。これで大人しくなるといい、というか普通の子なら大人しくなるのだろうが、何度も言うようだがメンヘラに正しい取説、正しいマニュアルなんて存在しないのだ。というか普通の子なら包丁を持ち出したりなんてしていない。親が私を怒った!私に優しいのは陽向くんだけ!となる可能性は十二分にあるのだ。

「おはよう、陽向くん」

「今日は少し早めなのね」

「話聞いたよ……小本さんも、大丈夫だった?」

「幼馴染も自業自得よね」

 愛のどこが自業自得だと言うのか……そもそも愛と一緒に回れると言ったのは俺だし、俺もしくは愛が悪いとしたら、それはメンヘラがまさか包丁を出してくるとまで想像出来ていなかった俺の方だ……が、そこで自分を下げて愛を庇うと面倒なので、苦笑いをしておく。というか苦笑いしか出てこない。

 付きまとわれながら歩いてみて気づくが、いつもより1人少ないくらいでは鬱陶しさが何も変わらない。おそらく伊藤さんは身長が低いから、良木さん、恩塚さん、名倉さんの3人に比べれば圧倒的に圧がないのだ。ちなみにだが、身長は1番良木さんが高く、恩塚さんは胸がでかく、名倉さんは背が1番高い訳でも胸がでかい訳でもないが、何しろド地雷の顔面が強烈だ。肉体的にと言うより、雰囲気での圧が強い。その点細い実川さんと背の低い伊藤さんは良心的だ。圧がないという点では。

 …………というか、ん?さっき実川さん、聞いたって言ってたか?誰から?まさか伊藤さんからは聞かないだろうし、別に先生も話したりしないだろう。だとすれば、噂になってるとか?いや、あの場に生徒は平塚さんと俺と愛と伊藤さんしかいなかったし、平塚さんも言いふらすようなタイプではなさそうだけど……。

「あの……なんか、伊藤さんの件知ってるみたいだけど……一体誰から……?」

「え……あっ……」

 ……実川さんの反応で正規ルートではない情報収集だったことは察した。まさかとは思うが……。

「ご、ごめん、あの……田向くんたちとファミレスに行くって聞いて……も、もし小本さんに告白したとかだったらどうしようって……」

 どうしようってなんだ。どうにかするつもりだったのか。万一付き合うことになったらそれはそれでもう諦めてくれよ俺のことは。

「私は別に。ただあの3人に囲まれて陽向くんが大丈夫か見に行っただけよ」

 余計なお世話だ。理由を聞いては来ないけど人間不信が嘘なのはもう分かってるだろ恩塚さん。シンプルにストーキングだろ。

 良木さんと名倉さんは俺をストーキングしてなかったらしく、キョトンとしているがそのうち怒りの炎を宿したような目をして距離を詰めてきた。

「伊藤さんと何かあったの?」

「説明が欲しいわね」

「えっ」

 なんで数又かけてる男が彼女たちに詰め寄られるみたいになってるんだろう……。というかどう説明すればいいんだ?

「ええと……幼馴染と歩いてたら、人気がない廊下で、幼馴染を彼女だと思った伊藤さんが……ヒステリック起こしちゃって……」

「幼馴染……あぁあの子ね。朝から陽向くんと歩いてたパッとしない感じで可愛くもない」

 ……そんなことは無い……たしかに愛は垢抜けないところはあるけど、一般的に見れば欲目抜きにしても可愛い部類だ。周囲にメンヘラがいなければ、愛が俺をイケメンの幼馴染と言うように、俺も愛のことを可愛い幼馴染と人に話している。実際俺たちがパンケーキを食べに行った時顔を合わせた馬渕は、ファミレスで愛のことを「すげー可愛い子」と言っていた。幼馴染で且つ愛に片思いしているのが3人にはバレているので、そんな俺の前で可愛くないなんて言えないのかもしれないが、実感の籠った「可愛い子」だったので多分本心だ。

 いやそんなことよりも。

「伊藤さんについては置いといて……ストーキングはやめてね……俺だけにかかる迷惑じゃなくなるから……」

「ストーキング!? 心配してあげてるって言うのに……!」

「やってる事ストーカーと何が違うのよ。成績いいと思ってたけど物分り悪いのね」

「なっ……!」

 うっかり地雷を踏み抜いてしまった挙句炎上したところに灯油がぶち込まれてしまった。今のはストーキングと言った俺が悪いのか。

「……2人とも、教室着くから静かにね」

 本令が鳴るより少し早く俺たちは教室に入り、途端に2人も静かになった。少ししてきた先生を前に朝のHRが始まる。伊藤さんは欠席。また今日から変わらない日々が始まるのだった。




 放課後、部活に行く前に俺は生徒指導室に呼ばれた。と言っても俺と愛はただそこを通りすがっただけだったので、叱られる訳ではなくただ単に事の顛末を聞かされることになったのだが。

「怪我人が出なかったことと君が望まなかったことがあり、学校は警察に届けを出していない。日曜日と月曜日、何か結城くんや友達の周囲で変わったことはあったかな」

「いえ特には……愛……あ、幼馴染からも何も聞いていません」

「そうか。…………伊藤沙絵本人にも、落ち着いたあとで事情を聞いたが……何か文化祭が始まる前に君に言われたことがある……というようなことを聞いたのだが」

 聞いた事……おそらく行事参加の件だろう。

「……伊藤さん含め、俺に普段から絡んでくる女子達が、文化祭の女子の話し合いに参加していなくて……このままだも困るからと、クラスメイトの平塚さんにお願いされて、先週の月曜に、5人を話し合いに今からでも参加するように説得しました。話し合いに加わる意思があるのは伊藤さんだけでしたけど……多分言われたことってそれだと思います」

「その時、君はなんて言った?」

「えー……なんて言ったかな……あ、俺から女子に橋渡しするつもりはないとは伝えましたね……」

「そのあとは?」

「陽向くんのためだから頑張ると言われました……」

「なるほど……伊藤さんの話から察するに、恋愛事情のも縺れのように感じたのだが、君からすれば?」

「……あながち間違ってはいないのでしょうけど……俺は誰とも付き合ってないし、伊藤さんにも告白はされてないし、伊藤さんの一方的な勘違い、という他ないかと……」

「……そうか、わかった」


 あの後、何があったかをオブラートに包まれて俺は教えられたが……言葉の端々から感じるニュアンスを読み取るならば、どうやら学校に呼ばれた伊藤さんの母親はヒステリックに喚き散らして伊藤さんに暴力を奮ったようだ。そして落ち着いたかと思えば今度は泣き出して、とてもまともに話を勧められる状況ではなかったらしい。やがて落ち着いてちゃんと話をした上で、ご家庭での教育を……ということを伝えたらしい。また、俺が警察に言うのはやめて欲しいと言ったことには感謝していたようだ。まぁ、つまるところ世間体を気にするタイプなのだろう。最初のヒステリックも、警察のお世話になるのが耐えられないからという理由なんだろうな……じゃぁ娘に暴力するなよ、という話なんだけど。

 …………にしても、なんかなぁ……中学時代に伊藤さんがリスカに走っていた理由が、何となくわかってしまったな……もちろん中学時代の俺は、事情を知っていてもなお、やめなよとは言っていたんだろうけど。

「君は保護者の方に何か言ったか?」

「あ、いえ……母とは生活リズムが合いませんし、警察にも言ってないし、俺の方は何もしてないのに報告しても困らせるだけだと思うので……」

「そうか……今更だけど本当に良かったのか? 警察に報告しなくて」

「大丈夫です。誰も怪我してなかったので」

 そして俺は解放され、部活へ向かった。部室は特に片付けるものがない。今日もいつものようにマンガを読むだけ、部室という安全シェルターに向かう足は軽かった。

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