36限目 困るだろう

 少ししてから生徒指導部の田口先生、担任の林先生、そして学年主任の津村つむら先生が現場に到着した。津村先生は数学の授業くらいでしか会ったことがない。

「ええと、平塚さんのお話によるとぉ、結城くんとお友達が歩いているところを、突然……という話だったのですが……」

「はい。後ろから突然の声をかけられて」

「……お2人は何故ここを通ったのですか?」

「愛……幼馴染を案内してたんです。先生方の声劇が楽しそうだから見に行こうって話になって、その時いた場所から1番近い道を選びました」

 目の端で平塚さんが少し驚いた顔をしているのが一瞬見えた。あぁ……見た目これでちゃんと話してるからか。困惑させてごめんよ平塚さん……。

 その後、色々と話を聞かれて、どうやら俺の無罪は証明され、伊藤さんも少し落ち着いたのか俯いたままでいる。まぁ、愛のことをどう思っているかはさておき。

「殺人未遂ですよ伊藤さん」

 津村先生がキッと少し伊藤さんを睨む。

「警察に連絡しますか?」

「まっ、待ってください! 結局怪我もないし何も警察まで……」

 やばい。母さんへの連絡は免れないだろうが警察まで呼ばれたら母さんが姉ちゃんを呼んでしまう。姉ちゃんは働いて、そのうえで実家に少しづつ送金してくれてるし、実は高校に通う金も姉ちゃんの援助がある。これ以上迷惑かける訳には……!

「……そうですか……分かりました」

 あっさり引き下がったあたり、事なかれ主義の教育現場の実態を目の当たりにしているな。これでいいのか高等教育。

「ですが伊藤さんの保護者様には連絡させていただきます。結城くんは……」

「自分から言っておきます」

「分かりました」

 言うつもりなんて微塵もないけど。愛の両親には……まぁそれは後で考えよう。


 その後、俺は愛を送っていくことになった。さすがにあんなことになっては愛も構内に残ってるのは難しいだろう。俺の心配ばかりしていたけど、怖かったはずだ。

「本当にごめんな、愛……弥生さんたちにどう説明する?」

「ん? 別に何も言わないよ。パパもママも陽向が悪いとは思わないと思う……というかむしろ、過剰に心配されて美咲さんに何か言いだしたら陽向が困るでしょ?」

 それは確かにそうだ。俺も困るし、母さんとしてもそんなこと言われても案件だろう。

 母さんにはメンヘラについての話はしていない。聞いてくれないとか俺の事はどうでもいいとかではなく、メンヘラだと気づいたのが中三のときで、もはや手遅れだったからだ。それに学校での交友関係で、「メンヘラ釣っちゃった! 助けて!」なんて言われても母さんとしても困るだろう。例えば相手が煙草だのシンナーだのやってるような悪童だったら、関わるのを辞めさせたり学校に話したりするだろうが、俺の場合は相手はメンヘラなだけのただの女の子。今回の件は笑えないけど、普段は俺に依存してくるだけの子達だ。母さんだってそんな子を学校に報告だとか言えない。関わるのをやめなさいと言うことは簡単でもそれに手を貸すことは出来ない。というか関わるのが辞められるような相手なら俺は苦労していない。


 そのうち家の前につき、愛はアパートの階段を上がる前に振り向いた。

「陽向はどうするの? 学校戻るの?」

「うん。片付けとかあるし。あと友達にちょっと愚痴りたいかな」

「あははっ。愚痴りたくもなるよね。じゃぁ気をつけてね」

「うん。また……帰ったら」

 階段を昇っていく愛を見送り、俺は踵を返して学校へと戻った。




 学校に戻ると、教室の前に馬渕がいた。愛を送る前に、一応「幼馴染を送ってくる」と連絡はしてある。

「よっ、おかえり」

「馬渕……他の二人は?」

「佐々木は便所。たむたむはシフト中だけど、もうすぐ5時だからそろそろ終わりだな」

「そっか……」

「どうだったよ、幼なじみちゃんと文化祭デート」

「あー……それも含めてちょっと聞いて欲しいことが……放課後空いてたらファミレスとかで聞いてくれない?」

「いいけど……」

 少しして佐々木が戻ってきて、そのタイミングで文化祭終了のアナウンスが鳴った。今日は簡単な掃除をして、本格的な片付けは月曜日になる。俺達も教室内のゴミやら何やらを片付け、女子たちは調理場の掃除へ向かった。

 子供が机や床にクリームを零したりした時に拭き取りきれなかった分を拭いたり、落ちてるパンくずやら埃やらを掃き掃除をして、内装の飾りをとってゴミをまとめて捨てに行って、なんてしていたらあっという間に下校時刻。今日は部活もないので6時の帰り。月曜日は振替休日で、次の学校は火曜日、その日は一日文化祭の後片付けになる。


 話を聞いて欲しい、と言うと佐々木もたむたむも了承してくれた。少しにやにやしているところを見ると、おそらく告白でもしたか、されたかみたいなのを想像していそうだ。ごめんな、ちっとも楽しくは無い伊藤さんの話なんだ。ちなみにその伊藤さんは教室に残らされていた。おそらく親が呼ばれたのだろう。ほかのメンヘラは陽キャに近寄れなかったのか、大人しく帰ってくれたので、俺たちは安心して近くのファミレスに向かったのだった。




 ドリンクバーと適当にポテトを注文し、飲み物を持ってきてから俺は話を始めた。

「それで、愛……幼馴染とその道歩いてたんだけど、あそこ一通りないじゃん? そんで後ろから声かけられたと思ったら伊藤さんでさ」

「告白邪魔されたのか」

「だから告白してないってば! ええと、それで……手に包丁もってたんだよね」

「はぁ!?」

「ほ……え? 遂に刺しに来たんか?」

 俺は伊藤さんが言っていたことを簡潔にまとめた。俺がさっさと帰るから彼女がいると勘違いされ、愛がその彼女だと思い込まれたことと、その女殺して死んでやると叫ばれたことも。

「うへぇ……そりゃまた随分とヤバだな」

「お前それでいいの? 警察案件だろ普通に」

「いや、俺もそう思うんだけど……いやな、俺年の離れた姉がいて家出て働いてるんだけど……姉ちゃん家にも金入れてて、しかも俺が高校に入れたのも姉ちゃんの援助があったからだし……警察沙汰になって迷惑かけたくないんだよな」

「お前弟だったんだ。どっちかと言うと一人っ子か兄だと思ってたわ」

「お前親は? 働いてねぇの?」

「母親は働いてるよ。稼ぎは知らないけど。父親は小さい頃蒸発したからいない」

「さも当然のように蒸発って情報盛り込むなよ。リアクションに困るわ」

「それはごめん」

 そんな話をしているとポテトが運ばれてきた。ちなみに金は持ってきてあるが、ポテトはたむたむが頼んだため、細かく割り勘せずにたむたむが払うことになった。いい匂い。ポテト食べるなんていつぶりだろう。

「…………うま……」

 …………3人の視線が刺さる。うん、ごめん、なんかしんみりと味わうようなトーンで言ったのは認める。許してくれ、久々に食べてるし今日は疲れたんだ。

「相当疲弊してんなお前……」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

「佐々木のパイなに? 揉めるの?」

「え? ……揉みたいの……?」

「おめーが揉む?って言ったんだろが」

 言い出しっぺの佐々木が口元を抑えて信じられないものを見る目で馬渕を見てて、ツッコミを入れた馬渕はなんだコイツと言わんばかりの目で佐々木を見てる。思わず笑ってしまった。

「ま、とりあえずお疲れさん。告白報告だったらお前の奢りとか言うところだったけど、違うんならドリンク代奢ってやるよ」

「やった。ありがとう」

 ちゃと聞いた訳では無いが、たむたむの家は多少裕福らしい。家政婦がいる、と言うレベルまでは行かないが、両親ともに歯科医なのだそうで、学校でも律儀に昼食後歯磨きをしている。歯が綺麗で羨ましい。

「さて、そろそろ帰るか」

「そうだな……ありがとう付き合ってくれて」

「いいって。でもお前もそうだけど今後幼馴染ちゃんにも気をつけるように言っとけよ」

「うん」

 昨日が夏至だった6月22日、まだ日は高く、俺たちはそれぞれ帰路へ着いたのだった。

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