32限目 悪い話じゃねぇからさ!

 適当に過ごして、12時半。着替えに使われる部屋で馬渕くんがメイド服を脱ぐ。

「あー恥ずかった……お前も頑張れよ」

「う……うん……」

 服を渡され、着る。1度試着したけどやっぱりフリッフリだ。着替えるために1度外した眼鏡をつけ直し、髪をぼさっとさせて……よし、まぁいいだろ。教室に行くと、やっぱり人が多い。客が次々と来る。マニュアルは一応ちゃんと読んだので、明るく!元気に!言いたくは無いが一応!

「お……お帰りなさいませ、ご主人様!」

「お、やっているな秀康くん」

 そ……その呼び方は!目を向けると、やっぱり部長がいた。おそらく自分のクラスのシフトを終えてきたのだろう。ちなみに部長はH組らしい。

「ふふ、撮っていいかな?」

「いいですけど俺も仕事なんで……」

 女子が作ったパンケーキを持ってきておいて、俺たちはメニューに合わせて飾りつけ。愛のクラスでやっていたクレープみたいなものだ。それの対処にももちろん忙しい。ちなみに人数が足りないので、女子が会計に回ってくれている。

「ではあとにしよう」

「お席にご案内しまーす……」

 部長はクラスメイトと思しき男子と来ていた。そっちの先輩もにやにやしてみている。くそ、これがあと2日あるのか……!

「では俺はキャラメルを1つ」

「俺はいちご練乳で」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 可愛いメモ帳にテーブルナンバーと注文を書いて、調理カウンターに向かう。作り方は全てそこに書いてある。パンケーキを1枚皿に乗せて、まずはバターとキャラメルソースを軽くかけて部長の分は完成。次にもう1人の先輩の分は、4等分にされたいちごを8つ縁に並べ、キャラメルソースと同じように練乳をかけて完成。皿を2つ持って運んでいく。……ここからが至難だ。

「お待たせいたしました。美味しくなる魔法をおかけしますので食べるのは少々お待ちください!」

 来たな、という顔をされる。あぁ来ますよ。もちろんやらされるんですよ!!

 すう、と息と覚悟を整える。

「──美味しくなぁれ、萌え萌えきゅん……!」

「見事だ秀康くん!」

「恥ずかしいのによくやった1年生! 胸を張れ!」

「……ありがとうございます……お会計後払いです。これを持ってあちらの教卓でお願いします……」

 可愛いメモ帳を一枚剥がし、テーブルに置いて頭を下げて立ち去る。テーブルの片付けをしなければ。この時間が、とんでもなく長く感じる昼だった。

 しかし人間の、それも高校生の順応性というものは恐ろしいもので、何だかんだ30分もすれば恥も薄くなってくる。俺は、だんだんやることなすことに躊躇というものを失っていた。俺以外のシフト面子もそうだ。割と慣れてきて写真撮影に応じたり、おまじないかけたりしている。

 そんなことを思っているシフト終了間際、新たに客が来た。

「お帰りなさいませご主人さ……松永先輩に坂田先輩!」

「よ、マジでメイドやってんだな」

「こんにちは秀康くん」

「まじで……とは?」

「部長がLINEに流してたぞ」

「なっ!?」

 部長め……流すなとは言ってないけど……!

「注文いいか? 俺はカスタード」

「私はメープルでお願いします」

「……はい。少々お待ちください」

 早くもて慣れたパンケーキの飾りつけを終えて、2人の元へ持っていく。もちろん会計時必要になるメモ帳と、おまじないも忘れずに。

「美味しくなぁれ、萌え萌えきゅん! ……では会計後払いとなります。こちらのメモ帳を持って教卓へお向かい下さい」

 慣れてる、と小声で言われたのが聞こえた。慣れもしますよ、2時間半もやってりゃ。と思っていたらたむたむが顔を覗かせたので、俺たちは着替えスペースに移動した。ちなみに着替えスペースは男子は1階の生徒指導室を使わせてもらっている。着替えが必要な男子はみんなそこだ。

「お疲れさん! どうだ? 恥ずかしかったか?」

「いや1時間もやれば案外慣れるもんだよ」

 たむたむがファスナーを下げながら訊いてきたことに答える。

「なんにせよまだ3時半だし、これからでしょ。頑張って」

 言いながら脱いだメイド服を渡して制服を着る。もちろん友達とはいえ気軽に下着晒すつもりは無いのでメイド服を脱ぐ前にスラックスは履いたが。

「へーへー、分かってるって。……あ、シフト終わったらちょっと話し合いたいことあるからいいか?」

「へ? ……いいけど、何?」

「あーいや、まぁすぐ終わる話だからさ。じゃ、終わってから頼むぜ! あ、あと佐々木と馬渕は2-Cの前の休憩エリアにいると思うから!」

 俺がメイド服のファスナーを上げ終わると、たむたむはそのまま去っていった。……………本当になんだろうか……。


 たむたむに教えてもらった場所に行くと、場所を移していなかったらしい佐々木と馬渕がいた。目の前の机には大量のテイクアウト系商品と、市販のお菓子の類。市販の菓子を売るところもあったのだろう。

「タピオカと、焼きそばと、あとスナック買ってきた」

「めっちゃ買うじゃん。今から食べ切れる?」

「馬渕なら行ける」

「待てコラ俺が食うとか初耳だぞ」

 本人の意思は無事にガン無視をされているようだ。というか聞かれてもいないようだ。

「あ、そうだ。たむたむからなんか聞いたか?」

「あー……なんか放課後話があるとか」

「そうそう、だから教室残っといてくれ」

「いいけど……何につ」

 と、ここまで答えてふと思い出す。そうだ、今日ほとんどこの面子と行動していたけど何にも良くない。教室に残るとろくな事がないのだ。それもそう、陽キャがよってくる前にメンヘラが寄ってくるのだ。斜め後ろの馬渕くんは比較的近くの席だが、それでも真後ろの良木さんがあまりにも強すぎる。普段はさすがに部活に行く俺を引き止められないと思っているのか捕まえるのを諦めてくれるが……ただ残るとなると、そうはならない。伊藤さんや実川さんは陽キャ集団を怖がっているから、たむたむたちと話があるから、と言えば引き下がるだろうが、他の3人は嫌っているだけで怖がっている訳ではないのだ。真っ向勝負に出る可能性を否めない。

 何についての話?と聞こうとしたところでフリーズした俺の心配をしたのか、焼きそばを食べるための割り箸を割っていた佐々木くんの手が止まっていた。

「……おーい? 結城? どうした? 死んだ?」

「死……んでない。いやメンヘラをどう対処しようかなって」

「あぁ……」

 思考の理由を納得されるあたり理解度が高い。こんなことに対する理解度の高さは当然だが望んではいない。




「陽向くん……あの、一緒に……」

「今日は部活もないでしょ? もう帰るのよね?」

「わ、私ここ数日頑張った……陽向くんのためだから女の子たちと一緒にシフト頑張ったよ。もちろん明日も、明後日も……」

「折角だし何か食べて帰りましょう? 奢るわ」

「行くところあるならついて行っていいでしょ?」

 久々のこの感覚。部活もない、これからやることも無い日の俺は彼女達の格好の餌。知っていた。誰でもいいから助けて欲しい。

「わ、悪いけど俺、ちょっと佐々木たちと話が……」

「は? いつの間に呼び捨てになったの?」

 えええええ……仲良い男子も排除対象?いやまぁ、そりゃそうか。みんな俺を独り占めしたいわけだしな、ベクトルが違うから許すという訳では無いのだ。俺に向いてるベクトル、俺から向けられているベクトルの尽くを排除したいのは当然の欲求……いやこれは当然なのか?

「っと、悪ぃな女子。ちぃとばっかしこいつを借りるぜ。じゃぁな!」

 困りまくる俺と迫り来るメンヘラをスルーして帰る同級生たちと違い、俺の腕を引っ張ってくれるたむたむ。本当にありがとう。むしろあの時バスケで倒れていなければ今頃こうはならなかったのである意味良かった。

「さて、じゃぁ話なんだけど……何、悪い話じゃねぇからさ!」

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