29限目 男子3人、絶句

 運命の放課後……俺と佐々木くん、田向くんはA教室にて待機、馬渕くんが帰ろうとしてるメンヘラたちを呼びに行ってくれた。

「俺たちがいるとメンヘラ教室に入るの嫌がりそうだし、俺と佐々木は隠れとくわ」

「あー……その方がいいかも」

 手順はこうだ。A教室は小さい教室なので、スライドドアが1つしかないため、まずはメンヘラを中に入れて、最後に馬渕くんに入ってもらって出入り口を塞いでもらう。そして俺だけかと思って油断してるメンヘラの前に、掃除ロッカーから田向くんが、そしてカーテン裏から佐々木くんが登場。文化祭への協力を呼びかける。説得の仕方はケースバイケース。メンヘラの相手をしてきた俺にとっても、メンヘラというのはいつだって変化球なのだ。マニュアルなんてそこにはない。

 ふう、と落ち着くために溜息を吐き出すも、心臓はバクバクだ。何がどうなるか分からない。固唾を飲み込んだ時、廊下から足音が聞こえてきた。無言で、1人や2人の足音じゃないことを考えると、呼び止めに成功して来たんだろう。ガラ、とスライドドアが開いた。

「え……陽向くん?」

「どうして……?」

「何? どういうことよ」

 順に、伊藤さん、名倉さん、恩塚さん。良木さんと実川さんはまだ俺の姿が見える位置に居ないようだが、やがて2人も入ってきて驚いた顔をしていた。メンヘラが入り切ったところで、馬渕くんがドアを閉めてその前に立った。さて、なんて切り出そうか。

「話……ひいてはお願いがあるんだけど、いい?」

「お願い……?」

 5人とも少し顔が強ばっている。何を言われるかはだいたい予想が着いているみたいだ。

「……わかってると思うけど、もう少しで文化祭だ。A組の出し物は、輪投げだとかそういうエンターテイメントじゃなくて飲食店なわけだから、みんながみんな、ちゃんと全体の動きとシフトを把握してないと行けないでしょ? でも君らはクラスラインにも入ってないし、聞いたところによると放課後の女子の話し合いが始まる前に帰ってるみたいじゃん……部活で参加出来なかった人も今は部活が休み期間に入ってて、ちゃんと予定を把握してるのに君ら5人がそれを怠るのはちょっと……どうかと思うよ」

「…………」

 5人は押し黙っている。誰も反省の意を申し出る人はいなさそうだ。やれやれ……。

「ま、気持ちがわからんでもないぜ。一度不参加をしちまった以上、戻りずれぇよな」

 そう言いながらバサッと言う音と共にカーテン裏から登場する佐々木くん。メンヘラたちが「え!?」という顔をしている。そりゃそうだ。

「そうそう、気持ちは分かる。でも、今日今からでも参加しとけばありがたいって思われるぜ?」

 がたんという音と共に掃除ロッカーから登場する田向くん。頭に埃がついてるけど今指摘してもいいのだろうか。……まぁいいや後で。教室の後ろ側にいた田向くんはつかつかと教室の前の方に座っている俺の方に歩いてきた。

「案外な、人はお前らが思ってるほど、『こいつ何日もいなかったくせに』なんて思わん。そりゃもちろん今出てって、『今から私が全シフトを組み直す!』とかそういうことさえ言い出さなければな。別にお前らを仲間外れにはしねぇよ。ただ……」

 俺の隣の席の椅子を引き、少し乱暴に座る。

「これ以上クラスでやることに迷惑をかけて、結城がお前らを見限らない保証なんてない」

「!」

「そんな……!」

「なんでそんなことを田向くんが言うの!? 陽向くんはそんなこと一言も言ってない!」

 ギャンギャンと騒ぐメンヘラーず。……なるほど、田向くんはこうすることで、自分に標的を向けさせない上で、俺も解放しようとしてくれているのか。出来るかどうかはともかくとして。

「言ってはないかもな。でもさぁ、こいつも優しくても人間なわけじゃん? 聖人でも神でもないわけよ。人が人を助けたいと思っても、ある程度助ける対象が落ちたら助けられるものも助けられないと思わん?」

「そんなことない !」

「別に引っ張りあげて欲しいとか思わないし」

「だって陽向くんは、地獄まで落ちても一緒に落ちてくれるもんね?」

 男子3人、絶句。俺、諦めの瞳。3人とも、これがメンヘラだ。俺もここまで言われたのは初めてだけどな。

「……話が逸れたけど、結局5人とも、今後もクラスのことに参加する気はない?」

「文化祭、出たくないの……」

「私も」

 そういうのは実川さんと恩塚さん。

「文化祭事態はどうでもいいけど、クラス一丸となってとか嫌なの。お客さんとして楽しむだけならいいけど」

「それ。まぁ陽向くんが調理側にいるなら参加するわ」

 と言うのは名倉さんと良木さん。

「それはシフトあるから無理だけど……」

「私は……別に参加してもいい、かな……陽向くんがそこまで言うなら……」

 ようやく俺の樋口くんから伝えられたミッションの成功を叶えてくれようとするのは伊藤さん……よかった、1人でもいてくれて。だが一応確認する。

「……俺は促して欲しいと言われただけで、この先協力はできない。自分で他の女子に自分がどこのシフトなのか聞いてもらうことになるけど、いい?」

「うん、いいよ。陽向くんのためだから、頑張る」

 俺をだしにするなと言いたいところだが、まぁ今までの経験上それは贅沢もいいところ。参加してくれるだけマシだろう……そう思っていると、外からうっすら夕焼けチャイムが聞こえた。夏至が一週間もしないうちに来るからまだ明るいが、5時か。

「……まぁ、あとは好きにしていいよ。でも一緒にクラスカーストの最下層にいてくれるとか、そんな期待はしないでね。ありがとう3人とも、俺も部活行くからクラスの方手伝ってきて」

「いいのかよ?」

「いいよ、伊藤さんは参加してくれるって言うし、そもそも女子もダメ元で頼んできたって言うし」

 俺は善戦したつもりではある。部活も俺という消しゴム掛けがいないだけでも労働量は増えてるはずだ。俺は3人と1緒に教室から出て、早足で部活へ向かった。




「……って感じの話だったよ」

 消しゴムでとんとんと原稿を優しく叩くように鉛筆の線を消しながら俺は樋口くんの質問に答えた。相変わらず地味な割に大変な作業だが、当日──すなわち3日後の木曜には間に合いそうだ。実質作業できるのは今日と明日、そして明後日。明後日は全ての授業も休みとなり、全部の時間がクラスの飾りつけや部活の飾りつけとなる。俺としてもクラスの方に参加したいが難しいと言う話を橋本くんにすると、あっさり了承してくれた。男子達も、そういうことならと部活の準備に追われている文化部の代わりに頑張ってくれている。

「大丈夫でござるかぁ? 伊藤さんがそうやって言うことを聞いたの、媚び売ってるとか思われないので?」

「思われてるかもしれないけど……そこまで責任持てないよ」

 はぁ、と溜息をはき出す。くつくつと部長が笑った。

「樋口くんから、君が部活に遅れる旨の連絡は受けていたが……何やらまた愉快なことになっているみたいだな」

「俺は愉快じゃないんですけど……」

「ふふ、結城くんは高校でのエピソードが尽きないことになりそうですね」

 そう言うのは弾正さん。個人的に言わせてもらうなら、メンヘラエピソードに塗れた高校生活は嫌なんだが……。

「まぁ何にせよ、1人でも参加してくれてよかった……あとは他のメンヘラも感化されて動いてくれて……それで女子の中に居場所を見つけてくれればいいんだけど」

「そう簡単に行かないから結城氏は住処になってるのですぞ」

「火の玉ストレートやめて?」

 文化祭まであと3日。8時下校の許された校内には、まだ沢山の人が残っていた。

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