28限目 良い友達を持った
愛と一緒に甘いものを食べたり、三年生の劇を見に行ったり、楽しい時間はあっという間にすぎて、午後五時、閉場の時間になった。学校のアナウンスが流れる。
『皆様、お疲れ様でした。午後五時となりましたので、これにて2019年度私立青藍女子学園文化祭を閉場といたします。まだ校内に残っているお客様の皆様は──』
「……終わりだね。あー、楽しかった! しかも来週は日向のところの文化祭だ」
「ほんと恥ずかしいから、あんまり見るなよ……」
くすくすと愛は笑っている、でも、あぁ、楽しかったのは俺も同じだ。
「俺も楽しかった。ありがとう、愛」
「どういたしまして! じゃぁ私、これから片付けだから、じゃあね!」
「うん、また明日」
手を振りながらかけていく愛を見送って、俺も昇降口へ向かう。あまりこの時間まで残っていた人は多くは無いらしく、昇降口にいる人も少なかった。朝は愛に着いてくる形で道を教わったけど、そんなに複雑な道でもないし多分大丈夫だろう。
少しして駅に着くことは出来た。電車が来るまではまだ少し時間があるので、適当にスマホを見た。TwitterとかのSNSの類には興味が無いし、吾妻に教えてもらったゲームは結局手をつけてないし、ほかの連絡についても今のところ動きはない。食べ物の写真くらい取っておけば良かったかな。
などと思っていたらLINEの通知が……来たところで電車が来た。一瞬見えた名前は樋口くんか?土日に用事なんて珍しい……。
俺に復讐された次の月曜こそ不機嫌だった樋口くんだが、俺にその日の部活が終わる頃には割と元通りだった。昨日も別に不機嫌ということはなかったし、俺にわざわざSNSで文句を言うことはないだろう。となると何かしら用事があると見るのが正しいと思いながら通知を開くと……。
「……?」
そこには一言、『女子が困ってる』という文章。何事かさっぱり分からない。女子、と言うからにはクラスの女子だろう。メンヘラたちのことはメンヘラと樋口くんも呼んでいる。
結城陽向【何?何事?】
結城陽向【男子に協力要請でも来てる?】
樋口和良【男子というか、結城氏に単体で】
結城陽向【……なんで?】
樋口和良【いや、結城氏に引っ付いてるメンヘラ五人いるじゃん?なんかその5人、まともに打ち合わせというか、試作とか作り方の説明とかに参加してないらしくて】
樋口和良【とりあえず5人がまとまらないようにシフトは組んだらしいのでつけど、このままじゃ困るからどうか結城氏から説得してあげるように言って欲しいと連絡来まして】
結城陽向【なんで樋口くん経由で?】
樋口和良【墨田が兄貴の元カノだったもので】
隅田さんは文学少女という感じのお下げの女子だ。そしてまさかの樋口くんの兄の元カノだったのか……全然彼氏とか作りそうなイメージしてないからびっくりした。まぁともあれ、女子がどうしようかと困っている時、女子から直接俺に頼むよりは、隅田さんから樋口くんを経由して、俺に伝えた方がいいと思ったのか。
……うーん、あの面子を前に説得は考えただけでも心が折れそうになるな……しかし文化祭まで1週間、時間が無いのも事実だ。
結城陽向【できる保証はしないけどいい?】
樋口和良【多分女子もダメ元でするし】
ですよねー…………。
……月曜日。
昼休みにあーだこーだ言いたくない、というか、何を言うべきかさっぱりだったのと、先週から部室は漫画の原稿が置いてあるため昼食を食べるための部屋として使えずにいるため、俺と樋口くんは、佐々木くん、田向くん、馬渕くんと一緒にご飯を食べている。もちろん土曜日に樋口くん経由で来た話は話してある。
「どうしよう……」
「まぁ難題だよなぁ。正直伊藤さんと実川さんは気が弱いから結城に言われれば協力するだろうけど、他の三人は文化祭なんか失敗しようがお構いなし感があるというか……」
「いや……まぁたしかにお構い無しではあるんだけど、そんな簡単な精神構造してないんだよあの女たちは……」
メンヘラは自己中なのが多い。それは紛れもない事実だし、実際名倉さんと良木さんと恩塚さんは我を通したがるタイプのメンヘラだ。それは間違いないが、それ以前の話だ。依存する先なんて俺しかいないし、俺以外を見つけようともしないのに、彼女たちはクラスに糾弾されるのを嫌がる。もちろん、シフトに参加しなかったからと言って他の女子がガンガンメンヘラたちを攻めることはしないだろう。恐らく、最悪参加されなくても大丈夫なように調整は続けているだろうが……問題はその先。クラスから暗黙の了解的に省かれるのは間違いない。それは嫌なのだ。現時点で浮いているのは別問題として、完全に省かれるのはメンヘラには耐えられない。その省かれる原因が、誰から見ても自業自得だとしても、だ。メンヘラにとって大切なのは理由ではない。現状だ。まぁそうして理由を無視して現状をどうにかしようとして自分勝手なことをするからメンヘラと呼ばれるスパイラルなんだが……。
さておく。ではなぜ現時点で参加してないのか?まず、最初の時点で馴染めなかったのだ。あの5人は球技大会で俺が吐いて倒れたことで、「結城陽向を困らせる女たち」という認識を女子に植え付けてしまっている。女子が周囲を囲っていたから暑さに耐えきれず……というのは誰から見ても明らかだったのだろう。そのせいで少し距離を置かれているのだ。その空気に気づいて居づらくなって、不参加状態が現状だ。そしてまた面倒なことにこの生き物は、一度不参加となると、戻るタイミングを見失う性質がある。
「じゃぁこれ以上浮かないように参加してって言えばいいんじゃね?」
「それが通じる相手ならいいんだけど、相手も相手で最終手段があるから難しいんだ」
「最終手段?」
「俺に依存しま来ればいいって言うね」
4人が一斉に顔を顰めた。顰めではいるが、納得、という顔をしている。
「なるほど……協力するタイミングは失ってるから、今から参加はしたくない。でもクラスからハブられるのは嫌だ。嫌だけど、最悪でも結城くんは私を見捨てない……って感じか」
「俺は見捨てないなんて一言も言ってないけど……まぁ見捨てるはずがないとは思ってるだろうね」
メンヘラというものは性質だ。病気じゃない。病気でないから確実な基準というものが存在しない。だが基本として極端なネガティブ思考という特徴がそこにはある。が、それだけで済まないのがメンヘラの厄介なところなのであって……何故か、自分が好きになった相手は自分を見捨てないという思考も一緒に稼働してしまう。希望的観測……いや、現実逃避……そしてその現実逃避を事実だと信じ込み行動してしまう。その上で絶対見捨てない、依存させてくれるんだと思った相手に捨てられたらどうなるか?簡単な話だ。不登校、自傷行為、最悪の場合それがエスカレートして……。
「はぁぁ……」
文化祭ごときで相手が死ぬ可能性まで考慮して行動しないといけないなんて……6年前の俺をぶん殴りたい。
「……あ、じゃぁさ、俺達も協力しようか?」
「え?」
「お前も樋口もなんだかんだ部活あるんだろ? だったらあんまりこっちに時間割けないだろうし……まぁ樋口はすぐ部活に行かなきゃだろうけど、俺らも今週は文化祭準備で部活休みだし、付き合うぜ」
「そ……それはありがたいけど、それでみんなに火花というか、メンヘラにロックオンされたら……」
「そうやって人の心配するからお前は引っ付かれてるんだろ」
佐々木くんが苦笑しながら言う。ぐうの音も出ない。
「だから俺らの心配は一先ずしないでいい。一対五じゃまとまる話もまとまらないだろ? 放課後4人で話に行こうぜ」
……良い友達を持った……。
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