27限目 居た堪れない……
そのあとは輪投げや視聴覚室でやってるダンス部の発表を見て、時刻は12時前。愛とはいったんお別れだ。
「じゃぁ私3時までシフト行ってくるね! 2人とも楽しんで!」
「あぁ、頑張ってこい小本」
「行ってらっしゃい」
見送り、愛は笑顔で去っていった。……さて、おそらく無意識だろうが愛が俺と天野さんを繋いでくれたから良かったものを、また2人で残されてしまった。会話がない。
「さて、私たちも行こうか。メイド喫茶に」
「そ、そうですね」
学校の催し物とはいえ、男二人でメイドカフェ……なんか居た堪れない……。
教室前に着くと、いかにその催しが賑わっているかがわかった。中からキャイキャイしたはしゃぎ声が聞こえるのだ。足を踏み入れると、黒いメイド服を着た女の子たち5人ほどが俺たちの方へ振り向いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
思ったより本格的なメイドっぷりに少々たじろぐ。店内の客は俺たち含めて男女半々、と言ったところか。
この店の販売はどうやらスターバックス形式を撮っているらしい。入ってまず飲み物や食べ物を選んで商品を受け取ってから席へ着くようだ。飲み物は普通のソフトドリンクやタピオカ系、食べ物はクレープになったようだ。
「俺はアイスティーとピザソースクレープで」
「俺はコーヒーといちごクレープをお願いしようかな」
「かしこまりました!」
メイドの子が慣れた手つきで既に焼かれた生地を手にして、そこにトッピングをしていく。クレープ生地は調理場で作り、トッピングは店内で、というふうにしているのだろう。もちろんトッピングに使っている鶏肉やレタス、苺なんかを焼いたり洗ったりするのも調理組の仕事だ。きっと今頃てんやわんやだろう。
頼んだ商品を渡され、席へ座りに行く……前に、商品を渡してきた女の子が声をかけてきた。
「メイドが魔法の言葉をかけに行くので、席にお座りになったら少しお待ちください!」
……これはあれか。あの……定番のあれか!そう思いながら席に座ると同時に、ツインテールの子がテーブルによってきた。顔面偏差値が高いな……。
「では、クレープとお飲み物におまじないをしますね! 美味しくなぁれ、萌え萌えきゅん!」
満面の笑みで、なんの恥ずかしみもなく女の子は手でハートを作ってクレープにおまじないをかけた。やられているこっちが恥ずかしい。
「それではどうかごゆっくり!」
メイドが去っていくのを見つめた後、天野さんが苦笑いした。
「……食べようか」
ピザソースはどちらかと言うとおかず系だし、甘いクレープの生地に合うのか疑問だったが、クレープ生地は2種類あるのか、それとも元々あまり甘く作られてないのか、ちょっとタコスみたいな感じで美味しかった。
「結城くんは甘いものは嫌いか?」
「え? いや……そういう訳では無いですけど……」
……昼頃だから、と思って、いつもおかずパンを買うのと同じようにおかず系を買ってしまったが、そういえば今日くらいは甘いものを買っても良かったな。ただまぁ、普段から甘いものをあまり食べないのは事実である。たまに学校帰りにアイス買ったり、最近はバイト先でのあまりを貰ったりもするけど、まぁもちろんあの母さんが甘いものを買ってくれるなどということはなかったのだ。
「昼時だからと思って反射的に選んだだけです」
「なるほど。確かに文化祭はおかずより甘いものが多い。糖分の摂りすぎを防ぐには妥当な判断だね」
俺は別にコミュ障ではない。コミュ強とも言えないが、コミュニケーション取れないタイプでは無い。元々陰キャでも陽キャでもなかったように、コミュ障でもコミュ強でもないのだ。が、どういう訳かこの人相手にあまりちゃんと喋れない。受け答えはできるが、妙な息苦しさを感じる。……今まさに目の前にいる本人は愛との関係を否定したけど、やっぱりまだ俺は疑っているのだろうか……。
そのあとも、俺は天野さんと数時間色々見て回った。だがなんとなく暗黙の了解で、ゆっくり話をするようなところには行かなかった。俺としても相手としても、共通の話題というものが愛しかない。でも、俺は今この場においてはこの人しか知らない愛の学校での顔は知りたくなかったし、この人としては俺から聞く幼馴染としての顔はどうでもいいのだろう。そう思えるだけの絶対的な根拠は何も無いけれど、なんとなくそう思った。
テレビゲームを自作したところや、化学の実験をできるコーナーを回っていたらあっという間に3時だ。そろそろ愛がシフトを終わらせるだろうと思っているとLINEが届いた。想定通り愛だ。
小本愛【陽向ー!シフト終わったよ!今どこにいるの?】
結城陽向【化学実験室の近くにいるよ!】
小本愛【わかった!そこに行くね!】
「……愛、今からここに来るそうです」
「おっと、もうそんな時間だったか……」
天野さんは少しだけ残念そうに視線を落とした。どうしたというのか。……まさかこの人までメンヘラではないよな、と変な心配をしてしまう。
「……予定でも?」
「あぁ……実は俺が小本と先輩と後輩以上の関係は無いと言ったのは、俺が彼女がいるからでね」
「……えっ!?」
俺は思わず目を見開いた。え、か、彼女がいる!?
「……どこの学校の人なんですか?」
「出身はここだが、2つ上でな。大学生だ」
「良かったんですか? 彼女さんと来なくて」
「余り興味が無いらしくてね。だが、小本と2人きりはもちろん、最初から俺一人というのもどうしたものかと考えていたから、ちょうどよく君がいて助かった」
ニコッと天野さんはさわやかに笑った。
「俺はこのあと、この彼女のご機嫌取りの必要がある。ではな、結城陽向くん。想い人とのデートを楽しんで」
小さく手を挙げて、天野さんは去っていった。……なんだか拍子抜けだ。それなのに、何故かまだモヤモヤとした気持ちが抜けない。これから愛が来るって言うのに、どうしてだろうか。
「陽向!」
聞こえた声に振り向くと、愛がこっちに走ってきてた。俺も笑顔を取り繕った。
「お疲れ様」
「ちょー忙しかったけど、楽しかった! ……あれ? 天野先輩は?」
「用事があるみたいで帰ったよ」
「あーそうだったんだ。誘って悪いことしちゃったかな」
あの人も愛の誘いで来てたのか……まぁそりゃ、幼馴染だけを誘うってことはしないよな。多分、一緒に回ることは出来なくても小中の友達も誘ったんだろうし。たまたま、愛は運動神経なくて男にいじられていたから「陽向と一緒に来なよ」誘う相手もいなくて、俺は男だから1人で女子校の文化祭はきつくて、そしてたまたま……愛と家が隣同士で、窓を開ければ話せる距離感だから、愛と一緒に来れただけ。
「さ、回ろっか! そういえばクレープ美味しかった?」
「うん、すごく。ピザソースのやつ食べたけど甘いのも食べればよかったなぁ」
「来年は一緒に甘いの食べに行こうよ!」
「その前に来週は俺の学校が文化祭だ」
「そうじゃん! メイド姿の陽向拝みに行くね!」
「拝まないで欲しい……それと何度も言うけどメンヘラには気をつけろよ」
「はいはい」
こんな他愛もない会話で、モヤモヤはどんどん晴れていく。あぁ、そうだ。正体がわかった。気まずいとか関係が気になるとかじゃなく……俺は見ず知らずの男含めて3人で行動したいのではなく、ましてやその男とたった2人で行動したい訳でもなくて……愛と2人で歩きたかったんだ。
手は繋がないけど並んで、俺と愛はどこに行こうか話し合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます