26限目 「うわぁぁぁぁあ!!」

 ……そういうことで、俺は流されて天野さんと文化祭に向かうことになってしまった。どうして……。


 受付に名前を書いて、許可証と書かれたものを首から下げる。ついでに構内図と各クラスの出し物や、体育館などで行われる劇などの上演時間をまとめたガイドブックを貰った。ペラリとめくって構内図を見ると、やっぱりこの学校は大きいみたいだ。人数が多いのもあるが、少人数制の授業があるため教室の数が多い。

「君の想い人はE組だ」

 そう言われて、出し物の飲食店の一覧に目を通す。確かに、「1-E メイドカフェ スイーツ」と記載がある。

「出し物があるところは……A棟2階の2-A本教室……本教室ってなんですか?」

「ここは少人数制の授業があって、1つのクラスはα組とβ組に別れて基本は授業をするんだが……そうでは無い授業もあってね。なんの授業がそれに該当するかは文系理系で別れているから一定では無いんだが……まぁともあれ、少人数でやらない授業やHRは広い教室で行われる。その広い教室が本教室だ」

「へぇ……じゃぁ愛のクラスの出し物は広いクラスなんですね」

「飲食系は基本的に本教室なんだろう。小本は確か裏方の仕事だったな。去年の経験で言うと調理室だろうから、シフト中は会えなさそうだ」

 まぁその程度は想定内だ。問題は、愛からシフト外の時間を聞き忘れていること……まぁもちろん臨機応変に対応しているだろうから、シフト時間が絶対ということはないだろうけど。……まぁなんとかなるか、スマホがあるし。

 とりあえずその1-Eが出し物をしている教室に向かっていると、その途中で愛に会った。

「陽向! 先輩! 2人できたんですね!」

「開くまで一緒にいたからな」

「愛はこれからシフト?」

「ううん、私のシフトは12時から。一緒に色々行こうよ!」

 思ってもない誘いだ。先輩が一人いるのは気になるけど、俺は口元を緩ませた。

「わかった。おすすめはどこ?」

「えっとね! 音楽室で2年生が大掛かりなお化け屋敷やってて……」

 もうこれは幼馴染故の癖だ。俺たちがこんな年齢になっても手を繋ぐのは。愛に連れられるまま俺はお化け屋敷に連れていかれ、その後ろを先輩が着いてきていた。


 …………着いたところは、とてもお化け屋敷と言われても納得できないような外装の施されたところだった。パステルカラーの風船やうさぎや猫の動物に切り取られた画用紙が貼られ、魔法少女みたいな格好の子がお化け屋敷の説明をしている…………のだが、中からものすごい悲鳴が聞こえる。外装と内装の温度差がヤバそうだ。

「早い時間だからまだあまり並んでないね! 今のうちに並ぼ!」

「あ……うん」

 愛は昔から、こういうのが大好きなタイプだ。俺も基本的には平気なタイプ。ただ俺たちの決定的な違いと言えば、愛は怖い話は嫌いだ。稲川〇二の怖い話だとか、本当にあった……のやつとかは最後まで見ていられず、チャンネルを変えてしまう。しかし怖いもの見たさと言うのはあるらしく、子供の頃は愛に家に呼ばれて、一緒に見ることもあった。本当にあった……のCMでよく見る「絶対に1人では見ないでください」の言葉を忠実に守ったのだろう。別に守らなくても大丈夫なことは言うまでもないし、最近のやつはあまり怖くないけど。もちろん洒落怖も愛はダメだ。掲示板発祥の怖い話の何が怖いのかと言いたいところではあるが、まぁ完成は人それぞれだしな。

 俺が怖い話もお化け屋敷も平気なのはまぁ、家庭環境やメンヘラの方が霊よりも余程怖いからであって、他に理由は無い。

「……愛、このままだと愛が先頭だけどいいの?」

「お化け屋敷は好きだもん! 大丈夫!」

「ならいいけど」

 自信満々の顔で言うので、思わず笑ってしまう。

「先輩もこの列順でいいですか?」

「あぁ、問題ないよ」

 そうして俺たちは、列の先頭まで来たのだった。にしても、随分回転率が悪いな……。

「いらっしゃいませ! ここはお化け屋敷の出し物となっておりますー! さてこのお化け屋敷は一本道の普通のお化け屋敷ですが、ここのクリア条件が1つ! お化け屋敷の中にはこのようなカードが落ちていますので、これを拾っていただきますが……こちら、どこに落ちているかと場所が決まっておりません!」

「!」

「出口にいる係員に合言葉を言うことで脱出となります! では、頑張ってください!」

 回転率の悪さはこれか!なるほどな、カードを見つけられなくて引き戻したり、次のカードの設置に時間を使ったりしているから列の進みが少し遅いんだろう。そもそもでかいしな音楽室。

 入口の係員が俺たちにみせた手本は、トランプより少し小さいくらいのカードで、青いマスキングテープで縁を飾られていた。そしてその中心には、エマン……なんとかと書かれていた。おそらくそれが合言葉なのだろう。

 中は真っ暗だが、懐中電灯は一組みにつき1つ。

 まずは狭い道。横から手を出されるかと思ったがそんなことはなく、代わりに足元にひんやりとした何かが触れる。……保冷剤でも人の手の感覚でもなかった。なんだったんだ今の………………あ、あの感覚はぬいぐるみか、多分。さておき足首を冷やされて体が内側から冷えた。

 細い道を抜けると、突然、ガチャッという音に続き、ジーッと言う音。なんだ、と思っていると、キャハハハという甲高い子供の声が流れてきた。抑揚のない高い笑い声が絶え間なく流れている。これは怖い。しかも音質がガビガビなのがさらに恐怖を煽ってくる……。

「きゃぁ!?」

「! 愛!?」

「小本! 大丈夫か!」

「は、は、はい……」

 愛が懐中電灯で照らす床には、ぬいぐるみが落ちていた。しろいうさぎ……だったんだろうが、薄汚れている上血が着いたような着色がされている。これが上から投げ込まれたようだ。


 そのあとも、完全に壁だと思っていたら手が出てきたり、後ろから子供の笑い声が聞こえてきたり、失敗、成功と書かれた2つに分かれる道で、成功の方に進んだら後ろから人が追ってきて行き止まりになったり──追ってきた人は途中でにやぁと笑うと引き返していったが──思ったより手の込んでいるお化け屋敷に悪戦苦闘しながらも、俺たちは嫌な予感を抱いていた。残りはこの一本道、もうそこの灯りが少し漏れているが──。

「カードが……ないな……」

 このままでは出られないのである。

「残りの一本道には無さそうだし、探さなきゃ!」

「そうだな、怪しいのはどこだ……?」

「もしたしら落ちてきたうさぎの下とかかも……」

「よし、少し長めに戻るが仕方ないな」

 カードが見つけられない哀れな挑戦者への配慮か、戻る分には仕掛けはないらしい。少ししてうさぎの本へ戻ったが……。

「……ない」

「じゃぁ手が出てきたところは……?」

 その他にも数箇所調べたが、なかった。

「……あとは……成功の道?」

「……しかないな」

 ……危惧はある。戻る分には何も無いが……進むとなるとまた仕掛け人たちが1度目と同じ事をやってくるのだ、さっきから。まぁでも来るとわかっていれば怖くない。そうして俺たちは成功と書かれた道を進んだ。

 ……何も来ない。そういう打ち合わせなのか、まぁいい──と思った瞬間、行き止まりにあったロッカーからさっきのがでてきた。目えガン開きで、薄笑いで。

「うわぁぁぁぁぁあ!?」

「たす、げで……だ、す……けで……」

 しかも片手に包丁もってる!玩具だろうけど助けてっていいながら持つもんじゃない!!

「そ、そうだカード……あった!!」

「よし出るぞ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「追いかけてくる!?」

「早く出口!!」

 女は追いかけてくるが、途中で俺たちを見失ったように、「あ゛……?」とかいいながら直線前でさまよっているようだった。助かった……。

「カード拾ってきました!」

「合言葉をどうぞ」

「えっと……アベルト!」

 ドアの鍵が開く音がした。出られる……と思ったその瞬間。

「あ゛ーーーー!!!」

「うわぁぁぁぁあ!!」

 さっきの女が真後ろから追ってきて、俺たちは命からがら逃げてきたように部屋から飛び出し、その場に倒れ込んだ。係の人がくすくす笑っている。

「お疲れ様でした! カードをお渡し下さい!」

 愛が息切れしながらカードを渡す。疲れてはいそうだが満足気だ。

「怖かったけど楽しかった……! 来年は私のクラスでもやりたいな……!」

 正直勘弁して欲しいとは思うけど、それは。

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