25限目 恋敵になりそうな人
翌朝──早起きした俺は、バイトに行く時と同じ格好をして、少し大人っぽい服を着て愛を迎えに行った。こういう格好にしたのは、俺と並んで歩く愛が陰キャと歩いていると変な噂が立たないようにだ。愛なら「幼なじみで、恋愛関係じゃないよ」と普通に言うだろうが問題はそこではなく、愛の幼なじみという俺が陰キャだと思われることだ。愛の学校に行くなんてイベント早々ないし、多少女の子に目をつけられても平気だろう。それに昨日の夜思い出したが、愛の通う私立の女子校には、姉妹校として男子校が近くあったはずだ。その高校とは交流も多いだろうし、愛と一緒に来た俺の事くらい直ぐに忘れるだろう。
家のチャイムを押すと、すぐに愛が出てきた。当然だが制服姿だ。
「おはよう! おー! 気合い入ってんね!」
「愛だって幼なじみがモサいって言われたくないだろ?」
「あはは! そういう真面目なとこ嫌いじゃないよ!」
行こ、と手を引かれ、俺は愛と一緒に駅へ向かった。
最寄り駅から電車で3駅、乗り換えて更に3駅。乗り換えたあたりから同じ制服の女の子が増えてきた。朝早くから混雑した電車の中で大変だな……。
7時に家を出て、最寄り駅に着いたのは7時40分。ここからさらに10分歩くらしい。
「て言っても開場は9時だから……ドトールとかで休んでからおいでよ。陽向、あまり満員で車に乗ることも無くて疲れたでしょ?」
歩く距離なら俺の方が歩く。だがそれは正直慣れの問題だ。体力はあるけど、愛の言う通り慣れない満員電車で精神力は削れている。全く、そういうところを見抜かれて気遣いされるのだから、本当に愛には敵わない。
「……わかった。そうする」
「おっけー! とりあえず学校まで行こう。ドトールはそのすぐ近くだよ」
流石に手を繋ぐのは同級生たちの前では恥ずかしいだろうからしなかったが、そもそも女子校に通う生徒と私服の男子が一緒というのが見慣れない光景なのか、すごい視線を感じてちょっと居心地が悪い。きっと愛も同じだろう。
「……なんかごめんな、愛」
「? 何が?」
「いや。視線が凄いから……」
「何言ってんの!」
愛はケラケラと笑った。本当に、何も気にしてない笑顔だ。
「それほど陽向がイケメンってことでしょ! 幼馴染が格好よくて私は誇らしいよ!」
うう、似非でも陰キャしている俺には眩しすぎる……!伝えたい、この想い。君のことが、ずっと好きなんだって……メンヘラからは絶対守るから、だから──!
「っ……愛、俺──」
「よ、小本」
言いかけた時後ろから聞こえた声に振り向くと、圧倒的陽オーラを醸し出す男がいた。ちょっと日焼け肌で背が高い、爽やかな雰囲気だけど顔の濃いハンサム。私服だ。背は俺の方が高い……いや誰と比べても俺はだいたい高い分類だけど。
「天野先輩!」
「共同授業休みだったから久しぶりだな」
「そうですね!」
「愛、知り合い?」
「あ、うん! 紹介するね、同じ選択科目の
「初めまして。俺は私立洋紅男子高等学校2年の天野。小本とは1年と2年が共同で授業を受ける選択科目が同じで、親しくさせてもらってる」
「どうも……結城陽向と言います。県立松坂に通う1年で、愛の幼馴染です」
「! 君が幼馴染の陽向くんか! 小本からよく話は聞いているよ。俺も、ここが姉妹校だから遊びに来たんだ。一緒に楽しもう!」
「は、はい!」
なるほど、愛の通う私立青藍女子学園の姉妹校はそんな名前だったのか。しかもその学校同士で共同授業があるのか……。
「洋紅の文化祭は秋なの。その時はまた遊びに行こうね!」
「う、うん……」
……さっきこの天野さんが話しかけてきたとき、愛の顔が乙女になったのは気のせいだろうか……。
学校の校門が見える位置にドトールはあった。天野さんもドトールで休んでから行くらしく、なぜか恋敵になりそうな人と俺で一緒に茶を飲むことに。俺がアイスティーを頼んだ横で、天野さんはアイスコーヒー。しかもブラック。うう、大人だ……。
「それにしてもびっくりしたよ」
「え?」
「小本からよくイケメンの幼馴染がいるって聞いててな。家が隣で、窓開けると話せる距離なんだって?」
「そんなことまで聞いてるんですか……」
「まぁな。あとそうだな、バスケが得意とか優しいとか。バスケやってるの?」
「今はもう……中学ではやってたんですけど、片親で母の負担も考えて、高校では入るのはやめました」
本当は弁当なら自分で作れるし、試合のある日はバス移動だけど、メンヘラを釣りたくないという理由を初対面に言うつもりは無い。
「へぇ、しっかりしてるんだな」
緊張、と言うよりこの人と愛の関係性が気になって、正直お茶どころではない。だが、幼馴染だからといって、会ってから十数分の年上に愛との関係とか聞いていいのか?
「俺の話は小本から聞いたことあったりする?」
「えっ……いえ、ないです。共同授業の話も初耳で……」
「ちぇっ、やっぱり自慢の幼馴染を前に先輩程度の存在は霞むかー」
「……愛、自慢って言ってるんですか?」
「直接的には言ってないけど、イケメンだとかバスケが上手いだとか優しいだとか言ってるんだから自慢なんだろ」
……そっか。そうなのか。自慢げに話してると思うと、嬉しくもなる。だが残念なことに愛は鈍感だし、幼馴染なせいで俺との距離感に爆が生じている。俺のことが好きなんだと思ってはいけない。
「……あの」
「ん?」
無意識に口が動いていた。
「天野さんは愛と……先輩後輩以上の関係とかあるんですか?」
口に出し終わってからハッとする。やっちゃったよ!何聞いてんだ!何聞いてんだこの馬鹿!!メンヘラに好かれる以外能力も無い馬鹿!!
「え、あっ、す、すみません変な事聞いて! わ、忘れてください!」
「…………」
頭を下げると、含み笑いをするような声がした。ちらっと視線をあげると、意地悪そうな顔がそこにある。
「……なるほどな。つまり君は、幼馴染のことが好きなのか」
「っ……」
少しして、俺は諦めたように頷いた。くつくつと先輩は笑っている。
「安心してくれ。俺と小本は付き合ってたりしないよ」
「あ……」
安心して、無意識に上がっていた肩がストンと落ちた。はぁ、と溜息を吐き出した。
「でも愛は……貴方のことが好きなんじゃないですか? さっきも嬉しそうな顔してたし」
「どうかな? 俺は週一の選択授業でしか交流がないが……彼女は誰と話す時も笑顔だぞ。それに対して君はいつも、小本の色んな表情を見てるんじゃないか? 幼馴染、ということがあっても、そういう色んな顔を見せてくれる人が、好きな人なんだろうと俺は思うよ」
「……!」
……そうだとしたら嬉しいけれど、やっぱり普段の愛を見てると、俺はただの幼馴染で友達だ。小さい頃から一緒だったから距離がバグってるだけ、一緒だったからお互いの性格を知ってて、本性をさらけ出せるだけ。さっきは勢いで告白しそうになったけど、きっと言われても愛は困ってしまう。そんなことを思いながら、俺はアイスティーを飲んだ。
……たった一年違うだけで、天野さんは大人だ。俺をからかいながらも気遣いを見せてるし、言ってることも大人っぽい。日焼け肌でハンサム寄りだからか、顔も大人っぼく見える。
少し無言の時間が続いて、その沈黙を破るように学校のチャイムがなった。
「お、時間か。そろそろ行こう。そうだ、結城くん」
「?」
「これも何かの縁だ、一緒に見て回らないか?」
「……はい!?」
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