16限目 ついに訊かれた
ということで、中学時代の俺の情報を、実川さんが何らかの方法で入手していた可能性があるという恐ろしい予測は肯定も否定もできないまま、金曜日は放課後となり、漫研に向かおうとしたところで俺は先生に呼ばれ、教室に残ることになった。
「結城くん、体調はもう大丈夫ですかぁ?」
「あ……はい。何とか……」
「そうですか! なら良かったですぅ。これからまだまだ暑くなってくるので気をつけましょうねぇ。飲み物もスポーツドリンクなどご持参下さぁい」
……そんなん暑い時期に毎回買える金などない……とは言えないので、素直に返事をしておいた。
「それと……数人のクラスメイトから聞いたのですが……伊藤さん、恩塚さん、実川さん、名倉さん、良木さんに囲まれていた時に倒れたと聞いていますぅ。その、本当はもっと早くに聞くべきだったのですが、その生徒の皆さんとはどのような関係なのでしょう?」
──訊かれた。ついに訊かれた。いつかは言及されるだろうなとはと思ったが、割と早めに訊かれた……! いや訊かれた時期はともかく、とりあえず答えないと……。
「…………関係……ええと……先に言っておくと、5股かけてるとかってわけではないです。……名倉さんとは、この高校で出会ったのですけど……他の四人は、小学校や中学校で出会ったクラスメイトです。……まぁそれなりに親しくしてはいたのですが……なんか執着されるようになって……」
あの女たちはメンヘラなんです!とは言えない……というか言われたところで先生が困るため誤魔化しておくしかできない。だが嘘はついてないし、無難な回答だろう。
「そうですかぁ……いえ、生徒指導の田口先生が、気にしていらしたので……」
あー……あの職員室に4人ついてきた時のことを気にかけていたのか……。
「それと……1人の男子生徒が、実川さんと伊藤さんは、自分が結城くんと付き合っていると言っているのを聞いたと言っていて……」
待って。
ほんとに、待って。
「……記憶にないです……」
「え?」
「こ、告白した記憶もないし、された記憶もないし、付き合ったこともないし現状付き合ってもないです!」
「はぁ……」
まぁ、高校に入ってまだ1ヶ月、どっちの方が信じられるか、なんて先生にわかるはずがない。
「あの……その言ってきた男子生徒って誰ですか?」
「すみませんが匿名で……ただA組の生徒では無いですねぇ」
……A組ではなく、匿名希望。そして伊藤さんと実川さんの顔と名前を把握していて、どう見ても付き合ってる様子は無いのに付き合っているのだとわざわざ嘘を担任に言う生徒──恐らく、遠藤とかいうF組のやつ、及びその取り巻きがいれば取り巻きの仕業だろうな……。いや、そんなことより今は誤解をとかないと。
「誰だか知りませんが誤解です。付き合ってないし付き合おうとしたこともありません」
「わ、分かりましたぁ……わざわざ呼び出してすみません」
……全く、厄介なやつに目をつけられたものだ。一体どうしてこんなことに……分からないけど、少なくとも俺は何一つ悪くない。溜息を吐き出しながら部活に向かった。
「遠藤ってやつは知らんでござるな」
「そっか……」
この高校はクラスも多くて、生徒は基本、近隣10箇所くらいの中学から進学してくる。俺と先生の話が終わるまで待っていてくれた樋口くんなら何か知ってるかな、と思ったが、残念ながら別の中学らしい。
ちなみに同じ高校に通ってる、俺と中学の時一緒だったのは、伊藤さんと恩塚さん、それと親しくはないが男子が10数人、女子も同じく、と言った感じだ。中学で仲の良かったゲーマー吾妻はプログラミングを学べる情報科のある高校に行ってしまったし、他の仲が良かった奴らもスポーツ推薦でスポーツ強豪校に行くだとか家業を次ぐために工業高校に行くだとかで、散り散りになってしまった。なお、1人も進学校には行かなかった。普段から固まって行動してる人間とは基本的に偏差値が同じところにあるのだ。
「まぁ知りたければ特定班利用して徹底的に調べられますがな。フヒッ」
「犯罪スレスレになってない? 大丈夫?」
「晒してる方が悪いのでござる」
だからといって調べようとするのもどうかと思うが、黙っておいた。俺は知らない人とのSNS……すなわちツミッターとか6ちゃんねるとかの世界なんて知らないが、そういうのに浸っている人達からすれば、特定しようとするのは普通なのかもしれない。そうであって欲しくないとも思うけど。
などと考えながら部室のドアを開けると、部員は既に揃っていた。……が、少し普段と様子が違う。机の上に沢山の漫画が積まれていた。普段は机の上に置いてない。なんだろうと考えていると部長がこてをかけてきた。
「やぁ2人とも、2日に続く球技大会ご苦労であった」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でござりまする」
「うむ。球技大会をした、との事で……今回はいつもの活動から少し趣向を変えて、球技の漫画を読んでもらおうと思う。まぁ球技漫画を読むのは恒例ではあるのだがね」
ふふん、という顔で部長は机の上の本を指し示す。どれもこれも有名な漫画だ。オレンジの髪が特徴的な主人公の、バレーボールの漫画。自身を影と言う主人公のバスケの漫画、等身がやばいイラストなんかをたまに見かける有名なサッカー漫画……何故かアメフトの漫画まである。もちろんバスケにしても、「諦めたらそこで試合終了ですよ」という俺でも知ってる名台詞がある漫画もあるし、バレーも昭和の少女漫画もある。この中から選んで読め、ということらしい。俺はとりあえずバスケの漫画を手にした。主人公が影の方を。
……俺は弱小バスケ部の部員だったけど、創設されて間もない程小さいバスケ部ではなかったし、間違っても最強のバスケ部というわけでもなかったし、何より外見で割と目立っていたから、影のサポートということにもなってない。一口にバスケと言っても様々であることは理解しているが──バスケ部として感情移入が難しい。漫画の内容そのものは面白いのだけど。
隣の樋口くんは等身がやばいサッカー漫画を読んでいた。読むスピードはっや。俺が1冊読み終わった時点でもう5冊目に突入してる。
「……速読なの?」
「いや、単純に話知ってるから早いのでござる」
「ほほう。君はその漫画を持っているのか?」
「父が持っておりまして。何度か読んだことも」
樋口くんが言うには、彼の家はオタク1家らしい。母は腐女子のゲーマーで、父は漫画とフィギュアが大好きで、3つ上の兄は美少女ゲームが大好き、樋口くん自身も漫画やゲームが好きという、遺伝子が既にオタクということだった。
「だからここにも漫画の寄贈をしたいのでござるが、まぁ如何せん父が手元に置きたいらしく」
「君の家族中々いいな。同じく弾正くんの家も根っからのオタク一家だ。秀康くんはどうかね?」
うっ、聞かれた……家族の話はできるだけ避けたかったんだけどな……。
「俺の家は……漫画とかアニメとか、基本的に無縁ですね……」
「…………そういえば君はこの研究会を安全シェルター的な意味で使っていたな」
当初の目的を思い出していただけたようで何よりだ。そう、俺は別に漫画が好きとかそういう理由で入ってないのだ。まぁ読んでみたら意外と面白いので結果オーライなのだけど。
今日も部活終わるギリギリまでいよう、などと思っていたら既に6人揃っている部室のドアがガラッと乱暴に開けられた。
「結城陽向ァ!!」
「ひっ!?」
驚いて後ろを見ると、知らない人が立っていた。誰!?
「生徒指導がお呼びだ!!」
……なにゆえ……?
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