15限目 ここで怖い話をすると
弥生さんの作ってくれたご飯はとても美味しかった。いつも夕飯は母さんの昼飯と一緒に作って食べて、昼はコンビニのパンと樋口くんがちょっとくれる弁当のおかずとかだから、人が作ってくれるちゃんとしたご飯なんて久々だ。
「美味しい……弥生さんにお礼言っておいて貰える?」
「勿論だよ」
愛には洗って返すと言ったのだが、食べたらお風呂入って寝なさいとのことで、愛は俺が食べ終わるのを待っていた。やがて食べ終わり、弁当状にご飯が詰められていたタッパーを愛に渡した。
「ご馳走様。ありがとう愛」
「どういたしまして。明日は学校行くだろうけど、無茶しちゃダメだよ?」
「分かってるよ」
愛は自分の家に帰って行った。
翌日、学校に行くと当然のように真っ先にメンヘラが寄ってきた。君らに囲まれたせいで倒れたんだ、俺は。
「陽向くん、体調大丈夫……?」
「元気そうね、安心したわ」
俺は元気吸い取られそうだけどな、今のこの瞬間で。昨日愛と一緒にいる時間が幸福すぎた反動で、本日が無理すぎる。だがそれを顔に出すとあとが怖いのでへらりと笑っておいた。怪我したという2人も通常運転だ。
「……うん……大丈夫だけど……その……席に着かせて……本鈴鳴るから……」
メンヘラたちは渋々だが、たしかにそろそろその時間だと理解はしているのか各々の席に戻って行った。最近気づいたがこの時、どうやら良木さんが4人に対して勝ち誇った顔をしている。そのうち殴り合いに発展しそうだなぁと、俺はやたら呑気にぼんやり思考していた。
そしてその呑気な考えは後に最悪な形で現実となるのだった。
休憩時間になって、バスケの試合に出ていた面子と俺の指示を伝えてくれていた佐々木くんが席に寄ってきた。何かを背中に画しているようなポーズだ。
「F組の怪我させたやつ……遠藤なんだけど、面白かったよ」
「面白……え? 優越感に浸ってたとかじゃなく?」
「そんなんは全然ない。こっちが思ったより食いついてくるから、実は応援席はめちゃめちゃ焦ってた。で、それが気に食わなかったらしくて、試合の後チームのやつに八つ当たりしてボール投げつけて怪我させてさ……」
「怪我ばっかさせるな」
「それが教師にバレたのとうちのクラスの女子怪我させたのも密告されて」
「密告て」
「試合後に失格になった」
時が凍った。動きの固まった俺を見て田向くんはニヤニヤと笑って、背中にあるものを出した。賞状だった。
「つーわけで! 1年バスケはAが優勝だ!!」
「そんなことある……!?」
「試合後失格での優勝は今回が初だ! そんで今、折角勝ったのにってクラスメイトに袋叩きにされてるらしいぞ!」
……つまり実質Aが勝ったのは1回戦だけということか。
「で、その……遠藤、だっけ? こっちにやっかみとかつけてこなかった? さらに被害出たとか……」
「ないない。そういうのはなかったけど……」
田向くんはそう言いながら、実川さんと伊藤さんのいる方向に視線を向けた。
「実川さんも伊藤さんもすっげーな。めちゃくちゃ痛そうな音したのに」
実川さんなんて折れたんじゃねーかと思ったぞ、と小声の田向くん。うん、わかるよ。ほっそいもんな、実川さん。どんな生活してりゃそんなに痩せるんだ?ってくらいほっそいもんな。
田向くんに合わせて俺も視線を向けていたことに気づかれたのか、不意に実川さんがこっちを見た。怖っ。慌てて視線を逸らすが、ずっとこっちを見ているのがわかる。
「……声かけなくていいのか? なんの関係か知らないけどいつも侍らせてんじゃん」
「はべっ……侍らせてないよ勝手に着いてくるだけで……」
「いいじゃん。優しくしたれよ」
「無理だって……」
……これは俺に優しくできるできないの問題じゃない。優しくしたあとの反応がどうか、という問題だ。正直に言えば考えたくもないが、おそらく実川さんは「やっぱり陽向くんは私を気にかけてくれるんだ! 私のことが好きなんだ!」になるし、伊藤さんは「私のことが好きなんでしょ? そうじゃないなら死んでやる!!」になる。2人とも比較的気は弱いが、その分俺が起こした行動に対する反応もでかいのだ。大人しいのは依存性が強いとも言える。
実川さんはまだこっちをじっと見ている。びっくりするくらいの凝視だ。今更ながらやっぱり普通じゃない。本当に今更だけど。
周囲の男子もちょっと変だと感じ始めたのか、田向くんがコソッと俺に耳打ちをしてきた。
「……ぶっちゃけどういう関係なの? 元カノと元カレとか?」
自分でもびっくりするくらい高速で頭を振った。しかし毎日のように彼女らが引っ付いてくるこの状態、ただの友達だと言うにはかなり無理がある。ないのか、正直に話す以外ないのか……。
俺が観念して話し出そうとしたのを察し、周囲は額を寄せてきた。
「あんなの奴らと恋人なんて冗談じゃない……!」
「どういうことなんだよ」
「ただの同級生、クラスメイトだよ。どういうことなのか執着してくるし、勝手にオレを救世主だの言い出すし……俺はただクラスメイトとして普通に話しただけなのに……」
「お、おう……」
田向くん含め既に知っている樋口くん以外が引いているが、その内の一人が、あれ、と口に出した。
「……そういや俺実川さん同級生かも。中学ん時の」
「気づくのおせーよ。なんなんだお前」
同級生かも、と言い出したのは斎藤くんだ。ほんとに、なんで気づくのが今なんだ。
「なんでって言われても……いや、ここだけの話な……」
今まででも十分小声だったが、さらに小声になった斎藤くんの話を聞こうとしたところで、授業開始の鐘がなった。結構話し込んでいたらしい。
「あっ、やべっ……この話また昼にするわ!」
「あ、うん……」
みんなは席に戻って行った。
昼休み、また昼に話すと言われたので俺と樋口くんも教室に残り、斎藤くんたちの席へと集まった。そして俺が自分の席にいなくなったので、そこにメンヘラが群がる。変なとこしてないよな、とチラチラ監視しつつ話を聞くことになった。樋口くんは部室に行こうとしていたが、部室でひとりで食べてるところを想像するとなんか可哀想なので俺が引き止めた。
「……実川さんさ、登校拒否してたんだよ……」
「えっ」
「何でまた」
「よくわかんねぇけど……ずっとそうだったらしい。1年のGW明けくらいからずっと」
「……それで普通の、全日制の高校入ったって? 有り得ねぇだろ……」
「いや、それが……保健室登校してたらしくて。そこでちゃんと授業は受けてたらしいんだ。家庭教師もいたらしいし」
「……」
「2年の冬辺りかな? 普通に登校してきて、授業受けてたんだよなぁ……絶対この高校に入るって」
……ここで怖い話をすると、俺がこの高校に進路を決めたのは2年の秋頃という早めの時期である。
「……そもそも登校拒否の理由はなんなの?」
「そこまでは知らないけど……噂では、なんか……」
首を傾げて言い淀んだ後、ちら、と斎藤くんは俺を見た。
「……味方が居ない学校にいたくない……とか何とか……」
「………………………その味方が俺だと?」
「……もしかしたらそうかもなーって……」
深く深く溜息を吐き出した。彼女にとっての俺は唯一無二、絶対の味方だったということか。小学生の時、前の学校で虐められていたらしいとか何とか聞いていたが、別に俺が知る限り、新しい学校でそんなことは起こっていなかった……のに、俺に普通に話しかけられたことが余程嬉しかった、ということか。
「結城と別の学校だから嫌ってこと?」
「つか結城がいないと味方がいないと思ったんじゃ……おい? 結城大丈夫か?」
俺は机に突っ伏していた。そこまで俺に全責任をかけないでくれ……と蚊の鳴くような声で言葉が出たが、もう遅いのである。タイムマシンがあれば俺は小四の俺に、立派になろうと思うなと怒鳴っている。
慰めるように樋口くんが冷食の唐揚げを1個くれた。おいしい。そんな感じで、球技大会の翌日、いつも通りだが少し賑やかな金曜日は過ぎていった。
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