14限目 少女趣味なのではなく

 ハーフタイムが終わり、後半戦、第3クオーター。

 相手は強気な攻撃姿勢を崩さないようだった。リードしているとはいえ、たったのシュート五本分。前半思うように点数が取れず焦っているだろう。なのでその隙を利用する。

 俺の指示通りのマークについてくれている。あとは──誘いの隙に乗ってくれるのを祈るだけ。

「……ふぅ」

 ……少し疲れた。溜め息が漏れたのをスマホを持っている樋口くんと、指示を伝えていた佐々木ささきくんに聞こえてしまったようで、声をかけられた。

『結城大丈夫か? しんどかったら寝ていいぞ。つか寝てくれ』

「大丈夫」

 愛が置いて行ってくれたペットボトルのスボーツ飲料を飲んで、試合を見る。敵の5番は6番にパスを流し──今だ。

「パスカット!!」

 俺が叫んだのと同時に田向くんがボールを奪う。味方は一気にカウンター姿勢に入り、見事リフトアップ、2点が入った。この調子で続けていれければなんとかなる、だが相手も馬鹿ではない。たったの1度で誘いの隙作戦がバレたらしい。マークがずさんなやつにパスを回すなと、7番が指示を出している。まぁ、俺がその場にいたら気付くしな。どうも7番が司令塔のようだ。

 その後も同じ作戦で続けるが、中々上手くいかないまま更に追加点を決められ、点差は12点となった状態で第3クオーターが終わった。休憩が1分ほど入り、そのまま第4クオーターへ突入する。

 ここに来て相手は、あとは点差を守ろうという防御姿勢に入った。となると、ここで俺が提案した、相手が防御姿勢に入ったら、の作戦が始まる。相手は矢張り中を固めている。だが、それならそれで──。

 指示通り、橋本くんが動いた。そして、彼が持ったボールは少し歪な線を描きながらも、ゴールへと入る。

 そう、中を固めるのなら、3ポイントを決めてしまえばいいのだ。すると相手は無論、中ではなく3ポイントを決められる場所のディフェンスをする必要性も出てくる。すると自然と、中は開くのだ。その隙をついてゴールを決める。相手にボールが渡ったらその時は、また誘いの隙を狙う。それをひたすら繰り返す。バスケ未経験者しかいないチームなのに、元々運動神経がいい面子が揃ってくれているお陰で、中々食らいついてくれているのはありがたい。

 俺だって、指示役になったからには負けたくないのだ。

「田向くん五番気をつけて!」

『田向5番に気ぃ回せ!』

「斎藤くんリバウンド!」

『そのボール取れ斎藤!』


 試合終了のホイッスルが鳴った。……疲れた。点差は、Aが25点、Fが32点の7点差……まぁ、上々と捉えるべきか。俺は脱力して、愛のベッドに転がった。

「ごめん……」

『いやいや、結城が謝ることじゃねぇって』

『それな。体調悪いのに無理言ってごめんな、ゆっくり休んでくれ』

「……ありが」

『ところでお前、それベッド? すげーメルヘンだけど』

 ハッとして枕やシーツを確認する。ゆるふわキラキラなファンシーな枕とシーツ、布団。愛がこういうのが好きなのだ。すっかり気を抜いていた。

『めっちゃ女子なんだけど。なんで?』

「ちがっ……これは……!」

 違う、違うんだこれは決して俺が少女趣味なのではなく、と言おうとしたがまさか女子の部屋にいるなんて言えない。その時、樋口くんが何かに気づいたような声を出した。

『はっ……! 結城氏その部屋はまさか前に話していた幼馴染の』

「待っ…………!? 樋口くんとその周囲絶対いつも俺に引っ付いてる奴に言うなよ! 何されるか分からないから!」

 勢いに任せて肯定してしまった。思わず遮ってもこれは仕方がない。画面の向こうの彼らはキョトンとした後笑いだした。笑い事じゃないんだが。

『わかったわかった、言わないよ』

『F組の遠藤……あ、怪我させたやつな。そいつについてはまた学校で詳しく話すわ。明日学校来る?』

「あ、うん……そのつもり」

『了解。じゃぁ!』

 電話を切り、1度枕カバーを確認するために起き上がった俺は再びベッドに転がった。容赦なく眠気が襲ってきて、なんとか意識があるうちに水分補給をして、俺は穏やかに寝落ちた。




 カリカリという音で目が覚めた。目を開くと部屋は暗買ったが、少しだけ灯りが着いていた。愛の卓上ライトだ。視線を向けると、愛は薄暗い中で勉強していた。

「……愛? 暗くない?」

「! 起きたの? よく寝てたね。体調どう?」

「もう大丈夫。明日は学校行けそう」

「そっか! よかった! ご飯はどうする? ママ、陽向の分も作ってくれてたよ」

 時計を見れば、もう八時前だった。あー……まだ家事をやってない。

「……持ち帰らせて貰っていい? そろそろ家帰って色々やんなきゃ……」

「え!? 今からやりに行くの!?」

 行くって……それだとまたこっち帰ってくる前提みたいになるよ愛。

「帰るよ。やってないと母さんに何言われるか分からないだろ。でも作ってくれてたんならそれ食べたいし……」

「ごはん持って帰るのはいいけど……あ、じゃぁ私も行く! 家事手伝うよ!」

 ……そんな明るい笑顔で言われると、気があるんだと勘違いされるぞ、愛。今俺が勘違いしそうだからな!


 というわけで俺は愛と一緒に家に戻った。

「洗濯物まわしてる間に掃除機かけて……あと母さんの分の昼ごはん作らなきゃ」

「陽向普段家事何をやってるの?」

「……洗濯、掃除、母さんの昼食作り……買い物も含まれるなら買い物もするよ。食費は母さんから渡されてるから。ゴミ出しもするし、あとは……」

「多い!! 多いよ!! もう陽向がお母さんじゃん!!」

「いやぁ、でもこんなにやるようになったのは中3の夏からだし……」

「部活引退の時期を完全に狙ってるじゃん!! これじゃ勉強する暇ないよ成績悪くても仕方ないよ……!」

 フォローしてくれてるんだろうけど、成績悪いってバッサリ切られると精神に来るな。

 まったくもう!と怒りながら愛は冷蔵庫の中を当然のように見始めた。愛は料理をやるつもりのようだし、俺は掃除をしてしまおうと掃除機を起動させた。

 愛は母さんをどうにかすべきだと考えているようだけど、正直俺は別に現状のままでいいと思ってる。というか、この状況が長いから慣れてしまった。もちろん、高校出たら大学には行かず、家を出て働くつもりだ。これといった趣味とか、子供の頃からの夢とかないから職種はまったくも決めてないけど、まぁそのうちやりたい事の一つや二つ見つかるだろう、多分。


 掃除と料理、洗濯物を干すのが終わって、ようやく俺はご飯を食べられる状態になった。愛が母さんの昼食用に作ってくれたのは簡単な炒め物だったけど凄く美味しそうだ。

「美味しそう。愛は家庭科も得意だったよな、たしかに」

「そうでもないよ。でも私もいつかは一人暮らしするから、少しずつ勉強してる」

「……大学は決めたの?」

「ううん、まだ。でも国公立4年に行けたらいいなって思ってる」

 ……到底俺の手には届かないような所を……俺も地頭が馬鹿ではない、と思いたいのだけど、そもそも別に勉強が好きな訳では無い。国語だの数学だの英語だのより、動く方がよっぽど好きだ。そうでなければバスケなんてやってない。

「……専攻とかは?」

「それは決めてる! 学国語学科!」

「外国語……愛って英語好きだったっけ?」

「そうじゃないけど……ちょっと前にね、世界史の資料集見てたら沢山綺麗な教会とか街並みとかあって……留学したいなって思って! それで将来的には国際線のCAとかなりたい!」

 もうそんなところまで決めているのか……!

「陽向、応援してくれる?」

「……うん、愛のためなら」

 俺はきっと日本から出ることがない。だから本当は、愛もそうであって欲しい。高校を出たら家を出てた働くつもりだ、でも、愛とは物心ついた頃からずっと一緒で、それが普通だったから、すぐ会いに行ける距離にいて欲しい。

 でも、行かないで、側にいてなんて、恥ずかしくて到底言えないから、俺は笑って愛を応援した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る