17限目 ポジティブの化身か

 しんと時が止まった。全員唖然としている中、部長と信玄さんだけが声を出す。

「風紀委員長?」

「どうしてここに」

「ふ……!?」

 風紀委員長!? その人がなぜ俺の所へ!?

「あぁ、あったことなかったな。俺は風紀委員長の風間かざま武人たけと、3年生だ。風紀委員及び生徒指導の田口先生から呼び出しがかかっている! さぁ来い!」

「え、えええ……!?」

 嫌すぎるが、風紀に逆らうことができない俺は嫌々ながら彼について行った。あー……何言われるんだろうな……。




 連れていかれたのはA教室という狭い教室だ。A組の教室という訳ではなく、学年が上がると選択科目が多くなるため、少人数授業になることもある。その為に使われる教室の一つだ。

 そこには、風紀委員のメンバーと思われる生徒数人と、田口先生と……メンヘラが3人、名倉さん、伊藤さん、実川さんがいた……どうして……。

「あ、あの……この集まりは……一体……」

「そこの2人が嘘つくのが悪いのよ」

「そんな……私、嘘なんて……」

「ひ、酷いよ名倉さん……」

「……あの、な、何があったんですか……」

「……この部屋で3人が乱闘していたのだ」

 ……………………………え? 乱闘……乱闘!?

 わけが分からない。俺のショート寸前の思考回路に気づいているのか居ないのか、とにかく風紀委員長は状況を説明した。回らない頭で何とか理解すると、何故か3人が殴りあっているところに偶然風紀委員のメンバーが通りかかり三人を止め、他の風紀委員と1年の生徒指導の田口先生が呼ばれ、3人に事情を聞いたところ、3人の話は噛み合わないながらも、3人の口から俺の名前が上がったので証人尋問として俺を呼んだ……ということらしい。呼ばれたところで俺は何も知らない。

「ええと……3人はどう言った説明を?」


 まず伊藤さんの証言では──今日の夕方、実川さんと話をしていたら突然名倉さんが来て、「どっちが結城くんと付き合っているのか」聞かれ、自分だと思って手を挙げたら実川さんも手を挙げていて口論に、そして名倉さんは2人を強く糾弾し始め最終的に手が出た、との事。

 実川さんの証言もほぼ同じ。実川さんによると、彼女は伊藤さんに「実川さんもF組の人に酷いことされたって本当?」と問われ肯定したところ、「陽向くんになんて言われた?」と話しかけられたとのこと。それで「心配してたよ」と言ったところで名倉さんが来て、そのあとは同じ。

 名倉さん曰く、2人が俺について話しているからちょっとちょっかいをかけようと話しかけて、2人が共に付き合っていると言うから頭がおかしいと思ってそれを少し問いつめただけ、との事。

 噛み合わない点については、伊藤さんと実川さんは「少し問いつめただけなんてもんじゃない」と言っていて、3人とも先に手を出したのは誰だというのが一致しておらず、そして何よりもおかしいのが……2人が俺と付き合っていると思っていることだ。


「ええと……俺に言えることは1つなんですけど……いいですか?」

「良かろう」

「……俺は実川さんとも伊藤さんとも付き合ってません……」

 ピシッと空気が凍る。みんなやめろ、そんな目で見るな俺を。

「嘘……陽向くん、別の中学になると知った時に寂しくなるねって言ったじゃない」

 社交辞令だしあの時はまだメンヘラに対する危機感がなかったんだよ。

「私の肌を綺麗って言ってくれたのに……」

 だからなんだと言うのか。

「君はそんな思わせぶりな態度を取っていたのか……」

 風紀委員長くらいは俺の人間性を信じて欲しい、そんな人生だった。

「と、とりあえず! 俺は2人とつきあっていませんっていうか誰とも付き合ってないし、なんなら心配の言葉をかけてもない! 本当です信じてください!」

 ……とはいえ、俺の言うことと2人の言うことは完全に2人の言うことと矛盾が起きている。だめだ、問題が重なりすぎてどこから解決したらいいのか分からない。

 よし、一旦整理しよう、落ち着け俺。まず実川さんと伊藤さんはそれぞれが俺と付き合っていると思っている、これは勘違いと妄想の産物だ。そして名倉さんはどちらかが俺と付き合っていると思っている。原因は謎。そして3人は口論の後殴り合い……誰最初に手を出したかは分からない。そして田口先生と風紀委員会の人は誰を信じていいのか分からない……状況……。

 ……よし、こうなったら……馬鹿だと思うけど誰を信じていいのか分からないなら仕方ない。

「……で、誰が言っていることが正しいんだ?」

 田口先生が言う。まぁ殴った3人は指導されるだろうが、少なくとも俺はそんなことになりたくない。

「……分かりました。じゃぁ俺が仮に2人に二股かけてるとしましょう」

「結城陽向? いいのかそれで?」

「付き合うとか付き合わないとかの範囲に校則は関係ないはずです」

「そういう問題か?」

「とりあえず1個でも解決させてください俺とて不本意ですが仕方ない」

 すう、と息を吸う。


「別れよう、2人とも」




「ひっどい有様ですな……」

「理解できない……」

 そのあと開放された俺の両頬には赤い手形ができていた。

 2人とも俺と付き合ってると思い込んでいるのなら仕方がないと、苦し紛れに言ったらその両方から平手打ちを食らった。本来付き合ってないし、俺はとにかくその勘違いを解けないのならそうするしかないと思って言っただけであまり非はないと思うのだが。

 突然フラれた(何度でも言うが付き合ってない)2人は俺の言葉が酷いものに聞こえたのか、俺が予備動作のない平手打ちを双方から食らった後、俺は1人場所を移して風紀委員と田口先生に話を聞かれた。あの二人の性格を……というか、俺に執着していることを話すと、事実確認をすると言われて開放された。3人はとりあえず指導されるらしい。まだ保護者召喚には至らないようだ。

 で、部室に戻ってきた俺にかけられた樋口くんの言葉が「ひっどい有様」だったわけだ。自分でもそう思う。


 結局戻ってきてから直ぐに下校時刻となり、俺はいつものように気楽に帰ろうとしていた。朝は1時間ほど俺を待つメンヘラが、帰りの時間となると俺を待たない理由は気になりはするが、それを探ろうとするほど命知らずではない。そう、漫研に入ってから少しの間はメンヘラを警戒して慎重になっていた俺は、すっかり気を抜いていたのだ。

 昇降口から出ていき、ふと視線をあげると校門に誰かいる。もう暗い時間で誰なのかはよく見えないが、いる。なんとなく俺を見ているのが暗がりでもわかった。

「ついに待たれてますなぁ」

「そのようだね最悪だ……」

 近づいていくと、伊藤さんだった。泣き腫らしてた目をしている。

「陽向くん……どういうことなの?」

「どう……とは?」

「私と陽向くん、付き合ってるんじゃないの? 付き合ってると思ってるって言ったんでしょ?」

 …………んん?

「えーっと……伊藤さん、そもそも伊藤さんが俺と付き合ってると思った根拠って何?」

「……私にボールぶつけてきた人が、お詫びしに来たの。昼休み」

「……それで?」

「お詫びに、お前は気づいてないだろうけど、結城ってやつはお前と付き合ってるって言ってるって教えてきたの」

 疑問、氷解。恐らく実川さんも同じことを言われたんだ。だからあんなにも俺と付き合ってるんだと信じ込んでいたんだ。面倒くさい……。

「……わかった。伊藤さん、デマに惑わされないで。俺は誰とも付き合ってないし、伊藤さんにしても同じことだから」

「……じゃぁ今から狙えるってこと?」

 ポジティブの化身かとは思いつつ、いいえと応えると問い詰められそうな俺は、無言で頷いた。あぁ、破滅に近づいている気がする……

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