11限目 放置しないで

 ──球技大会当日。


「おはようございます、全校生徒の皆さん。本日は大変よく晴れ、絶好の大会日和となりまして──……」

 校長先生の長話がものすごく鬱陶しく感じるくらい、暑い。たしかに暑い。今日は夏日になると天気予報で言っていた。ジリジリと照りつける太陽光に、熱中症になる人が何人も出そうだ。


 やがて校長先生の挨拶が終わり、全校で体操をしたら、早速競技の開始となる。

 グラウンドは、半分ずつ使って3A対3Hと2B対2Gのサッカーが行われていて、1C対1Gのドッヂボールが隅の方で行われる予定だ。テニスコートでは1F対1Hの試合。この高校には体育館が大小の2つあり、小体育館で2A対2Dのバドミントン、卓球は今3D対3Fで使うのだそうだ。そして大体育館は、半分を2C対2Eのバレーボール、そしてもう半分が俺たち──1Aと1Bのバスケットボールの試合になる。俺はもちろん先発出場だ。眼鏡が邪魔だが外せない。そしてこれは今日になって知ったことだが……なんと俺以外ほぼ全員バスケは授業以外でやった事がないらしい。1人か2人はちょっとだけ部活でやってて、運動神経はみんな割といいらしいけど、鬼かな?

 ……まぁいい。全員もれなく経験者であるよりはマシだ。……負けることが出来るからな。総当たり戦ならそうはいかないけど、これはトーナメントだ。1回負ければそれで済む。そうしたらあとは適当に応援について行けばなんとかなるだろ、多分、きっと。


 ピーッと試合開始のブザーが鳴った。試合は5分4セット。こっちのボールだ。やっぱり俺が1番の経験者だからか、早速俺にパスが回される。

 ──全コートマンツーマン……だが防御姿勢を見るとバスケ部なのは俺をマークしているこいつくらいか。バスケのまともな経験者が俺しかいない今、マンツーマンでパスは危険……と、考えたところで苦笑しかける。いや、負ければいいのに何を真剣に考えているんだ。……と思うのに、俺が中学時代に培ってきた本能というか、バスケをやってきた血というかが、わざと負けるという選択を俺に許しはしなかった。そして体は脳ではなく血に従い──右にパスを出そうとして相手がその動きに釣られた隙に、俺は左手でドリブルをして走り出す。

「フェイント!?」

「嘘だろあの眼鏡!!」

 わっと味方の歓声が湧くのと同時に、俺を狙った防御になりマンツーマンが崩れる。右、左と避け、センターラインまで来て、味方が1人空いた、パスを出し慌ただしく受け取っているうちにフリースローレーンまで移動する。受け取りがワタワタしてるのは、多分俺が思った以上に動くので驚いているんだろう。受け取ったやつは、とりあえず俺にボールを任せようとする、とはいえ当然敵が易々とそれを許すはずもない。だがその程度は想定内。フリースローレーンから少し下がれば相手の反応は遅れ、パスが俺に回る。ここからなら、3ポイントだ。入るか不安だけど中を固められてしまったらもう堅実に2点を狙うよりいい。外したらリバウンドは期待できないが一か八か、投げたボールは、ボスっと気持ちのいい音を立ててゴールネットを潜り抜けた。

「すげー!!」

「結城まじかよ!!」

「結城くんあんな見た目で運動できるの!?」

 そんな歓声に内心でにやけながらバックコートへ戻る。他のメンバーも授業でやった試合を思い出してきたのか、ディフェンスに入りだした。一安心だ。


 俺の通っていた市立第二中は、決してバスケ部の強いところではなかった。だが、自分の通う学校の強さ弱さ関係なく、俺はバスケが好きだった。これも、姉ちゃんの影響だ。

 姉ちゃんも中学までバスケをしていた。その時の姉ちゃんが格好よくて、姉ちゃんにバスケットボールが欲しいとねだった。小学生の俺は部活に入っていなくて、バスケをしたいならボールを買うしかなかったのだ。当時中学生だった姉ちゃんに、ボールはまた今度ねと言われてその時は貰えなかったけど、姉ちゃんは高校に入ってバイトをして、クリスマスにいいボールを買ってくれた。それが今でも俺が持っているボールだ。姉ちゃんは空気入れもセットでくれたので、手入れは欠かさない。

 ちなみにボールは、クリスマスの朝、俺の枕元に包装に包まれた状態で置かれていたので、当時の俺はサンタさんからのプレゼントだと思っていた。まだ6歳だったから仕方ない。蛇足だがあれが最初で最後のサンタさんだったことは言うまでもない。


 一進一退の攻防が続き、バスケ好きの血が騒ぎまくった俺の体は最後まで理性の言うことを聞かず、何とか勝つことが出来た。途中で選手交代があったが、交代しなかった俺はもう汗だくだ。まだ体はバスケを覚えていたらしくて、少し嬉しいけど。まぁ、それでも鈍ってはいたな、やっぱり。

「勝ったー!!」

「勝てると思ってなかったわ!!」

「お疲れ様ー!」

 みんな友達から持っていたタオルや飲み物を受け取る。俺の私物を持ってくれていたのは勿論樋口くんだ。もっとも、ガチ陰キャである樋口くんは最初応援に来るつもりはなかったらしいが、俺の私物を持つのにいてくれ、というと了承してくれた。

「お疲れ様ですぞ」

「ありがとう」

「デュフッ、しかしさすがのプレーでしたな」

「いや、もうだいぶ鈍ってたよ」

「それはそれは」

「結城くん」

「あ……橋本くん」

 突然ぬっと出てきたのは橋本くんだ。橋本くんも俺同様出ずっぱりだったので汗がすごい。だがいい笑顔だった。

「今回勝てたのは君のおかげだ。礼を言うよ」

「買い被りすぎだよ」

「結城!」

「元バスケ部!」

 坂本くん以外にも、バスケの試合に出てたメンツが寄ってくる。あぁ、懐かしいこの感じ!中学の部活でも試合の後はいつもこんな感じで──……。

「陽向くん!」

 ぞろっと来たのはメンヘラーず五人衆。途端、散っていく男子たち。誰か1人でも助けてくれていいんだよ。

 彼女たちが声を出さずにそこにいたのには気づいていた。妙な視線が5つあればそれはメンヘラのものなのだ。試合中、ボールを持ってない時でも注がれる視線をひしひしと感じていた。当然、彼女たちに協調性なんてありようもないため、クラス一丸となって応援……なんて殊勝な目的でなく、単純に俺目当てでクラスメイトについてきたのは言うまでもない。まぁ、それ以外にもメンヘラはクラスのみんなが移動したのに自分は移動しないとか、そういうことができない生物でもあるのだけど。

「凄いね……! さすが元バスケ部……!」

「かっこよかったわ。喉乾いてるでしょ、私の水筒でも……」

「ひ、陽向くん、クラス戻らない……?」

「応援なんて行かなくていいわよね? 陽向くんは今人間不信だもの」

「そうだよ、クラスメイトに混ざってるなんて不安だよね? それとも私が一緒にいれば大丈夫?」

 グイグイくる。全員グイグイくる。当たってる何がとは言わないけど当たってる。君たちが一緒にいるからだいじょばないんだけどな。

 次の応援は、対1Cのテニスとのことだ。バスケは午後から、1Cと1Dのどっちかと第二試合になる。クラスメイトは早くも移動を始めている。樋口くん、橋本くん、待って。俺をメンヘラと一緒に放置しないで。正義感強めな感じでもメンヘラという闇には敵わないというのか。それとも書道部的に近づきたくないのか。

「お……俺も行くから、応援」

 メンヘラたちは、それならそれでとついてきた。教室にメンヘラ5人だけと一緒なんて御免こうむる。……ついてくるのも嫌ではあるけど、まぁ仕方ないよね、これくらいはね。

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