12限目 本当にすまない
メンヘラたちの引っ付き癖は、うんざりとはしているものの、慣れているので、そろそろ無心になれそうというのも事実だ。嫌な事実だが仕方ない。
ただ球技大会の今日、問題があるとすれば──と俺は空を見上げた。憎らしいほど晴れている。そう、暑いのだ。
「頑張れー!!」
「いっけぇえええええ!!!」
A組は、別に仲間意識の強いようなクラスだとは思わない。それもこれもメンヘラとそのメンヘラに纏わりつかれている俺が目立っている──ひいては浮いているせいなのだけど、まぁともあれまとまりがあるクラスではない。普通の学生のように、仲がいい人が少しづつ固まって、なんだかんだとクラスカースト的なものができているだけだ。
それが、こういう大会になると一致団結する。俺も普通に応援したいけど……何分バスケで疲れているのと、メンヘラが邪魔なのと暑さのせいで、声を出すような気分にはなれなかった。
「金本ぉぉおおおおおお!!! おまっ……飛ばし過ぎだバカ!!」
「おいコラC組!! 手加減しろし!!」
……なんだか応援……いやあれは応援なのか?ともかく、声が少し遠くから聞こえる気がした。
「…………、……」
なんでだろう、酷い倦怠感がある。溜息まで熱い気がする。暑い。息が上手くできない。景色が霞む。喉、渇いた。汗が酷い。暑い。音を認識できない。暑い。感覚が薄れる。あつい。目眩がする。あたまがいたい。あつい。あつい──気持ち、悪い……。
「……陽向くん? どうかし……」
立っていたはずが、気がつけば膝から崩れていた。
だめだ、はき、そ
「はっ……はぁっ……けほっ、ぉえ゛っ」
「きゃぁ!」
「陽向くん!? 陽向くんしっかりして!」
呼びかける声が遠くから聞こえる。こっちの異変に気づいたその場にいた全員がざわつき出すのがわかったが、それだけだ。それ以外のことを認識できない。頭がクラクラとする中全てに対する認識は薄れて、遂に俺は意識を手放した。
「…………う……」
目を覚まして最初に目に入ったのは、無機質な天井だった。ここはどこだ。どうして俺、こんなところで寝てるんだ……と思った時、涼しい風が顔を撫でた。気持ちがいい。
シャッという音が聞こえた。カーテンを開ける音だ、くらいには思考が回復している。
「……あら、起きた?」
音と声のした方向に目を向けると、知らない顔の女性が俺を見ていた。格好からして、多分保健室の先生。
「結城陽向くん。1Aの子だったわね。意識はちゃんとしてるかしら? 声は出る?」
「……っ……けほっ」
声を出そうと口を開けたが、乾いた咳しか出なかった。くそう、情けない……。
「声はまだダメそうね。起き上がれる? 経口補水液用意したから飲んで」
介護されるような形で起き上がり、ペットボトルとストローを渡された。普通に飲めば噎せるだろうと思っての配慮だろう、ありがたい。経口補水液は美味しくないが、数口飲んでようやく生き返った感じがした。
「はぁ……すみません、ありがとうございます……」
「いいのよ。それより、どうして倒れたのか覚えてる?」
……水分をとってだいぶ頭もスッキリした今なら思い出せる。多分、熱中症だ。
保健室の先生……
板庇先生に体温計を渡され体温を測ると、まだ熱があるようだった。先生が確認して、ふう、と溜息を吐き出す。
「今日は早退ね。明日も休みなさい。林先生には伝えておくから」
「うう、そうですよね……すみません」
メンヘラたちと同じクラスになった時点で、目立たない、という当初の目的は果たされなかった訳だが、その上こんな悪目立ちしてしまうとは……。
「保護者の方に連絡取れる?」
「あっ、えっ……と……」
……時間は午後1時。母さんは恐らく起きてはいるけど……そもそも母さんは車の運転ができない。できないし、知られると何を言われると分からない……こうなったら。
「……祖父母なら、多分」
祖父母、父方の祖父母だ。姉ちゃんが言うには嫁姑の仲はかなり悪かったようだが、父さんが失踪したあとも2人は俺と姉ちゃんの……というか主にまだ未就学児だった俺の心配をしてくれて、小さい頃の俺はちょくちょく2人に預けられていた。
中学に上がってからは、あまり頼るのも……と思い頼るのは控えていたが、さすがにこの時間、この天気。30分家まで歩くのは辛い。なんならもっかい倒れる。
「それじゃぁ、連絡してみて。ダメだったらしばらくここで休んでいきなさいね」
電話をすると、じいちゃんは今すぐ迎えに行くと言ってくれた。俺の家から祖父母の家までは徒歩10分の距離なので、学校とも近い。
学校に着いたじいちゃんはまず職員室に行ったらしく、板庇先生から話を聞いていた事務員さんが保健室まで案内してくれた。ちなみに荷物は、じいちゃんに連絡する前に様子を見に来た樋口くんと橋本くんが取りに行ってくれた。ありがたい。その2人から聞いた話によれば、試合は一時中断し、クラスみんなで俺を運んだり吐瀉物処理してくれたらしい。すまない……本当にすまない。
「陽向! 大丈夫か!」
「ありがとうじいちゃん。大丈夫だよ」
「そうか……
「言ってない。じいちゃんち行っていい?」
「あぁ、もちろんだ」
美咲とは俺の母さんの名前だ。俺と姉ちゃんは揃って太陽由来の名前だけど、それは父さんの名前が
先生に頭を下げて、俺はじいちゃんと一緒に帰っていった。……明日休みか。どう過ごそうか迷う。母さんにバレないようにしたいが、それで外に出て、また気持ち悪くなれば本末転倒もいいところ。
…………愛に相談してみるか。愛は頭もいいし、解決法を見つけてくれるかもしれない。
じいちゃんちでしばらく休んで、6時くらいになって俺は家に帰った。ばあちゃんにもじいちゃんにも引き止められて、ご飯を食べていけと言われたけど、もう大丈夫だからと遠慮してきた。今日はもうご飯を食べる気になれないので、コンビニでゼリー飲料を買う。こういうので済ませようとするから熱中症になるんだろうな。
母さんはホステスなので、もうこの時間には家にいない。帰ったら家事をやらねば、と思うと気が重いけど、こういう時早退がバレないのは楽だ。
部屋に戻ると、愛が部屋の明かりをつけて勉強しているのがわかった。さすが真面目だ。……なんか集中しているっぽくて声掛けづらいな、と思ったが、声をかける前に部屋の明かりに気づいた愛は窓を開けた。
「おかえり! 今日は早かったね!」
「あー。うん、ちょっと早退して」
早退、と言うだけで、じいちゃんちにいたということは愛に伝わったようだ。早退したのにこの時間、ということに疑問を抱いた様子はない。
「早退? 何かあったの?」
「熱中症で倒れちゃって」
「え!? 大丈夫だった!?」
「大丈夫じゃなきゃここにいなくない?」
……まぁあまり大丈夫ではなかったけど。
「明日はどうするの? 休み?」
「明日も球技大会だしね。休めって言われたけど……愛、母さんにバレない方法とか思いつく?」
「え……えぇ……うーん……」
さすがに思いつかないか、と思ったら。
「…………あ、1個だけあるかも。陽向さえ良ければ」
「マジで……!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます