血と涙と冷や汗の球技大会
10限目 万々歳だが
「今日のLHRではぁ、今月の半ばに2日かけて開催される球技大会の各種目に誰が出るか決めまぁす」
──季節は流れ、姉ちゃんが帰ってくることはなかったが、バイトはほぼ厨房にいたために名倉さん含めその他のメンヘラたちに会うことも、もちろん旅行に行くこともないまま穏やかに過ごしたGWも過ぎ去った、新緑の輝く5月。徐々に少し暑い日が増えてきた季節に、この高校では球技大会が行われる。ちなみに10月はそれはそれで体育祭があるらしい。2度やる意味はあるのだろうか。
先生が黒板に、種目を書いていく。男子はバスケ、サッカー、テニスのダブルス。女子はバレー、ドッジボール、ダブルスのバドミントン。そして個人競技として男女共に卓球が設置されている。
A組は男子16人、女子19人で少し女子の方が多い。そういったクラスごとの微調整は、補欠を決めたりすることで調整するのだそうだ。バランスがいいクラスはいいが、女子ばかりとか男子ばかりとかのクラスで人が足りない場合は、競技を兼任する人も出るらしい。
バスケとバレーはそれぞれ5人、サッカーとドッジボールはそれぞれ6人。テニスとバトミントンは2人ずつ、卓球はそれぞれ1人。つまり、このクラスだと男子は2人、女子は5人補欠が出るわけだ。ちなみに補欠でも必ず1回は試合に出る必要があるらしい。選手交代を審判に申し出れば1試合につき2回、1回につき1人まで認められるようだ。
男女に別れて早々、どれに出るか話し会いが開催された。……出たくない……補欠のままでいたい……運動してる俺を見た時のメンヘラの反応が怖い。俺1人にかかる迷惑ならまだしも、他の人にまで迷惑かける訳にも行かない。とはいえ彼女らに他の人の迷惑なんて関係ない。関係していたら俺はこんなに疲れてない。
クラスの陽キャと陰キャではない普通の男子たちがバレーに出たいとかバスケに出たいとか言ってる。バレーは早くも定員が埋まったようだ。陰キャの俺たちはどうせ卓球とかに回されるだろう。やったことがないがバスケみたいなキラキラ競技にはもう触れなくていい。強い学校ではなかったから未練もな──
「なぁ結城バスケ経験者ってほんと?」
ビクッと肩が揺れる。ユウキという苗字なのはこのクラスで俺だけだ。誰だ告げ口したのは。一生恨んでやろうか。まぁ恐らく隣のクラスの陽キャ5人組から聞いたんだろうけど。そんなことより視線が俺に向いている。答えねば……ええと、なんて言えばいいんだ?
「……だ、誰からその話を……」
「おっ、その反応ってことはよっちーの話本当なんだ!」
しまったァァァァァァァァァァ!!!よっちーが誰だか知らんが許さん!!許さんぞよっちー!!
「じゃぁ結城はバスケな」
「えっ、ちょっ……」
「他どうするー?」
あああ……全然聞いてくれない……。隣にいた樋口が笑いを堪えつつ横を向いたのが見えた。笑うくらいなら補欠でいいからバスケに入ってくれ。
ちゃっちゃと種目は決められ、樋口くんは結局卓球になった。補欠でいいからバレーやりたいという奴がいたため、3つの補欠枠の内、2つはバレーで決まり、1つはバスケになった。ちなみに、いかにも野球部な学級委員長橋本くんもバスケをやることになった。そして彼は中学では書道部で高校も継続して書道部らしい。うそぉ……。
「1年A組!! 力を合わせて頑張るぞ!!」
男女共に種目が決まり、陽キャとキラキラ女子がおー!と言う。頑張りたくない。目立ちたくない……これ以上、メンヘラなんか釣ってたまるか!
……でもある程度頑張らないと糾弾されそうだし、そうならない程度頑張るとしよう。
「へぇ、じゃぁ1年ぶりくらいのバスケだねぇ」
「体がまだ覚えてるか不安だけどね」
「大丈夫だよ、陽向運動神経いいじゃん。なんなら今から公園行ってやる? ボールまだある?」
「あるけど、愛バスケなんて出来んの?」
くつくつと俺の口から笑いがこぼれた。愛は昔から勉強は得意だけど、運動音痴だ。幼い頃はそれをネタにクラスメイトのいじめっ子に笑われていて、俺がそれを追い払うのも日常茶飯事だった。喧嘩が強いわけじゃなかったし、そもそも喧嘩はダメだと姉ちゃんが教えてくれたから暴力沙汰には至らなかったけど、俺が来ると割とすごすごと引っ込んでいったのだ。俺の印象が優しくていい人だったからだろう、先生に叱られるとでも思ったのかもしれない。
とはいえ、確かに愛は運動音痴を集めた芸人の番組に出でも違和感ないような運動音痴だ。バスケの動きに限って言うなら、ドリブルできない、シュート届かない、パスは明後日の方向へ……みたいなレベルだ。もちろんレイアップなんてしようもんならトラベリング必須だし、ゴールから外れたボールを取ろうとして顔面にぶち当たったこともある。俺も少食にならざるを得ないからひょろ長いに分類されるけど、愛はまるで筋肉がない。実川さんほどでは無いけど。
名倉さん以外は愛と面識がある。当然俺と仲の良い愛はメンヘラたちに目の敵にされていたが、俺が必死になって、ただの幼馴染だと、変なことはしないでくれと言ったおかげか、愛はメンヘラたちには何もされていない……そのせいか、俺の現状を笑っている状態だ。これでは、俺からメンヘラが離れても一生この調子で、俺の気持ちなんて到底届かないかもしれない。あーあ、と思いながら大会の日程表を見る。第1試合とか嫌すぎるが。
「……愛は学校どう?」
「楽しいよ! 友達もできてね、夏休み前の臨海学校始まる前にみんなでお揃いっぽい水着買いに行こうって話してるの!」
圧倒的陽の花園──!!正直とても眺めたい!!俺はガールズラブとか好きな訳では無いけどそれはそれとして女の子たちがキャッキャしてるのは眺めたい!いい人だろうが優しがろうが、俺だって男だ!
そんな欲望がうっかり口から出ないようにごくんと飲み込み、へらっと笑った。
「楽しそうでいいね。そういえば俺のところも臨海学校あるんだよな、たしか」
「へぇ、水着買わなきゃね」
「あはは……バイト代貯めなきゃな」
「……ところで私たちが水着買うところ眺めたいとか思ったでしょ、さっき」
「物凄く急に掘り返してくるの心臓に悪いからやめない!?」
ガチで心臓が飛び跳ねた。愛は意地悪そうに笑っている。本当に、心臓に悪い。
「球技大会とか超懐かしい!」
バイトの日、けらけらと笑ってるのは麻衣さんだ。大会は来週、水曜日と木曜日に行われるという日の土曜日だ。今は少し客足が落ち着き、談笑する時間もある。
今日の俺はケーキのある場所なんかを教えて貰ったりしていたが、やることはまだ洗い場だ。まぁ甘んじてこのポジを受け入れておこう。料理がしたくて厨房なのではなく、メンヘラが来はじめると怖いから顔を出したくない……特に名倉さんが客としてくるとなるとますます引っ込んでおきたいから厨房、というだけだし。
「陽向くんは何に出るの?」
「バスケです」
「絶対かっこいい!」
「陽向くん球技大会バスケなの? 誠一さんもバスケ部だったんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「おう。まぁ別に強くもない学校の平部員だったけど」
俺は麻衣さん、誠一さん、由利香さんからどう動くべきか聞いた。俺と同じ高校出身なのは麻衣さんだけだが、まぁ他の高校もだいたい同じだろう。とりあえずクラスメイトに混ざって同じクラスの応援は行くべきだと教わる。卓球だろうがなんだろうがそれは変わらないらしい。
「それって行かないとどうなります?」
「特にどうもされないけど……協調性ないとおもわれたり、根暗とか渾名がつく」
万々歳だが、もちろん言えない。そんなこと。…………とはいえ、俺はこういう行事が元々好きなタイプだ。目立ちたくはないが、個別に行動するよりは悪目立ちしないだろうし、クラスに混ざろう。……というか、委員長が個別行動許しそうにないしな……と考えたところで、彼が書道部だということを思い出した。……あまり怖くはないのかもしれない。
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