9限目 ぐうの音も出ない

 樋口くんと話すようになってからと言うものの、助け舟を出すように昼の誘いをくれるため、俺と樋口くんは一緒に昼を食べるようになった。その上、部長が言うには部室は汚さなければ昼飯を食べるのにも使っていいとの事で、俺と樋口くんはそこに避難するようになっていた。教室だとメンヘラの視線が痛いし、この前ちらっと聞いた……というか小耳に挟んだところによると、メンヘラ4人はどうやら一緒に固まって食べているらしいが、なんと俺の机を使っているらしい。しかも集まっているが会話はないとのことだった。怖すぎるので5限が始まるギリギリまでは教室に戻りたくない。しかも、問題が増えている。

 部室でコンビニの惣菜パンの袋を開けながら、ボソッと俺は口を零した。どでかい溜め息と共に。

「何で……名倉さんまで……」

「……名倉? なんかあったのでござるか?」

「んー……バイト先に客として来たんだけど……それだけだなぁ。あと少し前にメンヘラから助けてくれた……でもその時は全然普通だったし、モサくて覚えてないとまで言われたし、他に原因なんて……」

「…………結城氏、バイト先だとどんな格好してるんでござるか」

「眼鏡外して、ある程度髪整えてるよ。カフェだからこのままの格好じゃ流石にあれだろうし」

「やってみて」

 何故、と思いつつも俺は素直に伊達眼鏡を外し、少し髪を整えた。瞬間、樋口くんはその普段無感動そうな眉間に皺を寄せて、口を零した時に俺が吐き出した溜息と同じくらいでっかい溜息を吐き出した。なんだよその反応……。

「…………何? その反応は何?」

「いや、何って……あのね結城氏……名倉と拙者同じ中学だったんでござるけど……あいつ学校中に名前が響き渡るほどの面食いでござるよ?」

 全て理解した俺は、眼鏡をかけ直して頭を抱えた。

「それでかッ……!」

「メンヘラハーレム乙!!」

「こうしている今俺と君は友人と言っても過言はないと思うけど助けるつもりは」

「微塵も」

「クッ……いやでも待て! 名倉さんがメンヘラだとはまだ……!!」

「いや校門で待ってた時点でアウトでござる」

 ぐうの音も出ない。諦めて買ってきたパンを食べるが、あまり美味しくなかった。不味いとまでは言わないけどなんか普通だな、と言った感じだ。まぁどうでもいいのだけど。とりあえず袋に戻す。


 ……樋口くんに詳しい話を聞いたところによると。

 名倉さんは中学一年生の時どころか、小学生の頃から結構その名を轟かせていた女子らしい。彼女は地雷系ではあるが顔立ちは整っているため、そういう意味でも有名だったが……それ以上に悪名高き女だった、とのことだった。

 樋口くん自身は同じクラスになったことがある程度で、別にそう関わりはなかったそう。そのため人に聞いた話らしいが、彼氏を取っかえ引っ変えしていて、そのせいで仲良しだったグループが崩壊したとか、とにもかくにも面食いで、自分好みの顔にしたいがために髪型を強制してくるだとか、彼氏になった人のところへ休み時間度に会いに行くとか、ロックオンされた人の家を特定するとか……そんな話だった。これは多分飛躍した話だけど、と前置きをして、イケメンの弱みを握るためグラウンド倉庫に連れ込んで襲った、なんて話もあるらしい。本当だとしたら怖いし、嘘だとしてもそんな噂が流布するような人物だと言うのも怖い。

 とんでもないのに目をつけられたな、と俺はまた1つ大きい溜息を吐き出した。

「そういえば結城氏さぁ、もうメンヘラ釣りたくないからその格好って言ってたけど、既存のメンヘラはそれどういう反応なんでござる?」

「既存って人に使う言葉? ……まぁあの4人も最初は戸惑ってたよ。当たり前ではあるけど」

 そして俺は、入学式の帰りのカフェで4人にした説明と、それに対する反応をそのまま話した。樋口くんは苦笑いで聞いている。

「そりゃぁまた母性に溢れたメンヘラたちですなぁ」

「あれが……母性……?」

 母性を知らないわけでなく、あれをお前は母性と言うのかという意図で言葉が出たが、結果として感情を知ったロボットのような挙動をしてしまった。そんな俺に失笑を漏らし、樋口くんはパンが美味しくなかったのを察して、弁当箱の蓋に卵焼きを1個乗せて俺にくれた。ありがたい。おいしい。

「まぁとにかく、人を信じられなくなった……とかって言うのは無駄だったと」

「そういうこと。はぁ……なんて言って遠ざけよう」

 言いながら樋口くんに蓋を返す。まだ昼休みの時間はあったが、教室に戻るとメンヘラ共が寄ってきそうだし、名倉さんがメンヘラに加わった現状俺の味方は樋口くんだけで、戻りたくないし、メンヘラが纏っている空気を見たくなかった。絶対怖いじゃん。


 だらだらと漫画を読んで時間を潰し、俺と樋口くんは5限が始まる10分前に部室を後にした。使っていい、と言ってはいたものの、別に他に使う人はいないようだ。まぁ、食べ物で漫画汚しちゃ不味いだろうからな。

「陽キャの生態が分からないんでござるが……」

 部室から出て口を開いた樋口くんに苦笑いを零す。

「生態って……あと俺は別に陽キャとして過ごしてた訳じゃないよ」

「まぁまぁ。陽キャって何して過ごしてるの?」

「…………え?」

 樋口くん曰く──陰キャはそのほとんどが、2次元であれ3次元であれ、オタクなのだと言う。小説やアニメ、漫画、ゲームから、アイドルが好きな人もいれば昨今流行りのVTuberが好きな人まで様々だが、陽キャはそういうのが好きな印象はないようだ。俺も陽キャではないが、クラスの陽キャの様子を思い出しながら話した。

「陽キャも別に、アニメとかは見てると思うよ。あとはやっぱり、友達とカラオケ行ったりしてたんじゃない?」

「ほうほう、なるほど。陽キャでもないと自称する結城氏は何をしていたんでござる?」

「俺? 俺は──……」

 ……勉強と、愛とのおしゃべり、あとは…………、…………家事しかしてないな……。

「……家事、とか……?」

 何言ってんだこいつみたいな目を樋口くんに向けられた。そんな目しなくてもいいじゃないか!

 正直なところ、メンヘラに懐かれたのはそういうところもあった……というより、俺が優しくしすぎた以上の原因がそれだと思う。俺は普通に友達もいたけど、家庭環境が家庭環境なため、金がないなら奢ってあげると言われたとしても、家事をしない母さんの代わりに家事をしなければならず、遊びの誘いに乗れたことがない。その上、流行りのアニメとか漫画言われても有料放送は見れなかったし漫画を買ったなんて知られたら何言われるか分からなかったから、会話に混ざることも出来ず、一緒にいるのに孤独、みたいな状態だったことも多かった。つまるところ俺は、メンヘラが話しかけるのにちょうどいい条件が揃っていた、ということだ。もちろん、会話に混ざれず遊びにも行けないことを、残念に思っていたし寂しくもあった。そういう俺の雰囲気は、メンヘラが共感意識を感じるものだったのかもしれない。本人たちに自覚があるかどうかはとにかく。

「今は漫画も好きに読めるし、友達はこの外見じゃ作りづいけど、結構楽しく過ごしてるつもりなのにな……なんで今だに引っ付いてくるんだろう」

「デュフッ、現状に満足し始めたらそれはもう陰キャですぞ」

「やったね」

「ま、それでメンヘラが諦めるとは限りませんがなぁ」

「上げて落とすじゃん……」


 そんな会話をしながら、俺たちは教室に戻った。

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