7限目 「イケメン死すべし慈悲は無い!!」
……というわけで、俺は放課後、樋口くんに連れられて漫画研究会を訪れた。
「兄によるとここは文芸部や美術部と鎬を三つ巴で削りあっている研究会でね……」
「……そ……そうなんだ……」
部活として成立しているところを相手に研究会が勝てるのか……というのは多分聞いちゃだめなんだろうな。
漫画研究会は部室が並ぶ棟の3階の端っこにあった。1階と2階は運動部のロッカーや部活用具が入っている部室がある棟で、3階と4階は文化系部活の部室となっており、用具置き場として使われている部活もあれば、その部屋をそのまま活動部屋として使っている部室もある。漫研は後者だ。
「……ところで結城くん……多分だけど君、漫画とかろくに読んだことないよね……」
「えっ!?」
な……なぜバレた!?
「なんならその格好も仮初でしょ……」
「なな、な……何を言って……」
「オタクというのは大体同族というのがわかるもんで……」
そう……だったのか。結局吾妻に教えられたゲームもほぼやってないし、やっぱり陰キャの振りをするだけ、ではボロが出まくるのかもしれない……まぁ、他クラス他学年にもいるであろうメンヘラが俺を陰キャだと思ってくれればあとはどうでもいいけど。
とか考えていたら、樋口くんが部室のスライドドアを開けた。
「お疲れ様でーす……新入部員を連れてき」
「イケメン死すべし慈悲はない!!」
樋口くんの言葉を遮って物騒な大声。びっくりした……。
「イケメンじゃないです。新入部員です新入部員」
「イケメンじゃないのは嘘をつけ!! 高身長細身と言うだけでイケメンのオーラが匂いまくるぞ!!」
くわっと部長と呼ばれた人が叫ぶ。何だこの漫研……。
部長は黒髪眼鏡でぽっちゃりとした男子……いやこの空間、黒髪眼鏡でぽっちゃりした人しかいないな……俺は家庭の事情で痩せてて遺伝の関係で背が高いけど、それだけでかなりのアウェー感だ。
「……まぁ聞いてください。この人、上級生の間でも噂になってる、女子4人を侍らせてる新入生ですよ。ネタになるでしょ?」
「……え? ね、ネタ? なんの?」
困惑する俺に、他の部員たちの目が集中する。撫で回すように見られるってこういうことなんだろうなぁってくらいねっとりと見られている。5人くらいから。ものすごく居心地が悪い。
「……ふむ、なるほどな。イケメンは死すべき生き物だが、面白い。入部を許可する」
「えっ、あ……ありがとう……ございます……?」
「好きなところに座りたまえ。いやその前に自己紹介だ。私は漫研部長、3年生の
普通にありそうな名前を渾名にされると物凄くややこしいな。
「結城くんと同じクラスだけど、一応。樋口知良。渾名は一葉」
渾名というかもうコードネームでは……?
「部長と同じく3年生、
ほらもうコードネームって言ってるし。
「
「え、えっと、2年生の、
「このとおり、苗字から歴史上の人物の名前をコードネームにすることが決まりだ。して、君の名前は?」
「ゆ……結城陽向です……」
「ユウキは、結ぶに城で合ってるかね?」
「は、はい」
「なるほど。副部長!」
「はい。結城という苗字であれば
「流石だ。では秀康くん、今日からよろしく頼む」
…………まとめると。
漫研の部員は俺を含めて6人。3年生の部長と副部長、それぞれ長政さんと信玄さん。2年生の金時さんと弾正さん。そして俺と樋口くんが1年生、渾名は秀康と一葉……3年生の信玄さんと2年生の弾正さんを除いて男性、ということらしい。
「主な活動内容は漫画を読んだり描いたりだ。まぁどちらでもいい。漫画は自分で持ってきてもいいし、そこにあるのを適当に読んでくれてもいい。そこにあるのは先輩や我々が家にあるが読まないものを持ってきたものだ。持ち帰りは禁止だが好きに読むといい。さぁ好きなところに座り漫画ライフを充実させよ」
「は……はい……」
俺は適当に鞄をおろし、部室内を見た。有名な作品、全く名前を知らない作品、ドラマは見た作品……色々あるみたいだ。
「……」
ふと目についたのは人気マンガ雑誌で連載されていた忍者の漫画だった。アニメは少しだけ見た事があるが、漫画は読んだことがない。他に気になるものもないし、俺はとりあえずそれを手に取り読み始めた。
授業、HR、清掃が終わってからの部活は4時スタートで、約2時間ほど。基本は6時に終わることになるが、別に下校完了時間の7時までいてもいいらしい。6時になると、2年生の坂田先輩と3年生の武田先輩は帰る支度を始めた。俺も帰ろうかな、と思い読んでいた本を片していると、部長が目を見開いた。
「おお……やるな、新入生。この2時間でそこまで読むとは 」
「え? ……うわっ」
自分でも無自覚だったが、15冊近く読んでいたらしい。たしかに面白い作品だったけど、こんなに読んでいたのか。
「どうかね、その漫画は。面白かったか?」
「あ……はい。瓢箪背負ってる男の子と主人公、多分これから戦うんですよね。楽しみです」
「ここの部員はおそらく全員その漫画は履修済みだ。いつか語り合おう」
「は……はい」
開口一番イケメン死すべし慈悲は無いと言い放ったのと同一人物だとは思えないほど穏やかだ。漫画好きには優しいのかもしれない。この空気なら、あの4人も入ってこようとはしないだろう。漫画、今まで環境が環境だから触れたことがなかったけど、読んでみると結構面白いし、いいかもしれない。
「じゃあ、その……お疲れ様です、また明日からよろしくお願いします」
頭を下げると、ずっと無言無表情だった部員たちも、ニコッと笑ってくれた。
「……って訳で、漫研所属になったんだよね。明日入部届ちゃんと書くつもり」
いつものように愛と話す。愛は笑って聞いていた。
今日は、いつものように帰りにメンヘラが引っ付いてきたところに樋口くんが来て、なにか説明を受けることもなく漫研へ連れていかれていたため、メンヘラたちには口を挟む間もなかった。何時間かは俺を待っていたかもしれないけど、6時になったら誰も待っていなかった。メンヘラたちはどうやら漫研に入るつもりはないようで、シェルター的な意味でも漫研は役に立ちそうだ。
「良かったねぇ、結構順風満帆に行きそうじゃない?」
「そうだといいなぁ……」
ふぅ、と俺は溜息を吐き出した。本当に、ここままメンヘラたちが俺に興味をなくしてくれればどれほど楽かわかったもんじゃない。だが、少なくとも今後1年間は期待していないのが現状だ。というのも、クラスメイトがこの短期間でほぼ全員俺とメンヘラ女4人という集団を避けているからだ。避けない方がおかしいとは思うが、中学生までメンヘラだけでない友達がふつうにいただけに、避けられるのが可視化できる状態になるとちょっと精神に来るものがある。……いや俺の避けられる気持ちなんてどうだっていい。問題なのは、俺たちを避ける人が多いせいで、メンヘラには他に頼る──もとい依存する宛がいないということ。つまり今年度俺から離れる確率は限りなく低いということだ。多分、8つもクラスがあるのに1つのクラスに4人が集まる可能性(約0.02%)よりも低い。
……まぁ、もうそこは諦めよう。あとは、他のメンヘラを釣らないように気をつけるだけだ。
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