6限目 バイトがッ!!
昨日俺は、無事カフェに辿り着くことが出来た。グッジョブ、俺の記憶力。
今日は、11時半頃に電話をしよう。一応昨日、仕事に行く前の母さんに「バイトをしたい」と言ったらあっさり許可を貰えたし、土日は11時半頃に起きてくる母さんにうっかり電話を聞かれても問題はないはずだ。ちなみに昼食は俺が作る。バイトを始めたら作り置きになるだろう。というか家事は大体俺がやるのだけど。
時計は11時半を示した。俺はチラシに載っている番号に電話をかけた。
相手はスリーコールくらいで出た。男の人の声だ。……店長かな、この声。
『お電話ありがとうございます。エトワールカフェでございます』
「すみません、広告でバイト募集との事でしたのでお電話させていただいたのですが、まだ募集していますか?」
『あぁ、バイト応募の方ですね。はい、していますよ。面接なさいますか?』
「はい、お願いします」
『分かりました。ご希望の日時などございますか?』
「平日でなければいつでも問題ありません」
『そうですか……では来週の土曜日、11時からでよろしいですか?』
「はい、分かりました」
『ありがとうございます。では来週、ええと履歴書と、何か身分を証明出来るものをお持ちください。それと、お名前をお願いします』
「結城陽向と申します」
『……ユウキヒナタ? ……あー! 君あれか! 5年か6年くらい前に、うちでバイトしてた陽依ちゃんの弟か! そうかぁ、もうバイトできる年齢か! はっはっは!』
やっぱり店長だったらしい。俺は思わず笑顔になった。
「お久しぶりです、姉がお世話になりました」
『いやいや! 世話になったのはこっちだよ! じゃぁ来週、待ってるね!』
「はい、失礼します」
相手が電話を切るのを待って、俺も電話を切った。相変わらず明るくていい人で良かった。好スタートを切れそうだ。あとは俺の仕事スキルによるが……できるさ、自信を持て、俺!あとはメンヘラ共が何もしなければ……何も問題は無いさ!
……こういうのフラグっていうんだっけ?
そして訪れた翌週、髪を整えて、眼鏡を外して、履歴書、保険証やマイナンバーカードなんかが入ったパスケース、財布、スマホを持つ。服装は清潔感があって春らしい明るめのものを。……うん、髪さえ黒くなければ中学時代の俺だ。
バイト先までは家から徒歩で大体30分足らずくらい、自転車などない。あったら通学に使ってる。11時になる40分前に、俺は家を出た。
先週は閉店後の夕方に来たが、今日は明るい時間に来ているため、可愛らしい外装はもっと可愛く見えた。色んな花が咲いている花壇の横を通り抜け、まだ11時前だが既に開いているドアを押した。カランカランとベルが鳴る。
「いらっしゃ──あ! 陽向くんだ! 面接に来たんだよね!?」
そういったのは女性のバイト店員。見覚えがある。たしかこの人は……。
「……麻衣ちゃん?」
「えっ! よく覚えてるね!? うわぁ大きくなったねぇ! あと髪どうしたの!?」
彼女は
「髪は色々あって……麻衣さん、ここで働いてるんですね」
「うん、実家の自営業手伝いながらバイト。てゆうか敬語なんて使わなくていいのに」
「い、いやそういう訳には! 俺ももう高校生なんで!」
昔はまだ小学生、麻衣ちゃんと呼んでいたし敬語なんて使っていなかったけど、高校生にもなってそれは出来ない。麻衣さんは少し口を尖らせていたが、笑いながら俺をバックヤードに案内した。
「てんちょー! 陽向くん来ましたよー!」
「聞こえてた聞こえてた。バッチリ時間通りだな!」
がっしりした体格の店長、
「おっ? 黒髪になってる! いいね! 黒いのも似合うね! そしてやっぱりイケメンに育ったな!」
「あはは……ありがとうございます」
荷物を下ろして座るように言われ、俺は椅子に腰かけた。鞄からファイルを取りだし、履歴書を差し出す。
「ふむ……西高に入ったのか!」
「はい。近い方が家の状況的に助かるので」
「あぁ……そっか、大変だよなぁ……」
その後、時間やら日程やら色々と決め、基本は土日祝日の13時から17時までの4時間、基本は厨房、テスト期間中などは休みが貰える反面、長期休暇などは平日も出てもらうと思う、との事だった。なんの問題もない。
「はい、よろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく! 麻衣ちゃんと知り合いなら麻衣ちゃんに教育は任せるのが良さそうだな! じゃぁ来週の土曜に制服用意しておくから、頼んだぞ!」
…………ということで、あっさり採用されてしまった。ほっと一息つく。良かった、採用してもらえて。早く決まったのがいいと言うのもあるけど、それ以上に顔見知りの店長に断られたら普通に凹む。そうならなくて良かった。
だが俺は後々知ることになるのだ。このカフェでのバイトが、俺の望まない方向に事態を転がすことになると。
平日になり、月曜日の体育の時間。早速女子とは別行動になり、体力テストとなった。……この見た目だと、体力テストはどんな結果になるんだろう?……まぁいいか、普通に、いつも通りやれば。俺も別にバスケ経験者なだけで、超絶みたいなレベルで運動神経がいいわけじゃない。普通の人とそこまで変わらないはずだ。
「次、結城陽向!」
「は、はい」
退屈な体力測定は順調に進み、残すところは今日女子がやっていたらしいシャトルランのみになった。シャトルランは時間がかかるので明日の体育の時間に予定されている。女子は今日男子がやった握力とか長座体前屈を明日やるそうだ。
シャトルランは俺もそんなに自信がない、だが慣れてはいる。何しろバスケ部はサッカー同様基本的に走りっぱなしだ。俺のいた中学のバスケ部は強いということはなく、一般的というかなんというか、という感じで人数も少なかったもんで、3年生になれば必然的にレギュラーだった。明日シャトルラン面倒だなと思いながら、クラスメイトに混じって更衣室に向かっていると、トントンと後ろから肩を叩かれた。振り向くと、話したことのない隣のクラスの陽キャ五人衆。
「…………?」
「結城って言ったっけ? 50m走とか反復横跳びとか見てたけど……お前すごく運動できるんだな!」
…………マジかー……。
「そう……かな……」
「そうだよ! 運動部やってた!? サッカーとか……」
「いやバレーに入ってくれ!」
「いやいやここは野球だろ!」
「待ってくれテニスという手も!」
「いや野球もサッカーもテニスもバレーも未経験だよ……ちょっとバスケやってただけで……」
「マジで!? バスケ経験者!? 俺バスケ部だよ! 入らない!?」
うわバスケ部もいたよ……部活全員バラバラなのによく一緒にいるな。迂闊なことは口にすべきではない……運動部経験者でないといえば元の素質だなんだと言われ余計面倒くさそうだと思って素直に教えたのに。
「わ、悪いけど俺にはっ……バイト……バイトがッ!」
「平日もダメ!?」
逃げ場がない……!!そして俺は何を思ったのか。
「まっ……漫研とかに入るので!!」
「……ほぅ」
後ろから聞こえてきたのは、少し低く、小さく、されど嬉しそうな声。壊れた機械のように振り向いたそこに居たのは、隣の席の陰キャ樋口くん。
「歓迎しますぞ」
……歓迎されちゃったな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます