5限目 やばいのは俺ではなく
「……なるほど、それでバイトをしたいと」
生徒指導の
「…………と、とりあえずわかった。会議にかけておく。ええと、組と名前はなんだっけ?」
「1年A組33番。結城陽向です」
「……じゃぁ。結果出たら担任の林先生経由で知らせるから……」
「ありがとうございます」
頭を下げて、メンヘラを引き連れて職員室から出ていく。最後まで注目の的になってしまった。
「……職員室の中までついてきちゃだめだよ……」
職員室を出てからそう言うと、伊藤さんと実川さんの気弱コンビは俯いた。
「ご、ごめんね陽向くん……」
「ごめんなさい……」
「別にいいじゃない」
「人について行って入っちゃダメなんて決まりはないわ」
そう言ってのけるのは良木さんと恩塚さんの気強コンビだ。決まりや規則がどうこうっていう話ではなくてマナーの話なんだけどな……。
そんなことを思いながら昇降口へと歩いていく。……今更だけど、バイトしたらそれはそれで常連客になりそうだな、この4人。
色々と面倒な会話がありながらもやがて解放され、俺は帰路についた……が、そのまま直帰する訳ではない。自分の住んでるアパートを過ぎて、近くのコンビニへ行く。この辺には学生が多く住んでいるため、学生向けのバイト求人の広告が無料で置いてあるのだ。
それを取るだけだとちょっと申し訳ないため、アイスを1個購入して俺は今度こそアパートへ帰った。母さんは出かけているのか、家には誰もいなかった。
「さて、と……」
自分の部屋に入ってカバンをベッドの脇に置き、窓を開けてアイスを食べながら求人広告を眺める。高校生向けの場所は、コンビニ、本屋、カフェ、ファミレス、雑貨店……やっぱり多いのはコンビニみたいだ。まぁ、そこから始めるのが普通だろう。接客なら俺は普通に出来ると思うが、できれば店とか言うより、黙々と作業するバイトがいい。それか、レストラン系の調理場担当が望ましい……が、高校生向けだとそういうのは少ない。ないこともないが、俺が住んでるところからは少し遠いのが現実だ。通いづらい。
「…………」
どこがいいのか分からない。姉ちゃんは確か、カフェのバイトをやっていた。姉ちゃんは可愛くて明るくて、仕事も丁寧だったらしく、2人でそのカフェに客として行った時は、同じ高校生のバイトの人が姉ちゃんのことを褒めちぎっていたし、店長もニコニコと迎えてくれた記憶がある。俺が褒められた訳ではないのに、何だか誇らしく思ったものだ。
「……あ」
そんなことを思っていたら、広告にそのカフェのバイトが載ってるのを見つけた。土日祝の11時から17時、最低三時間から。ホールと厨房どっちも。許可を貰ったらここに応募してみ──と思ったところでハッとする。俺と姉ちゃんは似ている。だが今の俺は黒髪眼鏡で大変もさい。カフェに応募して雇ってもらえるのか、これは。
「……ダメそうだな」
「何が?」
突然の声に驚いて窓の外を見ると、愛がそこで笑っていた。帰ってることに全然気づいてなかった。
「ただいま」
「あ……おかえり愛。ごめん、全然気づいてなかった」
「気にしないで。何見てるの?」
「バイトの求人。コンビニに置いてあるやつ」
「あー、あるよね。バイトするの?」
「うん。俺は別に頭良くないし、大学行くつもりはないけど……ほら、な?」
俺のその言葉だけで通じたのか、愛は苦笑いを浮かべて数回頷いた。さすが幼馴染み。
「そういうことなら応援するけど……無理はしちゃダメだよ」
「そりゃしないよ。無理して倒れたりしたら姉ちゃんに迷惑かかるし」
「あははっ! 陽依お姉ちゃん、死んでも迷惑なんて言わなそうだけどね!」
「まぁともあれ……どこにすべきか悩み中」
「なるほどねぇ。陽依お姉ちゃんカフェでバイトしてたよね? 同じとこ行ったら?」
「それも考えた。けどこの風貌じゃぁ……」
「眼鏡外せばいいじゃん」
「!!」
それだ。
「そっか! 眼鏡だけ外せばいいのか!」
「うん。それ伊達でしょ? そんで髪整えれば普通だよ。ちょっと眼鏡外してみ? そんでちょっと髪整えて」
そう言われて眼鏡を外す。やっぱり汚れてるみたいで、視界はかなりクリアになった。後で拭いておかないと。髪を適当に整えて、眼鏡を机に置いて愛の方を見ると、彼女は笑った。
「うん、大丈夫大丈夫。むしろちょっとイケメン。カフェとか普通にいそう」
イケメン具合はちょっとか……まぁあまりイケメンすぎても困るかもしれないけど、好きな子に言われると割とショックだな。
「なんにしろ、先生の許可貰わないとだけどな」
「おー頑張れ頑張れ。頑張れることないだろうけど」
ケラケラと愛が笑うものだから、こっちも笑ってしまう。俺たちの長話に飽きたらしいカップアイスは、かなり液体と化していた。
数日後の放課後、担任の林先生はにっこり笑って僕に告げた。
「……と、言うことなのでぇ、結城くんのバイト申請は無事通りましたぁ。頑張ってくださぁい!」
ほっと安堵する。家庭事情を汲んでもらえたみたいで良かった。
「ありがとうございます」
帰りに履歴書を買って証明写真を撮ろう。あと一応、カフェまでの道を覚えているか確かめたい。
実川さんは相変わらず早朝から待ってるし、良木さんはなにかにつけて着いてくるし、伊藤さんはカッターチラつかせて来るし、恩塚さんからはひっきりなしにSNSでメッセージが来る。それぞれの掛け合わせが起こっていて、もちろんそれぞれ愚痴というか、相談というかを言いにくる。だが、バイトを始めたと知れば休日のデートのお誘いは減るだろう。今はこれで妥協せねば。大丈夫、きっとそのうち離れるさ。多分。
「どこでバイトするの?」
席に戻るなり良木さんが聞いてきた。バイト面接に受かってないため、まだ決めてないと返す。嘘はついてない。行きたい場所は決めているけど、眼鏡を外して髪を整えた俺をあまり見ないで欲しい。……受かったとして、ホールより厨房を志望した方が良さそうだ。姉ちゃんに教わったから、料理もある程度できる。昼食がコンビニのパンなのは、弁当を作る気力まではないから作ってないだけだ。
俺はいつも通りメンヘラたちを引っ提げて昇降口へ向かった。最初は2度見3度見していたクラスメイトや他のクラスの面子ももう慣れたようで、あまり視線は感じない。ただ、名前は知らないけどなんかやばい新入生がいると上級生たちの間で噂らしい。やばいのは俺ではなくてメンヘラたちなんだけどな。
メンヘラたちと別れて、直帰すると見せかけて俺は近くのショッピングモールへ向かった。この田舎では重宝される場所だ。文房具も、服も、食材も、大体この場所で何もかも揃う。もちろん飲食店もゲーセンもあるし、なんなら整体や美容室もあるし、映画館も併設されている。
俺が向かうのは文房具売り場だ。履歴書を買う。ついでに履歴書に貼るための証明写真を撮りに行かねば。そして帰りにカフェによってミッションコンプリートだ。まぁ、この時間じゃもうカフェはやってないため、外から見るだけだけど。
やる気なさげな店員に金を払い、証明写真を撮る。出来上がった写真は……もさいな。眼鏡は外したけど、やっぱり証明写真というものはダサく見える運命にある。まぁ仕方ない。
外はまだ明るい。俺はカフェまでの道を歩き出した。
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