37
救助隊の船が第一階層のロビーの巨大な窓から見えたのは、それから数時間後のことだった。結城は立ち上がると、背を向けたまま二人へ言った。
「君たちは救助隊と共にすぐにここを脱出することだ」
そうしてこの場を立ち去ろうとする。
「どうする気ですか?」
雛森の問いに鼻で笑うと、振り向いた。その表情には、何か悪寒を走らせるような辛辣な鋭さが滲んでいた。
「もう僕は、地上に戻る気はない。ここでルナと運命を共にすることにするのだ」
「そんな!」
「どうして驚く? 地上に戻っても、ただ糾弾されるだけの身だ。それなら、ルナを一人にすることなく、僕もこの宇宙に散るのが相応しいだろう。ジェネシス社がどうなろうと、僕にはもう何の興味もないのだ」
「ふざけるなよ」
神崎が立ち上がって、結城に人差し指を突きつける。
「ふざけてなどいない。僕等には、死こそ相応しいんだ」
「死こそ相応しいだと!」
突然に結城へと飛び掛る神崎の体が彼を押し倒した。
「やめてください」
雛森の声は結城の床に叩きつけられる音に掻き消された。
「殴るなら思う存分やれよ」
上に圧し掛かられても、結城の冷淡な表情は一寸たりとも崩れることをしなかった。神崎はグッと歯を食いしばると、結城の襟首を掴んで状態を起こさせた。完全になすままとなった結城の目は虚ろに神崎へと向けられていた。
「お前は、どうして〝ルナ〟を守ろうとした? 彼女を愛していたからじゃないのか!」
耳元で炸裂する怒りの言葉に結城は目を細めていた。
「そうさ、だがそれがどうした。彼女が僕を振り向くことなどないのだ。あいつ――太田と名前が変わったか――、あいつのことを彼女は……。
だから、僕はせめて彼女の罪と共にこの世を去りたい」
襟首から手を離し、立ち上がる神崎。見下ろす顔が彼に告げた。
「立て。殴ってやるから、そこへ立て」
「神崎さん!」
「悪い」背中越しに一瞥する。「ちょっと黙っていてくれないか。こいつの腐った根性を叩き直すまでな」
力のない笑みを浮かべながら、結城は立ち上がった。
その途端、神崎の腰を入れた拳が左の頬にめり込んだ。グッというくぐもった呻きと共に床に身を放り出す。
「確かにお前は守ったさ! ルナを! 人を殺してまでもだ! 俺にはそんな覚悟なんか持ち合わせちゃいなかった! 死んだことすら認めることが出来なかったんだ」
倒れた結城を掴み起こす。
「お前は何のために〝ルナ〟を守った! 守ったのなら、守り通せ! まだ〝ルナ〟はここにいるだろうが。守って、二人で心中だあ? はじめから守る気などなかったのか?」
「心から守りたかったさ!」
神崎の腕を振り解くと、今度は飛び掛って殴りかかった。
しかし、寸前のところで神崎の手が結城の腕を掴む。
「なら最後まで守れよ! 逃げるな」
目前に迫る神崎の怒号が結城を崩れさせた。
「守だと……。どうやって守ってやればいいんだ。こんなところにまで来てしまった……。〝ルナ〟は生きているかすらも分からないんだ」
「生きてるだろ」
膝をついたまま見上げる結城に神崎は言う。
「〝ルナ〟が『太田』の死を嘆いて、それをなかったことにしようとした……。俺だって、そうだった。〝ルナ〟は紛れもなく『生きて』いるんだよ。その思いを無駄にするな」
床に両手をついて俯く結城は肩を震わせていた。
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