36
L‐1のエレヴェータで一同は第一階層へと向かっていった。
上昇する箱の中に満たされた沈黙の海は波風すら立たない。死んだような空気に三人は揃って口を閉ざしていた。
「コードネーム・アルファ……すべてが始まった場所、か」
第一階層へ降り立ち、関係者以外立ち入り禁止区域の前に辿り着くと、感慨深そうに神崎は呟いた。
バイオメトリクスを通過し、記述に見たままの通路が先に続いていた。
道なりに歩いていく。低い天井と、狭い通路が圧迫感を催す。まるで人体内のようだ、と神崎は思った。外見は機械然としているものの、そこから感じ取ることの出来る空気感のようなものがそう思わせた。
今や立場が逆転してしまったかのように結城が先陣を切っていた。雛森は、先ほどの推理劇に全エネルギーを使いきったように、今では憔悴の表情すら匂わせていた。
「さあ……着きましたよ」
そう告げる結城の言葉に神崎は皮肉な笑いを密かに浮かべていた。結城の口から発せられたのは、紛れもなく『錯綜の彼方へ』でも彼が口にした言葉だったのだ。結城自身も皮肉としてそう言ったのかもしれない。
記述に見たとおり、丸みを帯びた断面楕円状の円形の部屋の中心には柱がそそり立っていた。血液が流れるように柱の表面には青白い光が線をなして走っていた。柱から生え出たようにのた打ち回る太いチューブが生体的な様相を呈していた。
「擬態装甲だ」
結城がそう言った。
「なんだって?」
「この柱は見かけ上はこのような形状を取っているということだ」
結城はそうして、柱の方を向くと意味不明な言葉を発した。結城が異界の言葉を言い終えると、擬態が解放され始めた。まるではげかかった塗装が剥がれ落ちるように、深奥に何かが見え始める。
(人……?)
「今の言葉はなんだ?」
「暗号のようなものだ」
擬態が解放されると、神崎も雛森も揃って絶句してしまった。
円柱状の透明なリアクターのようなものが擬態の下には隠されていた。中には、下からの光に照らされてか、輝く液体が満たされているようだった。そして、何より目を奪うのがその中に浮かぶ全裸の女の体だった。女の体からは無数のチューブが伸びていて、リアクターの情報へ吸い込まれていた。
女は栗色の髪を海草のように揺らめかせていた。目は閉じられ、その肌は生気のない白さだった。しかし、美しい女だった。
「こ、これ……が、ルナ……」
驚きを通り越して、どこか神々しささえ見せる〝ルナ〟は、その肢体を余すことなく一同の前に曝け出していた。
「生きているの?」
雛森の目は〝ルナ〟に釘付けられていた。
「さあ……」
結城の無責任な発言に、思わず雛森は結城に詰め寄る。
「さあ、って! あなたたちのしたことじゃないの!」
「僕にだって、彼女にだって、生きているかどうかなんて分からない。彼女は、もう機械の一部として機能しているだけなのだから……」
「こんなこと……許されない……」
「だから」結城はリアクターに手を触れると恍惚の表情を〝ルナ〟に向けていた。「ジェネシス社の会長直属の開発チームがすべてを極秘裏にしたのだ。高性能AIの開発……。それも限りなく人間に近い形での。それは、これほどまでに発達した科学力をもってしても未だに到達できない神の領域なのだ。しかし、それを実現させれば、我が社は地球のあらゆる科学の先端をリードすることが出来る。その先駆けとして、『プロジェクト・ルナ』は進行したのだ。このプロジェクトの根幹は、機械の中枢に人間を用いるというもの……。これがその実現した姿なのだ」
「この人を殺したのね」
頬を痙攣させて結城を睨みつける。しかし、結城の反応は彼女の予想だにしないものだった。
「僕が、彼女をこんなにしたいと思ったと思うか?」
それ以上は結城は語らなかった。
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