35

 多良部の姿を探す必要はなかった。

 第六空気制御室には中空に浮かぶ少女のミイラがあったのだ。長い黒髪が四方八方へと手を伸ばしていた。

 結城の肩越しにその浮かぶ遺体を見た雛森は小さい悲鳴と共に顔を背けた。

 極低気圧の中で、体内の水分がフリーズドライのようにして失われたのだ。真空中では水分は沸騰した後に凍ってしまうのだ。

 神崎の目を釘付けにしたのは、遺体の様子でもそれが少女であるということでもなかった。ロングスカートのポケットから顔を覗かせていた何やら機械のコードだったのだ。

「ちょっといいか」

 結城の横を通り過ぎ、干からびた少女の服をまさぐる。果たして、彼が取り出したのは、サイバー・ダイブだった。

「そ、それは……!」

 雛森は驚きのあまり、二の句を次ぐことが出来なかった。神崎は、サイバー・ダイブに目を落としてしばらく思案していたが、その目を結城に向けると固い表情のまま言った。

「これは、お前がポケットに入れたものだな?」

「どうして?」

 答えようとしない結城に雛森が応じる。

「こいつの思惑では、自分からこの死体を見つけさせる気だったんだろうな。そうして、この端末を持っているからこの死体が犯人だといいたかったんだろうと思う。ところが、雛森の推理によって順番は一挙に逆転してしまった。

 例えば、結城は、L‐1は実は安全であり、そこに隠れている犯人がいると言いたかった。その推理を基にすれば、サイバー・ダイブを持つこの死体は片桐を殺した犯人ということになるだろう。もっとも、その推理は、犯人が死んでいるという時点で説得力がなくなるんだがな。犯人の死を説明できないんだ。結城は、罪を被せようとしてこの死体にサイバー・ダイブを掴ませた。違うか?」

 詰め寄る神崎に結城は思わず背を向けた。

 雛森は少し混乱していた。サイバー・ダイブの存在は、つまり、片桐がスパイであったことの重大な証明なのだ。それは雛森は信じたくないことだった。しかし、そう考えれば合点が行った。何故はなれた場所にいたはずの結城が真っ直ぐにL‐6へと向かったのか。居場所が分かったのだ。不正回線の接続がモニターに表示されたのだ。

 そして、ルナも片桐がスパイであるならL‐6を使うしかないという予言を『錯綜の彼方へ』に残していた。片桐はL‐6に向かう以外の手段を持たなかった。記述に触発されたとも、情報を入手を可能にする手段を厳選してそこに行き着いたとも言える。片桐は、L‐6にいることを運命付けられたのだ。

「ルナを守るためには、仕方のないことだった……!」

 振り返らずに言う結城の声は震えていた。二人の視線を背中に浴び、結城が口にすることが出来たのはそれだけだった。

「ルナを守るってのは……、やっぱりそこに秘められた秘密を、ということか?」

 片桐はルナの情報を欲していた。結城としては、そこに絶対に知られてはならない秘密があっただろう。神崎はそう考えていた。案の定、結城は頷いた。

「ルナは――」神崎は一瞬雛森を振り返った。「機械じゃない……人間なんだ。そうだろう?」

 雛森は結城を見ていた。鋭い眼差しが矢のような強靭さを持っていた。それは怒りや悲しみ、混乱といった様々な彼女の心が映し出されていた。

 結城は苦々しい顔をしていた。歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて雛森と神崎の二人を視界に収めていた。

 長い沈黙の末に、ついに結城は肩を落とした。長く深い溜息が、辛い覚悟を迫られている男の心労を物語っている。

「分かった」今までとは違う結城の口調と声。「すべてを話そう」

「あるんだろ。コードネーム・アルファが」

 雛森の前に出てそう訊く。神崎の目には強い意志が宿っていた。

「ああ。案内しよう」

 結城は天井を見上げるとルナに向かって静かに口を開いた。

「ルナ。もうすべてが終わったよ……。もう戻るんだ、この現実に」

 徐々に体が重力を感じ始める。窓の外の星々が回転する。

 胎動する音がLUNA全体からそれぞれの体を通して伝わっていく。

 照明が点されていく。

 ルナは現実へと帰還した。

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