33

 L‐1がその姿を見せた。全く傷を持っていない完全なものだった。

 隔壁が開ききっても一同はその場に立ち尽くしていた。無言だけが静かな驚きを演出している。

 L‐1も同じように恒常照明の青い光が仄かに照らし出していた。

「ここに……『多良部』がいるってのか……」

「よかった……」

 ホッと溜息をついて肩を落とす雛森。その拍子に体が宙に浮いたが、お構いなしだった。

「よくやったな」

「『錯綜の彼方へ』では、犯人だった私は自殺しちゃうんですよね。だから、それをルナに認識させればうまくいくかと思って……」

 神崎はなるほど、と腕を組んだが、一瞬後には首を捻っていた。

「しかし、ルナは声も、もしかすると映像も認識しているということなのか? そうすると、犯行のシーンをルナは目撃したということに……」

「それよりも」床に足をつけた雛森が振り向く。「多良部さんを探しましょう」

 雛森を先頭にL‐1に踏み込む。結城は渋々といった様子で最後尾につけた。

 L‐1は観測機器に着目した、宇宙の観測史の展示を行っていた。見学の順路の示されていたであろうインフォメーションボードは今は沈黙していた。

「しかし」神崎はあたりをキョロキョロとしながら言った。「ルナが『太田』を好きだった……とかよくそういった発想が出来たな」

「一番はじめに気になったのは名前だったんです。もしかして、『太田陽介』というのは偽名なんじゃないかって」

「偽名?」

 捜索の目を一度休めて振り向く。

「ええ。だって、妙な符合だなと思ったんです。ルナ(Luna)はラテン語で〝月〟という意味。そして、『太田陽介』という名前を見ると、苗字と名前のはじめの一字を取って、〝太陽〟となるじゃないですか。〝太陽〟と〝月〟。対をなす二つの存在。そして、心の中までに及ぶ記述。もっとも、後者は片桐さんのおかげで気付くことになったんですけどね」

 三人はかたまってL‐1を隅々まで探した。エレヴェータは下に止まっていた。使った者がいなかったのだろう。L‐1の閉鎖に伴う一連の緊急事態だったから、それは当然のことのように思われた。

 しかし――。

 肝心の多良部は見つからなかった。彼女は生きているはずだという雛森の推理が覆されようとしていた。なにしろ、女子トイレまでを隈なく探したのだ。

「どういうこと?」

「向こうが生きてりゃ、閉鎖が解けたときに助けを求めてくるはずなんだがな……」

 神崎の沈んだ声に雛森は、ハッとして結城を見た。

(そうだ……。何故今まで気がつかなかったんだろう。結城さんは犯行時にL‐1を使った。となれば、そのときに多良部と否応なく顔を合わせることになるではないか……!)

 雛森の視線に気付いた結城は涼しい顔で顔を背けた。

「僕は何も知りませんよ」

 雛森は床を蹴って急発進した。

「おい、どこに!」

「L‐6側の隔壁を開放します!」

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