29
事故の発生から二十時間が経過しようとしていた。
恒常照明の青い光がLUNAの中をぼんやりと照らしていた。主力の照明は未だに沈黙していた。
LUNAの外殻に以前は光を放っていた赤い点も、今では存在意志を放棄でもしてしまったかのように鳴りを潜めていた。ただ、陽光がその白く押し潰れたような円柱を輝かせていた。LUNAは否応にもスポットライトを浴びる格好となっていた。
L‐4のレストランでは、結城と神崎という二つの生命体が心臓を鼓動させていた。
「なあ、『錯綜の彼方へ』じゃ、『コードネーム・アルファ』とか何とかいって、曰くのある場所が出てきたが、あれも実際にあるんだろ? だったら、それを調べれば、今回の事故の原因は判明するんじゃないか?」
結城は神崎を見返すと厳粛な空気を纏って言った。
「不思議だったんです。そんなものはないのです。何故ルナはそんなものを作り出したのか……」
「二人の人間に、『コードネーム・アルファ』か。そこに何か鍵が隠されているんだろうな」
「案外、今回の事故をルナはごまかそうとしているんじゃないでしょうかね」
「ごまかそうと……? ずいぶん投げやりじゃないか」
「いや、そんなことは……」
神崎の詮索する視線を避けるように目をそらすと、結城は再び口を閉じた。
*
目を開けているのか、閉じているのか。
雛森には、自分のことながら区別することは出来なかった。彼女は、そんなことを心の隅で考えながら思考していた。
彼女の脳裏にはある映像が蘇っていた。彼女は見ていた。一人の少女があの事故の直前に駆け抜けていくのを。唐突に浮かび上がってきたそのシーンは、今になって意味を持ち始めていた。
(あの子は何か必死の形相だった。その姿も『錯綜の彼方へ』の描写に似ていたように思う。もしあれが、私の考える通りなのだとしたら……)
そこまで考えて、先が続かない。
雛森は溜息をついた。意識が拡散しているのが分かる。あまりにもいろいろなことが起こりすぎた。まるで、自分があの『錯綜の彼方へ』という記述の世界を経験してきたかのようだ。
雛森は、ふと思い出してポケットからウェブ・ランナーとP・ブックを取り出した。少し明かりがほしかった。P・ブックは光を発しない。ウェブ・ランナーを手にする。
世界システムへ繋ぐことはできないようだった。ウェブ・マークという、円を描く小さな丸が今は回転していない。LUNAは無線通信も網羅しているはずなのに……と雛森は首を傾げた。ルナが通信を妨害しているのだろうか。充電池は残量が少なかったが、シェイクすることで若干の充電をすることは可能だ。
ウェブ・ランナーが雛森の顔を照らしていた。彼女はP・ブックを手にすると、それに付属したEペンシルを取った。僅かの明かりを頼りにP・ブックに書き込みをする。
片桐の顔だった。
絵心はある。
うまくはない。
せめて記憶の中では生きていてほしいと、彼女の肖像を描いた。
そして、気付いた。
(そうか)
と口を開きかけたとき、映画館のドアが開放された。
結城を連れた神崎がそこにはいた。
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