8
L‐3にはエリアを貫く通路がある。その両脇に列をなして侍する、モニターを擁する機械が並んでいる。静けさの中で暗い画面を通路側に向けて陰鬱な雰囲気を呈していた。照明によって明るく照らされてはいるが、人影の見えないこの場所は寂寥感が空気に混じっていた。
「異様な光景ね」
人波の流れる頃の景色に見慣れていた目を器用に擦ると、片桐は辺りを見回してそう言った。
「ゴーストタウンみたいだな」
その言葉を受け流すと、結城は手近なコンソールに向かう座席へ腰掛けた。画面には何の変化も見られない。
「どうしたんだ?」
センサーが感知してモニターに映像が映し出されるはずだった。そのメカニズムは誰もが承知していた。しかし、座席につく結城にモニターは何の反応も見せないのだ。
「おかしい」
結城もさすがに動揺を隠せない。コンソールなどの手動操作系は存在しない。ただ機械のあちこちを目で調べるのみだ。
「他のもダメみたいです」
雛森がそう言いながら、三人の元に戻ってくる。その顔は不安で満たされていた。
「一体何が起きて――あっ!」
叫び声が薄暗がりの中で吸い込まれていく。
突然のことだった。LUNAの内部を照らす白色の照明が残らず光の放射をやめたのだ。一瞬の真っ暗闇。絶望が一同の胸中に忍び寄るより先に、仄かな光が照らした。LUNA内部に走る青い照明だった。
「恒常照明です」
青い光に漆黒は照らされて、ぼうっとした神秘的な明るさが闇に咲いた。光の色と量とが変わるだけで印象はがらりと変貌した。深海のような圧迫感を持った空気が支配する。仄かな光の中で照らし出されたルナ・コムの機械群は暗闇に潜むロボットの軍団のようだった。
「おいおい、ちょっと待てよ。なんでいきなり電気が消えた? まさかルナに見限られたんじゃないだろうな?」
ソワソワと動く神崎の影が焦燥感を煽る。雛森は身を固まらせて、その場に根を生やしていた。恐怖だった。
「馬鹿な。システムダウンしたのか」
「空気とかやばいんじゃないか?」
結城は立ち上がって天井を見渡す。何かが駆動する音が薄闇の奥に蠢いている。片桐は、ふと気付いて窓を見た。外の景色は先ほどまでと同じようにゆっくりと回転している。体に付加される重力もまだ感じられる。
「稼動するところは稼動しているみたい」
「なんだなんだ、どうしちまったんだよ!」
神崎のバタバタと歩き回る音が響く。その波が満たされた大気を掻き乱す。荒れる大気の渦が雛森の内部にまで侵入してきて、彼女はどうしようもない不安を抑えることができなかった。
「どうなるんですか? 私たち大丈夫なんですか?」
片桐の両手が雛森の肩に置かれる。鼻先に現れた片桐の顔に雛森は思わず息を飲んだ。二人は互いの息遣いを感じていた。
「しっかりしなさい。落ち着いて」
神崎のドタドタと歩み寄るのが聞こえる。彼は勢い余ったのか叫ぶようにして言った。
「俺にも頼む!」
「それだけ冗談が言えれば充分よ」
片桐の溜息に雛森はつい吹き出してしまう。
「芽衣ちゃんも平気ね?」
「あ、ごめんなさい」
片桐の手が雛森の頭を優しく叩く。彼女はそうして結城に顔を向ける。
結城は、さすがに衝撃が強かったのか座席について頭を抱えていた。彼にとって信じられないことの連発。それは彼の自身の根底の部分を得体の知れない力で揺さぶった。
「結城さん、どうすればいいのかしら? この事態は復旧できるの?」
結城はしばらく首を横に振っていた。それは片桐に対する否定の返事というわけではないようだった。彼女の声が聞こえない風で、困惑に混乱をきたしていたのだ。やがて、片桐が再び口を開くのを察したように立ち上がる。
「空気制御室前のコンソールを見てみましょう。さっきと同じように操作は受け付けないかもしれませんが」
すっかり意気消沈した体の彼がフラフラと歩みだすと、三人もその後を追う。L‐3とL‐4の間、第三空気制御室前に向かう。
コンソールは普段目にすることはできない。壁面と同じ色の蓋がついているのだ。それをスライドさせると二十×十センチのモニターが顔を現す。はじめは認証画面が映し出される。バイオメトリクスによるもので、指先を画面に押し付けるとAIによって判断が行われる。
「さっきはこの認証画面すら出ませんでしたが」結城は蓋をスライドさせると、中を覗き込んだ。「どうやらまだダメですね」
はじめから予想していたことだったのか、がっかりした様子はなかった。
「これはとうとうやばい状況になってきたっていうことか」
神崎は早くも諦めを見せている。声に張りが消えた。
「何故こんなことに」
青い光の仄かに照らす中、その呟きだけがすべてを物語っていた。
何事かを暗示するようにLUNAは、四人は回転し続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます