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 科学技術の発展に思いを馳せていた一同を沈黙が包んでいた。レストランの周囲一帯には青々とした観葉植物がふんだんに植えられているのだが、彼らは中央に膝を突き合わせる人間たちを遠巻きに観察しているようだった。じっとしていると、動きを持つのは窓の外の回転する宇宙だけだ。それはスライドしていく映像のようでもあった。

 事故から何時間も経った今でもLUNAの環境は変わることがなかった。快適な状況は、まわりに民間人が誰一人いないことを除けば心地のいいものだった。

「PSアーマー」前触れもなく、雛森が口を開いた。「この前のニュースで見たんです。光学迷彩が実用化されたって。それを使ったら、毒を持ち込むこともできるんじゃ……」

「プロジェクティブ・ステルスですね。でも、あれは……」

 芳しくない表情を浮かべる結城。彼としては可能性の低いことを説明しようとしたのだが、それよりも先に片桐の少し希望に満ちた顔が微笑を発していた。

「電磁波と熱を遮断すれば、ルナにも感知されないんじゃないかしら?」

「いえ」結城の強い声が彼女を打つ。「そうなると、ルナの〝目〟にはぽっかりと空白ができているように見えるはずです。何もないということが感知されてしまう」

「だがよ、あれだろ、妨害電磁波を放射すればルナを騙すこともできるだろう」

「妨害電磁波というのは、もうあまり実用的ではないんですよ。ご存知の通り、世界システムの整備された現在では電磁波防護は当たり前のことになっています。その技術も年々向上している。それを破るには膨大なエネルギーを必要とします。そこまでする目的とはなんでしょうか? さっきのようにテロなどが目的なら、ここより地上のほうが遥かにやりやすいでしょう。LUNAのように宇宙空間に囲まれた閉鎖施設でそういった行為をするのは危険が多いと思いませんかね?」

 片桐や神崎、ステルス説を提案した雛森の思惑は結城が木っ端微塵にしてしまう。意気消沈したように三人が押し黙ると、再び静けさが到来する。その間にも結城はじっとして考え事をしていた。

 彼としては、考えられない事態の発生。LUNAの安全性は完全に保証されていたはずだった。それが破れたというのだろうか。考えられなかった。彼は一人ゆっくりと首を振る。それとも、神崎の言うように、そして人工海馬が魔の五パーセントを引き当ててしまったように、LUNAも何かしらの扉を開いてしまったというのか。

 結城が思考に身をやつしていると、今度は片桐が言った。

「地上でここを管理する所があるのなら、そこから何か今回のことの原因となるものが放射されたことも考えられるわね」

 片桐はそうして指折り数えていく。傷ひとつない、白く輝く指が一つ一つ折り曲げられていく。ウィルス、膨大なエネルギーを持った電磁波、あるいはデータの改竄……。

「LUNAは」結城の極めて落ち着いた声が片桐に向けられる。「ここだけで管理運営されています。もちろん、データの転送先は存在しますが、ルナAIがLUNAを完全に支配しています。ルナが脳や精神とするならば、LUNAはその器というべきものなのです。LUNAはそれひとつで一個の生命体といってもいいのです」

 LUNAは完全に独立して活動している……。片桐は怪訝な表情を浮かべていたが、それを口に出すことはしなかった。ただじっと結城を見ている。雛森の呟きが、片桐の沈黙を埋める。

「ルナは寂しいとか、思うんでしょうか?」

 不意を突かれたような三人は呆然として彼女を見つめた。

「だって」取り繕うような苦笑。「ルナがひとつの生命なら、こんな誰もいない場所で、寂しくないんでしょうか?」

 結城は笑っていた。

「よく、そういった疑問を口にされる人に会いますよ。人間としては、当然な疑問でしょうが、ルナは機械です。もちろん、そのベースとなったのは一人の女性なのですが、そういった人間感情的なものは発生しないようになっています」

 神崎は納得の行かないように口元を歪めている。首を捻って何かを思い出したようだ。

「隣にルナ・コムってのがあるだろ? あれって、ルナと直結してるって聞いたんだがよ、あの感情表現はとてもシミュレーションとは思えなかったけどな」

「あれはベースとなった女性の感情表現をトレースしているんです。どういった場合にどういった感情表現をするのがベストか。それを自立的に判断できるシステムは今のところまだ開発されていません」

「形だけの感情表現ってことか?」

「まあ、そういうことになりますかね」

 雛森は残念そうに項垂れる。

「あまり聞きたくなかったです……」

「でも」今度は片桐が釈然としない様子だった。彼女は眼鏡に触れると先を続けた。「そのトレース行動がAIに影響を与えるということもあるんじゃないかしら。AIが自らのトレース行動から学習するという意味でね」

「それは、僕にはちょっと分かりませんね。そこには焦点の当たった例がありませんでしたからね」

「そう……」

「それよりも、考えたことがあります。現在のLUNAに何が起こっているかわからない状況では原因の究明のしようがありません。ルナ・コムはルナに直結しているというのは本当のことです。あれは、LUNAの運営とコミュニケーションを並列的に処理しているのです。まあ、とにかく、そこでルナ・コムで直接ルナとコンタクトを取ってみようと思うんです」

「なるほどね。確かに、第一階層へ行けないんじゃ、私たちにはどうしようもない。ここはルナ自身に賭けてみるのも手かもしれないわね」

 結城と神崎が立ち上がるのは同時だった。神崎の太い声が行く先を告げる。

「そうと決まれば、早速行ってみようぜ。L‐3に」

 先立つ二人を追う女性たち。前を行く神崎が楽しげに足を運んでいた。

「貸切みたいだな」

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