27
一同は列をなしてエレヴェータチューブを進んでいた。するするとオレンジ色の光の点が後方に過ぎ去っていく。多良部は、この光景に目をあちこちに走らせていた。
やがて第1階層に立つと、太田と結城を先頭に5人は通路を突き進んだ。通路脇に直角に入る細い廊下があり、その突き当たりにドアが待ち構えていた。表面には赤白の縞模様のプレートが貼り付けられており、ただ一言「KEEP OUT」と掲げられていた。ドア脇にはお約束であるかのようにバイオメトリクス認証装置が控えていた。掌と網膜の二重防壁だ。さらに、ICタグによるチェックが自動で行われる。普段はさらにここへ2人の警備員が配置されている。彼らは今では一部民間が使用を許可されている非殺傷武器を装備しており、強固な防御を築いていた。
結城は前に進み出て普段からそうするように、パネルに右掌を置き、続いて網膜センサーに顔を近づけた。
「実は」結城はここで解説を加えた。「これらの認証装置のほかにも様々なチェック機能が隠されているのです。AIを利用した思考も使われていて、今のような状況の場合、僕だけでなくあなた方も通行ができるようになります」
スライドドアは三重で構成されており、無重力化で精製される特殊な合金が使用されている。光は断絶され、電波は完全にシャットダウンされている。今、そのドアは静かに道をあけた。
「行きましょう」
ドアの前で立ち止まっていた結城に多良部が声をかける。
ドアの向こうは、白を基調としたこちら側とは違い、暗い鉄のような色合いを呈していた。地面には青い線状の光が走っている。天井と壁の交わるところには白い光を放つLEDがともっており、これが主光源であった。高さは幾分削られている。まさに客の立ち入ることを想定しないつくりとなっていた。
結城は、途中の部屋は全て無視し、迷うことなく道を進む続けた。
「どこにも異状はないですね」
太田は前を行く結城に話しかけた。どこにも破壊されたような後、断線を伴うような被害は目に入らなかった。
「このエリアは中核エリアともインナー・スペースとも呼ばれています。このLUNAにとっては根源的な場所ですから、特別頑丈に作られています」
「インナー・スペースか」神崎が顎を撫でながら感心したように辺りを見回している。「うまいネーミングだな。……あれか、くしゃみで飛び出たりするわけか」
「さあ……着きましたよ」
神崎の言葉に誰も反応を見せず、白けた空気が漂い始めた頃、結城が広い空間を前にして立ち止まった。
「ここが」結城はゆっくりと一同に振り返る。その空間はひときわ光に満たされていたのだが、それが結城を包み込むようにしていた。「ルナです」
そこは半径5メートルほどの円形の部屋だった。まず何より目を奪うのが部屋の中心に聳え立つ柱だった。それは床面から屹立し、天井に飲み込まれていた。太さでいえば、ここにいる5人が手を繋ぐほどの大きさのものだ。表面は複雑な溝が走り、あちこちに出っ張りや窪みが見えている。溝には時折青白い光が駆け抜けていく。コンソールも何もない。ただ柱が存在するだけだった。
部屋自体も特殊な格好で、壁面はカーブを描いていた。部屋を断面視すれば楕円形ということになる。部屋の内部はまるで人体内とでもいうかのように血管のようなものが生物的に這っていた。
「これが……ルナ……」
誰からともなくそんな感想が零れ落ちた。モニター越しのルナとは全く異なる、まるで臓器。太田は、得体の知れない寒気のようなものを感じていた。結城は感動の波に取り残されたように平然と柱の周囲を歩き、仔細に見ていった。一度も表情を崩すことなく、4人の前に戻ってくると、
「どこにも被害はありませんね。ルナのシステムにダメージがあるとは到底思えません。ルナの全てのコントロールはここで行われるのですが、ここになんのダメージもないということは異状はないということですよ」
「でも、他に被害があると危険な場所というのはないんですか?」
「ひとつだけあります。制御管理室です。ルナのコントロールの流れを監視するところです。一応ルナの核、つまりここですが、ここに働きかけることができます。ちなみに、ここはコードネーム・アルファという呼び名があります」
「はじまり……」
「事象計算を持ったルナはいわば神です」
結城は柱のほうへ体を向けて、陶酔するような目をしていった。
「無限の可能性の世界のどれかひとつを選択するルナは文字通り神なんです。結果としては受身的に選択しているように見えますが、そうじゃない。ルナは世界のあり方を選ぶ。つまり、次に世界がどのような振る舞いをするかを決めるのです」
神崎は冷ややかに評価する。
「そんなわけないだろ。ルナが世界に影響を及ぼすといったって、せいぜいがこのLUNAでの出来事だ」
「いいえ。ルナはLUNAの外に広がっているんです。現に『ラー』システムは宇宙空間を対象としており、これには事象計算システムは必要不可欠なのです。今はまだ技術的に観測の領域が狭いのですが、この先それが発達していったとき、宇宙全域が彼女の手の内に入ってしまうのです。そうしてそのとき、宇宙を超えた世界、つまり5次元の箱を見つめることが可能となるのです。片桐さんのいっていた〝∃(存在)〟は、ルナが4次元の幕を把握したときに手の届くところとなるのです」
「おいおい、壮大な話だな」
神崎は苦笑いで、彼の言葉を遮った。結城も、吐き出すものを吐き出して案外すっきりとしたのかもしれない、気を取り直して一同を引き連れて制御管理室へと向かった。
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