18
厨房で結城は手頃な棒を手に入れていた。棒には所々にペンで線が入っており、何かを計るためと思われた。結城は壁に立てかけてあったそれを右手に掴むと、満足そうに2、3度振って見せた。そして、左掌に棒をぱしぱしと当てながら厨房を見回した。ここは前に太田が入ってから少しの変化も見られなかった。彼のときと同じようにパーシャルが身じろぎするようなぶうんという音を発した。結城はそちらに目を向けると歩み寄っていった。パーシャルの中を覗く。中には食材が詰め込まれていた。
今後の食料の目処をつけたのか、結城は再び満足そうに1人頷いた。
パーシャルは閉じられると暖まってしまった体内を煩わしそうに冷やした。ぶうんという音が文句のようだ。
厨房からレストランへ出るのとは別のドアがあった。ロッカールームだ。ロッカーの幾つかは乱雑に開け放たれ、中の服がだらしなく腕を伸ばしているものもあった。バッグも何個かが床に投げ出され、主の帰りを待っていた。結城はそれらに目を通しながら向かい側のドアノブに手をかけた。ドアの外は通路のどん詰まりになっていた。ドアを振り返ると関係者以外立ち入り禁止の表示が睨みを利かせていた。
通路は左に伸びていた。途中にトイレへの入り口が2つの口を開け放していた。通路はエリアを突っ切るメインの通路と直角に合流していた。右手はL‐5へ、左手にはレストランへの入り口がある。その先はL‐3だ。結城は左に向かった。レストランの入り口を通り際に彼が中をちらっと覗いてみると、雛森と神崎の2人がなにやら話しているのが見えた。
結城はそのまま歩き出し、L‐3へ。ルナ・コムのコンソールの1台の前に立ち止まると、しばらく逡巡したようにしていたが、やがてポケットに手を入れるとコードのついた端末機を取り出した。彼はそれをモニターに向けて差し出すように腕を伸ばした。
「見えているかい? あいつは君を蹂躙しようとした。許せる話じゃない。これは天罰なんだ、きっと」
彼の表情は今までとは違っていた。まるで陶酔するように目を細めていた。その熱い視線はモニターに注がれ続けた。
「君は眠っているんだね」
結城は残念そうに俯くと端末機をポケットの中に押し入れた。そして、またモニターに顔を向ける。ずいぶん長い間そうしていたが、自らの腰に立てかけていた棒を持ち直すと名残惜しそうにその場を後にした。
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