17

 顔を背けているので雛森は気付かなかったが、結城が去ってから神崎の目はじっと彼女に注がれていた。

「芽衣ちゃんよぉ」

「なんですか」

 硬質な声が返ってくる。その頑なな拒否感に諦めたような溜息をつきながらも、熱い視線を送った。

「いい突っ込み持ってるじゃねえかよ」

「はあ?」

「いいパルになれそうだ」

「何いってんですか?」

「顔もいい」

 雛森は目も合わせずに応じた。

「私口説かれてるんですか?」

「笑ったほうがいいぜ。天使みたいだ」

 ここで雛森は吹き出してしまった。彼女ははじめて神崎を振り向いた。その顔は笑いを堪えていた。

「人はみんな天使ですよ」

「何いってんだ。人間はみんな悪魔だろう。実際、性悪説なんだよ」

「違いますよ。肩甲骨に力を入れるとぽっこりと突き出すのは、それが昔天使の翼だったからなんですよ。人間は昔天使だったんです」

「ああ……。……よかったな」

 完全に自分への興味を失ったのを察知したのか、雛森は畳みかけた。

「こんな状況でよく口説こうとか思いますね」

「よくあるじゃねえか、こういった危機的状況で男女が結ばれるようなやつがよ」

「よっぽどのことがなきゃ、くっつきませんよ。意味不明にくっつく映画とかあるけど、ああいうのの脚本って絶対男が書いてると思う」

 神崎は、そうだなと気のない返事を寄越す。しかし、気を取り直したのか居住まいを正すと再び口を開いた。

「でも、顔がいいってのは本当だぜ」

 雛森は喜ぶどころか、慇懃にお辞儀をして見せた。

「どうも。自分が不細工だったら、生きる楽しみの半分くらいは失ってると思います」

「……うわ、いうね。出身は都会か?」

「東京ですけど、それが何か?」

「昔」

「さっきからそればっかりですね」

「聞け。昔な、あるラジオのパーソナリティがいった。『都会の女は自分がかわいいと自覚してる。だから男を選り好むんだ。田舎の女はその自覚がない。だからどうしようもない男とくっつくんだ。たまに、どう見てもダメな男が豪い綺麗な奥さんを貰っているときがある』ってな。長い時を経て、俺は今その実例を目の当たりにした。実に悲しいってもんだ」

「片桐さんの様子、見てきたらどうです?」

「ふざけるな。俺は死体は見れないんだ」

 雛森の眉がひそめられる。

「ひどいですね。さっきまで普通に話してたのに。人として最低です」

 彼女はそれきり後ろを向いてしまった。神崎は参ったというように頭を掻くと立ち上がった。

「俺だって悲しいさ」

 彼の放った一言は雛森の耳には届かなかったようだった。

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