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「入れ」
鉄格子を指し示す看守のように神崎の冷たい声が耳に届く。実際には彼の示したのは映画館の固いクッションのような扉だった。開け放たれ、館内の照明が漏れ出ている。映画館といっても50人ほどのキャパシティを持つ小ぢんまりとしたものだった。ただ、座席のスペースはそれぞれが広くゆったりと楽しむことが出来る。そのために、収容数の割りに大きな映画館だった。
「幽閉というには豪華なもんだがな」
幽閉自体に疑問を覚える太田には彼の言葉が辛辣な皮肉のように思えた。後ろには雛森と結城、多良部が見守っていた。立つ瀬はなく、またどうすることもなく、そして言葉なく太田の体は扉の中へと吸い込まれていく。
扉の閉められる寸前、太田はその隙間から4人の表情を垣間見た。そして、彼は息を飲んだのだ。どことなく温度を感じさせない視線の中に、多良部の慈愛に満ちたような顔があったのだ。たったその一瞬に彼は、彼女が自らの潔白を信じているのだと直感した。
音もなく眼前で扉が閉まる。鍵はかからないようになっているので、開けようと思えばいつでも開けることはできるが、今の太田には疎外感が多分に残った。彼らの声が、もう聞こえない。
ずいぶん長い時間太田は扉の前に立ち尽くしていたが、溜息と共に近くの座席に腰を下ろした。その目はずっと出入り口に注がれていた。そこに変化があれば見落としたくなかったし、もしかすると片桐が笑顔で入ってくるかもしれない。
太田はよく想像した。たとえばシャツを脱ぎ着するときのように自分の視界が塞がれると、世界は変わってしまうのではないかと考えた。着替えをする間、世界の時間が速く進んでしまっているのではないか。はたまた、自分の存在が皆に忘れ去られてしまっていないか。
もちろんそんなことはなかった。
ただ今は、彼はそのことを思い出し、ずっと扉を見つめていた。
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