忘却

 忘れ去ること。

 「忘却の彼方」というと、すっかり忘れ去って一切覚えていないことを表す。


「あ……」


 大学へ向かう途中、夢乃が何かを思い出したように声を出して足を停める。


「ん?どうかした?」


「忘れたかも。」


「忘れた?何を?」


 尊の言葉を受け流した夢乃は周囲を見渡してから尊の顔を見上げる。


「講義のテキスト忘れたなら見せてやるぞ。」


 夢乃が首を横に振る。


「講義と関係無いものか?スマホ?」


 夢乃は鞄からスマホを取り出して尊に見せる。


「違うのか。財布?」


 それもまた鞄から出して来て尊に見せる夢乃。

 いつぞやの夢乃の誕生日に尊がプレゼントした財布だ。


「一体何を忘れたんだ?」


 そう言う尊の手を夢乃が掴む。


「え?な、何?どうした?」


 夢乃は掴んだ尊の手を脇腹に回し、体を密着させてくる。


「ちょっ!?」


「背中に手を回して。」


「ふぇ!?い、いや、こ、ここで?」


「いいから。」


 尊は周りに人が居ないのを確認して夢乃の背中に手を回す。

 夢乃の肌の柔らかい感触がシャツを通して伝わってくる。


「な、何やって……ん?」


 そこで尊は違和感に気付く。

 夢乃の背中に回した手に柔らかい感触以外のものが無い。


「ブラ忘れてるわ。」




(「どういう事!?」)

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