第10話
さっきブレイデル先生の言ったことはもう少し頭から離れない。けれど、今はそんなことを考えていても仕方がない。
そんなことを思いながら僕は廊下を全力で走る。
遅刻だ。早くしなければ!
時間の許す限りなんて思っていたけれど、無意識に続けていたらギリギリになってしまっていた。
ブレイデル先生はというと木陰で気持ちよさそうに寝転がったままだった。
そんなことに怒っていても仕方ないので、足早に部屋へと戻って次の準備を整える。
そして今度はジルマーナ先生による魔術の授業を受けるためまずはいつもの一室へと赴き、席について彼女の到着を待つ。
しかし焦っていたせいか意外と時間より少し早く着きすぎてしまった。
カチッ カチッ カチッ カチッ
時計の針は音と時間を刻む。
このまま待ちぼうけているだけでは時間がもったいないので、僕はおもむろにノートを取り出して前回習った内容の復習を始める。
「えっと、この前は魔石について習ったんだっけ。」
この世界にはその内に魔力を閉じ込めた石がある。
それは例えば火山地帯のような場所などで発見されることが多い。その場所に巡る魔力が純度の高い〝エメル〟という鉱物に流れ込むことで魔法的な力を宿した魔石というものが出来上がる。
「それから、」
魔石は基本的にはどんな人でも魔力が使ええるようになるという代物ではあるけど、それは使う人によって発現する力の大きさや効果は異なる。それは使用者の魔術適性やセンスみたいなものに左右されるというのが一般的な結論。
それに関して言うと、僕は魔石というものの扱いに関しては、残念ながらあまりセンスがないのだということを思い返す。
魔石の力を使う時とその石が光り輝く。そしてその光と共に、内に宿る力が放出されることで魔力が発現し魔法が使えるようになる。
ジルマーナ先生が実演で見せてくれたときは、石がギラギラと光ってその光で少し目を細めてしまうくらいの眩しさだった。そしてそこから発せられた炎の魔法は先生自身の力も相まって凄まじいものだった。
けれど、その後の僕はというと石の光は掌の上でキラキラする程度。それに伴って炎の魔法も使うことができたけれどジルマーナ先生のものには及ばない。
先生は初めてにしては上手くできた方だと言ってくれたけれど、僕はその記憶から目を背けるように大きく首を左右に振る。
我ながらあれは情けない……。
そしてもう一つのことを思い出す。
前回ジルマーナ先生から魔石の授業を受けた時に、ブレイデル先生は魔石の扱いがとても上手だということで本人に実演してもらった。
当人はあの感じなので乗り気ではなかった。けれど気だるそうにするにも拘らず、ブレイデル先生が使う魔石から放たれる力は初めて見る僕でも直感的にすごいと感じるものだった。
それについてはジルマーナ先生も、
『あそこまでエメルの力を使える人はなかなかいないと思うわ。少なくとも私以上ね!』
と素直に感心しているほどだった。
僕もそのことには同意する。しかし、
その後ブレイデル先生が僕の方を見てキメてきた「どやー」と言わんばかりの得意顔まで思い出されてしまい、それを頭から払いのけるようにもう一度首を振る。
けれどそんな僕にもまだ縋れるものはある。
「魔法自体は先生も結構褒めてくれるんだけどなー。」
そう。魔石はあくまで魔法という力を使うための手段であって方法ではない。
『魔法というのはそこにある魔力を操るための力とか方法!』
といつかジルマーナ先生が言っていた。
「初級魔法は今のところ全部使えるからな!」
わざと言葉にして小さな自信を保持する。
気を取り直してノートを捲る。
「次は、」
しかしその取り扱いには注意が必要で、使っていると突然思った以上の力が出てしまい、それによる事故もあるという。
「んー、僕には縁のないことかも。」
そう言い、一度自嘲して天を仰ぐ。
対策として、そうならないようにするためには魔石を持ち運んだり身に着けたりする場合は、遮光性の高い袋に入れて取り扱うのがいいということだ。
「えーっと、基本的には黒のものが好ましいっと。」
そんなところで前回分の授業の復習を終える。
静かなその部屋では一人でそれ以上やることもなく、僕は座っている椅子に寄りかかり外を見る。
窓から見える雲を眺める。じっと眺めているとそれはずっとそこには留まってはおらず少しずつ、少しずつ流れていく。そして一つの塊だったものが離れたり、逆に流れてきたものとくっついたりして常に形を変えている。
その様子を見ているとだんだん僕の瞼は重くなる。
「ふぁ~ぁ、」
大きなあくびが零れた。眠気を払うように僕は両手を頭の上で組んで伸ばし、大きく深呼吸をした。
「すふーぅ、はぁー」
――――――――――。
そしてまた何もない時間が過ぎる。
「それにしてもジルマーナ先生遅いな?」
そう思い、さすがに探しに行こうかと席を立って部屋の出口に向かう。
タッタッタッタッタッタッタッタッ
「はぁはぁはぁはぁ」
短く鳴る小刻みな足音とそれに伴った荒い呼吸が少し遠くから聞こえる。
僕はそれらの音を聞いて扉の前から一歩下がる。
バタンッッ!!!
「はぁー、はぁー、はぁ、」
そして勢いよく扉が開けられる。
そこには胸の前で数冊の本を抱えながらもう片方の手を膝につき、疲れたように肩で大きく息をする女性が立っていた。
僕の視線はどうしてか、突如として僕の前に現れたその女性の中心に吸い込まれる。彼女の呼吸と共に上下するその渓谷に深淵がのぞく。
そこに引き込まれないように僕は努めて顔を上げて少し上を見上げる。しかし、一度のぞいた深淵は僕の意識を掴んで話そうとはしない。
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている』
どこで聞いたんだろうか。そんな言葉が唐突に思い出されるが、なぜか今ならその言葉の意味を少しだけ理解できる気がする。いやそんなこと今はどうでもいい。
「間に合った、」
疑問なのか事実確認なのか僕への問いかけなのか。そんなことを言いながらその女性はいまだに先ほどからの体勢を維持したまま、上目遣いに僕を見上げる。
それに対して僕は何とか見下げないようにして、
「まぁ。」
とだけ答える。
いや、間に合ってはいないけれど。
そう言うと僕は太ももをグーで叩いて精神を整え、席に戻った。
今見たことは墓場まで持っていこう。
女性は呼吸を整えながら教壇の前に立つと、僕に一礼して大げさに喉を鳴らす。
「んっんんっ、」
彼女の名前はジルマーナ・リスタ。
この城で魔法に関連した様々な研究を日夜行っており、その傍らで僕に魔法についての授業をしてくれている。少々抜けているところも見られるけれど、れっきとした魔法使いである。詳しい実績については色々あるらしいが僕自身はあまり知らない。
しかし、毎度の授業に内容はしっかりしていて、探求心に溢れていることがとてもよく伝わってくる。
ジルマーナ先生の授業が始まる。
「それでは今日の授業を始めていきたいと思うます!」
噛んだ。
しかし、ぼくもわざわざそんなことを指摘したりはしない。そう自分を律して紳士的に挨拶を返す。
「はい。よろしくお願いします。」
「……。」
「先生?」
「はぁ~、疲れた。どうなることかと思った。ホップ君とりあえず遅れてごめんなさい。」
そう言いながらジルマーナ先生は緊張の糸が切れたように教壇に突っ伏す。
どうやらここに来る前に何か不測の事態が起きたようで、ジルマーナ先生はすでにお疲れの様子だった。
「大丈夫ですよ、先生。また何かの実験に失敗したんですか?」
状況を推察して、一応労うように声を掛ける。
「ちがうの。実験自体は上手くいっていたの。なんだけど、
「なんだけど、?」
「最後に調合しようとして置いていたフラスコに腕が当たって、」
ここまで言われれば、まぁ後は想像に容易い。
「それが床に落ちて割れてしまって掃除をしていたら遅れてしまったんですね。」
「正解!!」
「いやそれほどでも。」
これにて事件解決!したところでどうしようもない、事件はすでに起きてしまっていたのだから。
「最後にあれを混ぜれば問題なく終わっていたのに」
「まぁまぁ。先生よくそういうミスするじゃないですか」
「あー、ホップ君今私のことばかにしたね」
「そんなことないですよ。僕、ジルマーナ先生のことは尊けぃ、あっ」
言いかけて咄嗟に口に手を当てる。
すると、僕の視界に映るジルマーナ先生からは禍々しいオーラが湧き上がっているように見えた。
そして一瞬で僕を凍らせそうなとても冷たい微笑みを浮かべながら、目の前にいる魔女は僕の名前を呼ぶ。
「ホップ君。」
「はいっ!」
「今のは、私の聞き間違いかな?」
「ごめんなさい間違いました僕はマナ先生のことを尊敬しています」
「はい、よろしい。」
そう言うと先生は何事もなかったかのように表情を戻した。
つまりどういうことかというと、彼女は自分自身の『ジルマーナ』という名前が好きではないらしい。具体的にどういうところが嫌かというと響きが可愛くなくて、センスも古いからということだそうだ。
「何でもっと可愛い名前にならなかったかなー。」
なので、周囲の人には自身のことをニックネームで呼ぶことを半ば強要している。そして、今みたいに間違おうものなら即座に無言の圧力で訂正を促される。
「聞いた感じの印象がすっごいおばあちゃんなのよねー」
この前もこの事情をあまり知らなかったのであろう近衛兵の人が彼女と話している時に、無意識に彼女を怒らせているところを目撃した。
しかし僕としても罪悪感が拭えない。
「でも先生、やっぱりその、年上の女性をニックネームで呼ぶことには少し抵抗があるというか、」
言いかけて僕は再度、魔女の放つオーラが一段と激しくなっていることに気づく。
「女性に年齢の話をするというのは、どうなのかな?」
目が本気だ。
「すみません今のは自身の年齢との単純な比較です先生はまだ十分お若いと思いますが以後気を付けて発言します」
「もう、ホップ君たら、たまに変なこと言うんだから。」
何とかその魔女はいつものジ、…マナ先生に戻った。
本当に気を付けなければ。命がいくつあっても足りない。加えて先生の前で年齢に関する発言をしてはいけない。というかこれは一般常識だといつかラミアにも言われた気がする。
「それじゃあ先生。改めて授業をお願いします。」
そう言って僕は呼吸と姿勢を整えてから正面を向いて椅子に座り直す。
「あ、そうね。ごめんごめん。」
そんなこんなで死地を超えた後、ようやく授業が始まる。
「えーと。前は確か、魔石の管理方法についてまで教えたわよね。」
「はい。基本的には黒い袋に入れて保管するように、ってところまでですね。」
「それじゃあ今日は魔石の加工について教えていくわね。」
先生は自身の持ってきた書物を開き、今から説明していくのだろう内容を黒板につらつらと書き出していく。
「はい。とりあえずはこんなところかな。」
そう言うと先生は手を止めて、くるりっと回って壁に向けていた身体を僕の方に向けた。
魔石はその名の通り「石」なので、その他の鉱物のように加工することができる。しかし、これが他と違って特殊なのはその加工の技術である。
「普通鉱物を加工する技術っていうと、与えられた原石から必要な形のものをきれいに削り出していくこととかが求められると思うのだけど、この魔石は違うの。」
先生はそう言い、壇上に置いていた数個の魔石を掌に乗せて僕へと差し出す。
僕はそれを受け取り、それらを適当に見比べる。
「どう?何か分かる?」
「……ほとんど全部同じじゃないですか?」
そう、そこにある石はすべて同じでおおよそ正四面体の形をしていることと、この中に籠められた魔力に伴う色の違いくらいしか違いはない。
けれど、回答とも言えない僕の答えを聞いた先生は何故か笑みを浮かべる。
「う~ん、まぁ正解かな!」
「正解なんですか?」
僕は予想外の答えに表情が崩れて首を傾げる。
先生はそんな僕の様子を気にも留めずに、机に置かれた魔石のひとつを持って指の上で器用に転がし始める。
「意外と今ホップ君が言ったことが正解なのよ。」
そう言われるが、結局のところなのが正解なのか全く分からない。
「同じ形をしていることが?」
「そう。」
言って先生は壇上へと戻り、指示棒のように使っている杖を持って先ほど黒板に書いた正四面体の図を指し示す。
そこから説明された内容はこうだ。
多くの鉱物はその使用用途や方法に伴って多種多様に用いられる。
そのため加工方法も色々ある。大きな原石から必要な形を削り出したり、高温で溶かして流動的にしてそれを型に流し込んだりするなどが基本になる。
しかし、魔石はその中に魔力を含んでいるので加工していくには特別な技術や、専用に仕立てられた道具などが必要らしい。
そのようにして出来上がったのがあの正四面体だ。
「ホップ君さっき、これを見てほとんど全部同じって言ったよね」
僕はそれに無言で頷く。
「正解って言ったのは本当にそういうことで、魔石はこの形を目指して原石のエメルを加工するの。つまり一級品になればなるほどこのきれいな立体が出来上がるということね」
その説明を聞いて、とりあえずの納得をする。
「このきれいな正四面体が一番魔石の力を引き出しやすいみたいなのよね」
そう言いながら先生自身が不思議そうな表情をその石に向ける。となると僕も気になって思い付いたような質問を投げかける。
「はい先生」
「はいホップ君!」
「その形が理想的な理由はなんですか。」
先生は唐突なその質問を受けると、口元に指を当ててて天井を見ながらしばし考える。そこから首を傾げて下を向き、腕を組んでさらに考えている。
その様子を僕が訝しく見ていると、先生の表情は何かを思いついたようなものにパッ!っと
切り替わる。
そして自信を含んだ声色で一言こういう。
「キレイだから!」
僕は満を持して発せられたその言葉に呆気にとられる。
先生の方もその空気を少なからず感じ取ったようで、一度口元に手を当ててわざとらしく咳き込んでから再び僕の方を見る。
そして頬っぺたを少し膨らませながら口をツンと突き出す。
「ふんっ」
不覚にも自分よりもそこそこ年齢が上の女性に対して「かわいい」なんていう思いを抱いてしまい、思わず机の上へと顔を背ける。
しかし実際容姿はかなりいい方だと思う。
続けて、先生は両方の掌を上にして再び話し始める。
「私も詳しいことは知らないのよ。子どものころからそう言われてきたし、実際自分で使ってみてもこの形のものが一番扱いやすいのよね。」
そう言いながら先生はまたその石を持ち、目線を映して不思議そうに指の上で転がす。
「この形ってことは他にも違う形に加工された魔石があるってことですか?」
そう問いかけるが、先生はこれに対して首を横に振る。
「この正四面体にたどり着くまでには色々あったみたいよ。今はもうこれが主流になっているけれどね。直方体だったり立方体だったり、指輪やネックレスに付けられている宝石のようなものも見たことがあるわ。その方が加工するのには比較的簡単だそうよ。実際今もそういう形のものは売られている。」
「粗悪品ってことですか?」
僕の質問に先生は少し悩んでから答える。
「そうは言わないわ。そいうものが全く使えないわけではないからね。装飾品の一部にされていることも多いわ。単純に光るとキレイだからね。ただ、どういうわけか、魔力を引き出すことに関してはこっちの形の方が良いってだけのこと。」
「そういうもんですか」
「そういうもんなのですよ。それに、さっきも言ったように今ここにあるのは一級品のものなのよね。」
「その形だからですか?」
「私も加工に関することははっきり言って専門外のことだけれど、単純にこの形を形成するのって難しいみたいよ。」
なるほど。それなら今までの話のほとんどがわかってくる。
「だから魔石を含めた鉱物の加工技術が他よりも発展している『ボルメニック』で作られたものは結構高値で取引されているわよね。」
「父様から聞いたことがあります。火山や砂漠地帯が多く分布している比較的高温な気候が特徴の国ですよね。」
「そうそう、えーとその辺のことも話そうと思って持ってきたのよ。」
先生は適当に相槌を打ちながら、持って来ていた資料を漁る。
「何の話をするんですか」
「えーとね、……あった!」
そう言って先生はその中にあった世界地図を取り出して黒板に張り付けた。そして魔法に関する授業は一旦中止して地理の勉強が始まった。
この世界には大きく分けて四つの国がある。
一つ目は先ほど名前が出た、地図の上方に位置する国、
《炎国・ボルメニック》
その名が冠するごとく、とても暑い国だと聞いたことがある。実際、今いるこの場所とボルメニクとの国境付近では明らかに気温に差がある。
ボルメニックはその中央に『バニルグ山』というこの世界最大の火山を構える。その周囲には山岳地帯が広がっており、ボルメニックの人々はその火山地帯から様々な種類の鉱石を取得し、用いることで共栄し今日まで発展してきている。
先ほどジルマーナ先生が言っていたようにこの国の鉱物の加工技術は素晴らしいもので、この国で作られたそれらは国内だけに留まらず、世界中で用いられている。
ボルメニックの産業の一番を占めるものであり、この国の経済事情の中心でもある。
「ここには私も何度か行ったことがあるわ。とにかく暑くて動いているだけで息が詰まりそうになるわ。それと魔術師としての感覚的な感想になるけれど、ここは魔力が無造作にあちこち漂っているって感じね。」
「ということはそこでは魔法が簡単に使えるようになるってことですか?」
「それは少し違うわね。何ていうんだろう、」
先生は少し考えてから言葉を続ける。
「この国っておっきな火山があるじゃない。これ自体は自然に形成されていった偶然のものなんだけれど、そのわかりやすい力の源があることでそれを中心にその一帯にある魔力を私たちがより感じやすくなっているの。それと魔力を感じやすいて言ってもそれは私たち魔術師とかのレベルでよ。普通の人がそれを感じることはほとんどないわ。」
聞いて僕も理解する。たしかにそれだとボルメニックの人たちは生まれた時からみんな簡単にお手軽に魔術師になれる。
「それに魔法って言うのは理屈的に語れば、そこにある魔力を扱うことによって生じさせるものだから、いくらそこに魔力が沢山あっても扱う方法を知らなければ使えないわ。」
頷きながらなるほど、と今の言葉を頭の中で反芻しそれをノートに書き写す。
「でも、この国だからこそエメルを含めた多くの鉱石の加工技術はここまで発展したともいえるわね。」
「どういうことですか?」
「この国ってとても暑いの」
「はい。」
「だから必然的に身に着ける衣類も薄くなるし、肌の露出も多くなるの」
急に言われたその言葉に若干赤面するが、先生は話を続ける。
「そうなるとそこに住む人たちはどうなると思う?」
そう言われて記憶の中にあるボルメニックの人々をイメージする。
「身体をきれいに見せたいと思うとかですか?」
「そう!」
意外にも正解した。
「体を鍛えている人たちが多いの。そうなると後の話は簡単で、鉱物の加工には筋力や体力が必要だからそれを兼ね備えている彼らはたくさんの試行錯誤を重ねてこの形にたどり着いたってわけなのよ。」
「なるほど、地理の勉強がまさかこんな風に魔石のことと結びつくなんて!すごいですジ、」
短時間で同じミスをするほど僕もバカではない。
「マナ先生!」
「うん。それじゃ次ね」
二つ目は地図の右側に位置する冷気に覆われた国、
《氷国・クリスティナ》
こちらは『ボクメニック』とは対照的で、一言で言えば極寒の国だ。
地理的には標高の低い山々が国中に巡っていて、移動する場合はその山脈を超えての移動になるので、物資の搬送などではかなり苦労していたらしい。しかし、この地形も悪いことばかりではないらしい。
クリスティナの人々はその国の地形上、そこに佇む山々を超えて移動するしかなかった。しかし、その道中にはたくさんの鉱物が眠っている。そして、当然その中にはその場所に巡る魔力を宿した『エメル』もあちこちに点在している。
エメルはこの世界においていつの時代も価値を与えられるものであるため、きれいに採掘すればまとまった金銭が手に入る。そのため、この国の人たちはその生活の中で鉱物をきれいに採掘する技術を磨いていき、主にそれを他国との貿易で活用することによって経済の発展をしてきた。
加えて昔からその中心部は観光地として栄えており、雪原に描かれる広大なアートや降り積もった雪、そして氷の結晶による芸術的な立体物の数々を構えて行われる幻想的なまでの催しが行われることがある。まだ小さかったころ一度だけ訪れたことがあるけれど、それは今でも記憶に残るほど幻想的でキレイなものだった。
また、近年になって天空教会によって開発された『気球』を他国よりもいち早く用いることで、障害となっていた山脈を超えての物資の輸送がかなり楽にできるようになったという。そのため、それまでは経済的に貧しい地域もあったというが、今ではそれもかなり緩和されているらしい。
「ここは僕も小さいころに一度だけ訪れたことがあります。丁度、雪幻祭が執り行われている時でとてもきれいなお祭りだったのを覚えています。」
「有名なお祭りよね。私も一度行ってみたいものだわ。」
「鉱石の採掘技術がとても高いって書いてありますけど、それってどのくらい重要なことなんですか?」
「さぁね、これも詳しくは分からない。私は魔術師として魔石の中の魔力についての扱いは人並み以上にはできるけれど、さっきも言ったように加工や採掘技術のことについてはこうして取りまとめられた資料を読んで知識として知っているだけだから。」
そう言ってジルマーナ先生はそんなことには大して興味がないといったような口ぶりで淡々と話す。
この人本当に魔法そのものにしか興味ないようだ。でもそれについては他に引けを取らないほどに超一流だっていつかセバス爺が言っていた。つまり、実験の最後にフラスコを落とすといったミスさえしなくなれば完璧なのだろう。
そんなどうでもいいことを思いながらここまでに説明されたことを振り返る。
「先生、質問です。」
「お!今日はいつになく積極的だね。」
「とりあえず今までのところで炎国では鉱物の加工、氷国では鉱物の採掘が盛んに行われているということは分かりました。それで基本的にエメルにはその土地や自然環境に伴った魔力が宿るんですよね。ということは例えば炎国では炎的な魔力のあるエメルしか手に入らないってことですか?」
「大体はそれであっているわ。だからその国の人たちが各々所持しているエメルのほとんどは自国のものよ。近年は物流が発展してきていることもあって、他国で採れたエメルを持っている人たちも多いけれどね。」
「なるほど。ありがとうございます。それじゃぁ、」
「じゃあ、最後は我らがこの国について説明していくわね。」
次の話を促そうとした瞬間、ジルマーナ先生がとても不自然な音量でそれを遮り、なぜか次に紹介されるべきその国が省かれる。
「ちょっと待って先生。」
「何よホップ君」
「この流れだと順番的に次は蕾(らい)国じゃないですか?」
先生の雰囲気は察しつつも、さすがに言葉を挟む。
「あーそうね。」
そう言いながら、一応ということで説明が入る。
「ホップ君も細かいこと気にするなー。」
そう言いながら先生は渋々話し始める。
前から薄々思っていたけれど、なぜか彼女は自身の故郷に対してあまりいい印象がないらしい。
そして話は3つ目の国へと移った。
地図では向かって左側に位置している国、
《蕾国・フィオニスター》
教科書に書いてある情報としては、国全体が木々に覆われた森林地帯のようになっていて、人々はその身近な自然と隣り合わせで生活を営んでいる。
そしてこの国には知性が高く、魔力の扱いに長けた人が多い。そのため《炎国・ボルメニック》や《氷国・クリスティナ》とは違い、その国の人たち自身が魔法を用いることによって発展を収めてきた。
他国に比べて少々孤立的な部分があるけれど近年は物流の発展に伴い、魔道具の製作に力を入れているようでそれが細々とではあるが貿易の要になっているそうだ。
「魔道具ってどんなものなんですか。」
資料としては乗っているけれど、今まで実物を見たことはない。
「基本的にはエメルを動力源にして動かす道具のことを言うわね。魔法適性の低い人でもエメルから発せられる魔力を用いれば少しくらい魔法を使えるでしょ。けれどエメルの魔力を実践的に使うっていうのはさらに難易度が高いから、それを道具の方で補助してるのよね。」
「つまり、魔石とその道具の相互補助の関係で成り立つものなんですね」
「と言っても取り扱いはかなり難しいの。エメルの魔力を発現させるための方法が明確に分かっていないから結局それが動力になっているエメル自体を上手く扱えないと魔道具自体も宝の持ち腐れになるってわけ。」
「そうか。結構その辺り難しいんですね。」
「作ってる人たちの自己満足がほとんどだから、それ。」
「そうなんですか?」
「そうよ。だって私もだけどその国の人たちほとんどみんな自分で魔法使えるんだもの。だからその国ではほとんど使われないわ。一応他国との貿易のために作ってはいるけれど、根本的に魔力操作ができなければ意味ないのよね。」
先生はどうやらここで沸々と湧き上がる感情が溢れてきてしまったようで、ようやく饒舌に語りだしてくれた。
この国には先の二つの国のように山岳地帯となっている場所はほとんど見られない。そのため魔石はというと地面に埋まっていたり、森の中に生い茂っている木々の一部から採取されたりすることがほとんどだという。
しかし、魔法を使うことができるこの国の人にはあまり需要がないのでわざわざ採取されることは少なく、それにより取り扱われることも少ない。
「陰気な人が多いのよ。世界には私たちの知らないたくさんの未知があるって言うのに。エメルだってその一つ、まだまだ分からないことが多いわ。それなのに自分たちには必要ないとか言って。」
「意外ですね。魔術師が多いって聞くと先生みたいに、探求心のある性格の人が多そうなイメージですけど」
「探求心はあるのよ。自分の世界に閉じこもることは得意。まるで自分たちの国を再現しているみたい。自分たちの生まれたところだけで生涯を終えることをよしとしているような人たちばっかりで本当に嫌になるわ。」
「先生は違うんですか」
「わ・た・し・は!そんな人たちとは違うわ。だからこうして国を出てきたの。それに凝り固まった、常識なんて言う檻の中で生活するのは懲り懲り。自分の人生くらい自分で決めて進みたいって、ホップ君もそう思うでしょ。」
今のは少々失言だった。
「そうですね。僕自身は今までこの国でしか暮らしたことないからわからないけど、」
「もう少し大人に、いえ。大きくなれば分かるようになる時が来るわ。」
先生は嘆息に混ぜてそう言う。
そして話は次へと移る。
最後は今僕たちが暮らしているこの国、
《閃国・アルカディア》
広げられている地図のほぼ中央に位置するように陣取って存在しているこの国はいつも温暖な気候であり自然も豊かで穏やかな国だ。
特色としては世界の中央に位置しているということもあって、四つの中では一番人々の往来が盛んな国である。そのため商人の人たちにとっては商いがしやすく、国中には多種多様な店があるので日々盛んに商売がなされている。
また、世界中から人々が集まる場所なのでその国々での最先端の技術や情報が集まってきやすいため日々新しい文化が生まれ開拓されていく。
加えて集まった人々の思想や価値観が共有されるため、この世界における発展の中心地になっているといっても過言ではない。
「どんな場所でも住めば都なんていう人いるけれど、私的にはここは本当にいい国だと思うわ。新しい色々なものがいつでも手に入るし、色んな人がいる。街も人も明るくて穏やかだし素敵なところよね。」
「そうなんですね。僕はあまり外の国や地域に行ったことないですけど、この国に来た人はいいところだってみんな言うみたいですよ。」
「恵まれていると思うわ。国も人も。ちょっとずるいくらいに。」
そう言ってジルマーナ先生はどこか遠くを見ながら嘆息する。
「時間は常に先へと進んでいるんだもの。昔の伝統だとかしきたりだとかに縛られたままじゃどうしようもないのにね。」
それはたぶん僕に向けられたものではない。彼女のその言葉はどこか、その内に重い感情を含んでいるようで何かを軽く卑下しているだけには感じられなかった。
「それでも過去から積み重なってきたものにきっと意味はありますよ。」
「え?」
「僕なんかが偉そうなこと言えないけど、そこにある時間や人や、その想いはずっと昔から紡がれてきたものだから。」
僕は半ば無意識に言葉を続け、ジルマーナ先生はそれに静かに耳を傾ける。
「だから、どこが一番なんてことはないんだと思います。先生を縛っていたその場所も今の先生の中の時間の一部なんだと思うし。」
「………。」
言い終えたが、先生は僕を見つめて無言のまま片肘を付いている。
そこから何か適当なことを話そうとするけど、恥ずかしさも相まって上手く言葉が出ず、唇だけが細かく振動する。
「ホップ君ってさ。」
「ハいッ!」
唐突に呼ばれた自分の名前に裏返った声で反射的に返事をする。
「たまによく分かんないけど、たぶんいいこと言うよね。」
「え、そうですか。」
「はははははっっっはははっ」
僕がそう言った途端先生はその内に溜め込んでいたものが溢れるようにようにして大声で笑いだす。
「先生、笑いすぎですよ。」
かっこつけたわけではないけれど、恥ずかしさのあまり口を噤んで俯く。
「ふふふっ、ごめんごめん。」
「あー変なこと言わなきゃよかった。」
「そんなことないよ。ありがとう。ちょっとすっきりした。」
しかしジルマーナ先生は一息つきながら僕に笑顔を向ける。
「何か脱線したけど、今日はとりあえずこれで終わりにしましょう。」
そう言ってジルマーナ先生は書物やら資料やらを片付ける。
「今日の授業は終わり!」
お互いにその場で礼をして、本日の地理に関する授業はこれにてお開きとなった。
ジルマーナ先生の授業を終えた僕は今朝のラミアたちとの約束を思い出しながら足早に自分の部屋へと戻った。ふと、窓の外を見る。そこから見えた空はジルマーナ先生の授業の前に見えたそれと比べて少し暗んでいるようだった。
それを見た僕はどこからか押し寄せてくる謎の不安感に駆られながらも、それを振り払うようにしてすぐさまみんなが待つはずの庭園へと急いだ。
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