第8話
ゴォーン ゴォーン ゴォーン
規則的な鐘の音が頭の中を刺激する。それと同時に窓から差し込む陽光を感じて目を覚ます。僕はベッドから立ち上がり、窓の前で大きく背伸びをした。
「ん~、はぁ~。」
僕はふと頭の中で昨日の出来事を回想する。
とても濃い一日だったなと思う。
部屋に戻ってからは少しの間本を読んでいたけれど、すぐに眠気が来たのでそのままベッドに横になった。
でもだからか、いつになく熟睡できて目覚めもよく体が軽い。
光の差し込む窓を開け放って上を見ると降り続いていた雨は止み、そこにはキレイな青色が広がっていた。
今度は目線を下げてそこから見える庭園を見る。
雨粒の光に囲まれたその中に彼女の姿が見える。
僕は手を振り、大きな声でその名前を呼ぶ。
「ラミア、おはようー」
「ホップおはよう。」
僕の声に気づき、彼女もほほ笑みながら手を振る。
手入れされた庭園とそこに咲く草花がその表情の価値をより一層に引き立てている。
僕は自然とそのキレイな視界に魅せられる。
するとまた明るい声が僕の名前を呼んだ。
「そうだホップ!せっかく早起きしたのだからお庭に出てきて」
彼女はいつになく無邪気な笑顔で僕を呼び、両手で手招きをする。
「そこに何かあるの?」
「とってもキレイなお花が一凛咲いているの。早く来て!」
「わかった!すぐに行くから待ってて!」
僕はすぐに服を着替えてから部屋を出て、ラミアのいる庭園に吸い込まれるようにしてその軽い身体を走らせた。
城の東側の扉を開けると、そこには僕が少し見上げるくらいの高さで庭園を囲うように剪定された生垣が見える。
「えっと、確かあっちの方だったよね」
出口から少し右側にある生垣の間にあるアーチを潜ると、そこにはさっき窓から見た庭園が視界一杯に広がっていた。
「キレイだな」
その中に足を踏み入れると足元にはいろいろな種類のたくさんの草花が植えられていて花壇の中でお行儀よく立ち並んでいる。
久々に庭園へと足を運んできたのでせっかくのことと思い、その中をゆっくりと歩きながら眺める。
「(あ、この花はこの前読んだ本に出てきたやつだっけ)」
「(こっちは本の表紙になってたやつだ)」
本で得た知識がこうして具体的に感じられると嬉しい気持ちになる。
「(これは食卓に置かれている花瓶に挿されているやつだ)」
上から見たときにはよくわからなかったけど、こうして触れられるくらいに近い距離で見ると同じ花でも一つ一つ大きさや色合い、模様などに細かい違いがあって楽しい。
視覚的に愛でたところで、今度はしゃがみ込んで顔を近づけてみる。
「(ここで一番香っているのはこれか)」
「(これは石鹸の匂いに似てる)」
「(こっちはたまに浴室の近くで嗅いだ気がする)」
「(こっちのやつは)ゴホッゴホッ!。……、(まぁこういう独特な匂いのやつだってあるよね?)」
すると次にはその花の造形が気になりだして、ほとんど無意識に花弁や茎の太さなど細かいところをじっくり観察していた。
「茎がこんなに細いのによく支えられるな」
「これは花弁の枚数がすごく多い。」
「へぇ~、変わった形をしてるんだな」
僕はいつの間にかその感想を無意識に声にするほど見入っていた。
「この赤色の花はシエルによく似合いそう」
特別花が好きなわけではなかったけどそれらの近くで見て、触れて、感じることで自分でも意外なほど多くの感情や感想を抱いているということに驚き、子供のころの自分を思い返しながら微かな成長を感じた。
いつになく柄にもないことを思いながら、僕は目的の場所に向けてその小さくも色鮮やかに出来上がった世界を歩いて行った。
それから足を進めると、ほどなくして彼女の姿が見えた。
片手で持てるくらいの如雨露を手に持って草花へ丁寧に水をかけている。
僕がその場に立ち止まったままそのキレイな様子を眺めていると、それに気づいたラミアが手を止めて僕の名前を呼んだ。
「ホップ。いらっしゃい」
ふいに向けられたにこりとしたその笑みにどきっとして、口元を右手で覆いながら目線を逸らした。
「ホップ?」
でも直後すぐに正面を向き直す。
「あぁ、ラミアおはよう」
「うん。おはようホップ」
「いい天気になって、よかったね。」
「そうね。昨日の夜はすごい雨だったものね。あの後は酷くならずに済んだみたいでよかったわ。」
「うん、そうだね。」
「って言っても私、昨日は食事の後お風呂に入って、その後はすぐに部屋に戻って寝てしまったの。だからいつ頃雨が止んだのか知らないのよ。」
「そうなんだ。」
「ホップは?」
「え、?」
「だから、ホップはあの後からどうしていたの?」
「僕もラミアと同じだよ。会談の後僕の部屋で話してからは夕食を食べて、お風呂入ってすぐに寝たから」
テンポよく会話が流れていくにつれて話し始めた時の変な緊張もだんだんとほぐれていくのだけれど、
「そうよね。昨日はいくら何でも疲れたわ」
それを言う彼女の表情は、なんだか少し暗い。
「……。」
「そうだよね。慣れないこともしたから。それにシエルのせいで朝から大変な目にもあったんだ。あんなことはさすがにもう懲り懲りだよ」
笑いながらそう言い終わると同時に一瞬の悪寒が身体をよぎる。
「……そう、大変な目に、ね?」
少しばかり大げさにその場の空気を明るくしようと意気込んだのはいいものの、それは意図せず災いを引き起こしてしまった。
「いや、物の例えだよ」
だが手遅れであった。
「その話、く・わ・し・く聞かせて」
「……はい、」
今の僕ではどうすることもできない。
ラミアによる「お話」、という体のいいお説教を受けるために僕たちは庭園の中にあるすぐそばのガゼボに移動する。
「あなたたちってば、」
「ごめんなさい……。」
「何事もなかったからよかったけど、無断で、それも一人でお城の外に出てはダメっていつも言われているでしょ!」
「でも、しかたないよ。シエルが飛び出して行っちゃったんだから」
目線は無意識に遠くの緑を見る。
「しかたなくありません!お城にいる使用人の方々に声を掛けるなりして探しに行ってもらえばよかったでしょ。」
「だって、言ったら怒られるでしょ。ラミアに、」
と、ささやかな抵抗を見せる。
「そ・れ・で・も!昨日は天空教会の方々をお招きしていて、街はいつもよりもたくさんの人であふれていたのだから大勢で探したほうが良かったでしょうに。」
「でも結局シエルはフロートのところに行ってたんだから意味ないよ?」
「……。」
あ、間違えた。
「そういう問題じゃないの!大体ホップもシエルもいい加減自分たちの立場ってものを考えて行動してちょうだい!それに、」
「……まぁでもさ、今回はちゃんと無事に戻れたということで、ね?起きたことは仕方なかったけど時間には僕たち二人とも帰ってこられたんだから今回は許してよ。」
どうだ?
「それは、まぁそうだけど」
「(よかった。何とか終わらせられた。)」
このお説っ、話がこれ以上続かないように僕は空かさず話題を替える。
「そぉーいえばさ、ラミア。さっき窓から覗いてた時にキレイな花があるから見せたいって言ってなかったっけ?」
そう言うと彼女は胸の前で手を合わせ、表情は一瞬で明るくなる。
「あ!そうだわ。ごめんなさい。こっちよ」
そして僕は彼女に連れられて、その場所へと向かった。
向かった先には生垣があり、その幹や枝に蔓を巻き付けるようにして育った花が沢山咲いていた。
「へぇ。土に植えられてるだけじゃなくて、こんな風に木に巻き付くみたいに咲く花もあるんだね。」
「そう。これは蔓が周りにある高いものに沿って成長していくお花なの。その蕾は伸びていく蔓の途中の所々にできてだんだんと膨らんでいくのよ。」
「一つの茎から何凛も花が咲くってこと?」
「そうなの!それにここ、よく見て」
言うとラミアは優しく枝葉をかき分けて、その奥にある蔓を持って僕に見せる。
「この辺りに咲いている白色、赤色、黄色、青色のお花があるでしょ。これらは全部、今私が持っているこの蔓から咲いているのよ。」
僕はその話の内容について単純に関心を煽られる。
「すごいね。同じものから育ってるのにその先にできるものは全然違う色なんて、」
「不思議よね。」
「一つの種から育ったものがそこにある他の力を借りながら全体をキレイに彩ってるっていうのかな?素敵だね。」
「僕は好きだよ」
その言葉が無意識に素直な気持ちで溢れる。
しかし、それを数秒してから急に俯瞰してしまい顔が火照る。
「そうね、素敵よね。」
その横でラミアもそう呟く。
僕は落ち着くために、大きく一回深呼吸をした。
当たり前だけど、特に何事もなく会話が続く。
「少し前に本でこのお花のことを呼んだのだけれど、これって他の草花よりも周りの環境や状態にすごく敏感に左右されるそうよ。」
「そうなんだ。例えばどんなこと?」
楽しそうに話す彼女に僕も嬉しくなる。
「細かいことはいろいろあるのでしょうけれど、毎日の光の当たり方やその日の空気の温かさ、風の吹き方や天候なんかもちろんそうよね。」
「それに、」
ラミアは改めて目線を前に移し、目の前にある白いその花をそっと掬い上げるように両手に収める。
「こうしてお手入れの時に触れることもこの子たちにとってはその先の自分たちの姿を変える重要な分岐点になるみたい。」
僕はそのアンニュイな彼女の表情に魅せられる。
そのまま彼女は言葉をつなげる。
「でも、ううん。だからかな、責任みたいなものが大きい。」
残念ながら今の僕にはそこに含まれるすべてを感じることはできない。
けれど、それでもたった一つだけわかることがあった。
「でも、楽しいんだよね!」
それだけは自信を持って言葉にできた。
「えぇ、ホップの言う通り。楽しいわ。」
そして正解の褒美が与えられるかのように満面の笑みが返ってきた。
「花壇に植えたお花が想像通りキレイに咲いてくれるのももちろん嬉しいし、それを見ると毎日お手入れを頑張ってよかったと思う。でも、ここに咲いているこのお花は私にとっては少し特別なものだわ。」
そう彼女は少し誇らしげに語る。
「水やりはもちろんするけれど、蔓が奥の方に巻き付いていかないように手助けしなくちゃいけないし、蕾がこの中に埋もれて、顔を見せないままで咲いてしまわないように手前に寄せたりするの。そうやって蕾が一つずつ膨らんでいくと、『早く咲かないかな』『今度はどんな色の花が咲くんだろう』ってドキドキする。」
ラミアは嬉しそうに話を続ける。
「だから、それが開いて咲くときはいつも新鮮な気持ちで迎えるの」
そう言って不意に向けられたラミアの無邪気な笑顔が眩しい。
そして、その表情を見て思い出す。
「そうだ。それで見せたい花っていうのはどれなの?」
「あっ!そうだったわ」
ラミアは我に返り、慌てるように両手を唇の前で合わせる。
「ごめんね、私ったらつい……。」
恥ずかしそうに左右をキョロキョロしながらも不意な上目遣いの視線と目が合う。
そんな彼女の様子に、なんだか僕も恥ずかしくなってしまう。
「(いつまでたっても僕は……。)」
嬉しいような、呆れたような、?
僕は今の僕ではまだ整理の付けられないこの複雑怪奇な感情を俯瞰しながら独り苦笑交じりのため息をつく。
「ホップ?どうかしたの。」
「ううん、何でもない!」
ごく自然に笑顔を返せた。
やっぱりラミアはすごい。
「そう。それじゃあ行きましょ!」
そして僕たちは再び歩き出した。
「いろいろ寄り道してしまったけれど」
歩き出したというのは少々大げさだったかもしれない。ラミアの言っていたその花はすぐそばにあったから。
「これよ。」
立ち止まったラミアが目線を上に移す。
倣って僕もその場所を見る。
そのキレイな花はちょっとだけ高い、けれど他に咲いているものと離れているわけでもないところでそっと咲いていた。
「ここにあったんだ。」
それは今の僕たちよりも少しだけ高い位置にある。
「気づかなかったよ。」
けれど、手を伸ばせば届く場所。触れることはできる。
「さっきまではずっとこの辺りに咲いてるものばかり見てたから」
「そうなの。私も最初は気づいていなかったわ。」
ラミアは少し残念そうに言う。
「ここのお花はね、如雨露ではなく、あそこにあるホースを使って離れた場所から水やりするの。だからその時はどうしても一凛を注意深く見ることがないわ。でも逆に近づくと視界には入らないのよね」
確かに、と思い頷く。
それに、
「それに、あまり目立たないよね」
数秒の沈黙が生まれた。
僕は何かまずいことを言ってしまったかと思い、少し困惑して彼女の方を向いた。
「ふふっ。」
急にラミアが笑い出す。
「ホップって正直ね。」
そう言ってラミアはなんだか嬉しそうに僕を見る。
「な、なんだよ。」
本当に何なんだと思う。
「ちょっと来て!」
手招きされ、僕たちはその花から少し離れる。
5、6歩くらい下がったところでラミアは踵を返して向き直る。
「んー、大体この辺りだったかな?」
たぶん彼女があれを最初に見つけた時の場所のことだろう。
横から少しだけ深い呼吸が聞こえた。
「同じだったの。」
「え?」
「私も同じ。最初にあれを見つけた時に同じことを思ったの。」
彼女は少しほほ笑みながらそう言う。
それから僕にこう問う。
「ホップはあの花が何色に見える?」
唐突なその質問に一瞬戸惑いつつも、その花に視線を移す。
「………。」
けれど、答えられない。
考えながら僕は自然と腕を組み、前のめりになりながらその一点を凝視する。
そうして数秒悩むが的確な答えが見つからない。
「ん~、?」
その様子をラミアは横でじっと見ていた。
「はい、時間切れ。」
「えぇー、難しいよ」
そう、とても難しい問いだった。
そこに咲いている他の花はみんな細かい明度や彩度の違いはあるけれど、それぞれにはっきりとした色がある。
しかしその花は何と言うか色がない。
さっき近くで見たけど透明ではない、しかしながら白色と言うには不自然な気がする。
「もう一度近くで見てみよぅ。」
僕は焦点を合わせたままその場所に戻る。
そして改めて考える。
「………、」
ラミアはまだ穏やかに僕を見つめている。
「強いて言うなら、」
一瞬頭をよぎった答えが褪せてしまわないように意識して何度も反芻する。
「うん。」
「……虹色、かな?」
促されながら、何となく思いついた程度のその答えを言葉にした。
「どうかな?」
あまり自信がなかったので、僕はそう付け足して窺うように彼女を見る。
だけど彼女は笑っていた。
「正解。」
僕はほっとして胸をなでおろす。
「よかったー。」
「ふふっ。」
そんな僕が大げさに見えたのか、彼女はまた笑う。
「そんなに緊張していたの?」
そう言われると自分でも確かにと思う。
「だよね。何でだろう。」
「でも嬉しいな。ホップも同じで!」
「ってことはラミアもそう思ったんだ。」
「そう。虹色」
ラミアの正解を踏まえて僕は改めてその花を見る。
そう、それは簡単に言えば見る角度によって何色にも見える。
どういう理由かはわからないけれど、その花弁はじっと見ている間にも刻一刻と少しずつそこに映す色を変えていく。
しかしそこに明確な色はなくその色はその花自体の色というよりも、周囲のものから与えられた色がその花弁を介して僕たちの目に映っているといった感じだ。
「何か不思議だね。」
僕はさっきこの花に「目立たない」と言ったことを思い出す。
「何が?」
不意に出た僕の言葉に彼女が応える。
そして僕も答える。
「最初にこの花を見た時、目立たない花だなって言ったよね。」
「そうね。」
「だけど視点を変えると印象も変わった。それでさ、いざ何色かって聞かれて考えると最初に感じた、目立たないっていう印象とは正反対の虹色って言葉が出てきた。」
そこから続けたい想いや気持ちがまだはある。
「なんだけど、……。」
残念ながら今はその先が見つけられなかった。
「何ていうのかな、こう……、」
「分かるわよ。ホップのその気持ち。」
ラミアはそう言ってその先にある僕の言葉を代弁する。
「私たちが知っているものの中からだけ選ぶとあの花の色は虹色。でも、それもどこか何か違う気がする。そうでしょ。」
同じ気持ちだった。
僕もラミアも答えは出せたのにどこか納得はできない。
「だからね、ホップに来てもらったの。」
「どういうこと?」
「うん、」
ラミアは一呼吸置いて答える。
「ホップにならね、新しい答えが聞けるかと思ったの。」
意外な返答とその過度な期待に戸惑う。
「どうして。と言うかそんなこといきなり言われても無理だよ…。」
「ごめんね。急に変なこと言って」
ラミアはそう言って僕に笑いかける。
どうやら僕は彼女が求めていた言葉を導き出すことはできず、期待には応えられなかったらしい。
「僕こそごめん。」
数秒間の沈黙と共に陰気な空気が流れると思ったけれどそれは杞憂だった。
「そんなことないわよ」
ラミアのそれは僕に気を遣って言われたわけではない。
なぜなら彼女は微笑んでいるから。
「残念な気持ちがないわけじゃないわ。けれどそれよりも私はとても嬉しかったの」
「嬉しい?」
「ホップがここへ来てくれたこと、それから興味を持ってここに育っているたくさんのお花と真剣に向き合ってくれていたこと、」
「それから、」
ラミアは一度言葉を止める。
僕はラミアが急に僕を褒めだしたことに対する驚きと恥ずかしさで頬を赤く染める。
「ホップ、どうかしたの?」
「いや、急に褒めるようなこと言うから恥ずかしくって、」
「いいじゃない!偶には、」
ラミアは笑いながらからかうようにそう言う。
「じゃあ最後に」
そう言って彼女は静かに言う。
「まだ、ホップも私と同じ気持ちで同じ答えをくれたこと。」
意外な答えだった。
「それがとっても嬉しかったの」
「そっ、か。」
僕は不意に言われたその言葉になぜか安堵する。
でも、どこか納得もできない。
「難しいね、本当は何が正解なんだろう。」
ラミアは僕の言葉に被せるように答える。
「そうね、難しいわね。でも、きっと今はまだ、わからなくていいのだと思うわ。」
「そう、なのかな?」
「今はね。」
「うん。」
「それにやっぱりよかったわ。ホップも同じで、」
僕はその意味が分からず首を傾げる。
「もしもホップが私の欲しかった答えをくれていたら、たぶん私はどこかでずっと後悔することになっていたと思うの。」
そして彼女は満面の笑みで最後にこう付け加えた。
「だから、ありがとう。」
それはきっと僕の台詞だと思った。
だけど先に言われてしまったから別の言葉を返す。
「大丈夫さ。ラミアはいつか絶対その答えにたどり着くから。」
「うん。いつかきっとね。」
「それに僕も探すよ。その答えを」
「それじゃあお互いに競争ね。あ、でももしもホップが先に答えを見つけたとしても言わないでね。」
ラミアはそう言うが、僕は首を横に振る。
「いや、教えるよ。」
「もう、いじわる。」
わざとらしくラミアはそっぽを向く。
「その代わり、ラミアの方が先にわかったら僕に教えてね。」
「その必要はないわ。」
ラミアは僕の方を見てそう言う。
「だってあなたは最後にはきちんと自分でその答えを導き出すから。」
「そうかな?」
「えぇ、絶対にね。」
「うん、ありがとう。」
僕は彼女から贈られたその言葉に気恥ずかしさを感じることはなく、ただ素直に嬉しいと、そう思った。
ぐうぅ~ーぅ。
珍しくいい雰囲気の余韻に浸っているところだったけれど、そんな時でもお腹は空く。その人間味のある音で僕たち二人は現実に戻る。
「……。そ、そろそろ、戻りましょうか」
目の前で俯きがちにそう話す彼女の顔は少し赤い。
いたたまれない空気の中でどこに焦点を合わせるわけでもなく、僕はただそこにある虚空を見つめる。
「そう、だね。」
そして身体中の全神経を集中させ、紳士的な返答を考える。
「(よし、これだ!)」
「早起きしたからお腹がすいたよね。そろそろ食事の準備ができてるころだろうし、戻って朝ごはん食べよう。」
言い終わってからラミアの方を窺う。
が、彼女はムッとした表情で僕を見ている。
残念ながら失敗だったらしい。
「ホップのバカ!」
……、僕はまた一つ世界の難しさを知った。
とりあえず僕たち二人は城内へと戻り食卓へと着いた。
父様とシエルはすでに席へと着いて、運ばれてくる料理を待っていた。昨日あんなことがあったばかりなので、少し緊張する。けれど、父様は普段通り穏やかな様子で僕たちに優しく声を掛ける。
「ラミア、ホップ。おはよう」
「おはようございます。お父様。」
それに対してラミアもいつも通り挨拶を返す。
「おはよう。父様。」
なので、僕も安心していつも通りそれに続いた。
そしてそこにいる彼女もまた、いつもと何ら変わらない様子だった。
「はぁ~ぁ」
眠気の残る声色のあくびが食卓に響く。
しかし、その後彼女も僕たち二人に気が付いたようだ。
「あ。ホップ、姉さま、おはよぅ。」
「シエルおはよ、」
言葉を返そうとするが、その前に彼女の意識はテーブルに吸い込まれた。
きっと少し前に起きたばかりなんだろう。
「はぁ、まったく」
右側を見ると、ラミアは呆れた表情でため息をついている。
すると彼女と視線が合う。何だか不意におかしくなって共鳴するようにくすっ、とお互いに笑いあった。
そして使用人の人に促されながら、僕たちも席に着く。
しばらくして朝食が運ばれてくる。
それぞれの料理がみんなの前に揃った。
「さぁ、ではいただこう。」
僕たち四人はそれを合図に各々食事を始める。
今日の朝食も美味しい。
そう思いながら黙々と食事をし、そろそろ全部食べ終わろうかという頃にシエルが元気に話し始める。
「そういえばさ。姉さまとホップは朝から二人でどこかへ行ってたの?」
食事を摂るうちにしっかりと覚醒したみたいだ。
彼女は向かい側にいる僕と左側に座るラミアを交互に見る。
向かいにいる僕が自然と先に目が合ったので朝起きてからついさっきまでの出来事を簡単に説明した。
――――――――――。
「それで、その花は不思議な色なんだよ。」
シエルは意外にも僕の話を真剣に聞いてくれていた。
「そうだったんだ。そんなにきれいな花が咲いているのね。最近行ってないし、久々に行ってみようかな」
「うん!シエルも行ってみるといいよ」
シエルが興味を持ってくれたことは素直に嬉しかった。
「あら、珍しいわね。」
ラミアは少し驚いた様子だったけれど、その意外な反応が嬉しかったようだ。
「でもシエルが興味を持ってくれて嬉しいわ。」
それに対してシエルは胸を張って誇らしげに言う。
「私だって一王女よ。淑女として、そういったものへの興味くらいは」
「くすッっ!!」
不覚にも笑ってしまった。
自分の口で淑女って、
そんな冗談もつかの間、向かい側から凍てついた視線が飛んでくる。
おそらく今顔を上げて眼でも合おうものならたぶん石になるだろう。
「(まずい。)」
額から変な汗が流れてくる。
そんな中ちらりと一瞬ラミアの方を見る。
「…………、(くすっ)……。」
彼女はシエルとは反対に顔を向けて左手で口元を上品に覆っている。
しかしその肩はしっかりと小刻みに振るえていた。
僕は左手でグラスを持つ。その透き通った水底に焦点を合わせたまま、大げさにグラスを仰ぎ、しっかりと喉を潤す。
そしてついに目の前の強敵と対峙する。
「何か言うことはある?」
シエルはそのひきつったような笑顔で僕に語りかける。
「いや、その、何というか、だ、大事だと、思う、。」
「なにがぁ~?」
「だ、だから、その、あの、。」
「まあまあシエルも、もういいじゃない?」
「ふんっ!」
窮地に陥っていた僕に助け船があった。
「ホップも謝っておきなさい。」
「ごめん、シエル」
「……、まあいいわ。その代わり、今度私の言うこと何か一つ聞いてもらうから!」
「うん、」
こうして僕の罪は何とか許された、と思いたい。
そんな僕たち三人のやり取りを穏やかに見ていた父様が穏やかに、それでいて力強い声色で話し始める。
「相変わらずだな、お前たちは。」
「なによ。お父様まで!」
シエルはまだちょっと怒っている。
「そう怒るな、シエル。ただ私はお前たち三人の仲のいい様子が見られて嬉しいのだ。」
「今のどこが仲いいのよ!昨日だってホップとけんかしたばかりなのに。」
突然の話題に心の臓が跳ねる。
だが父様はそんなものは些細なことのように流し、包み込むように言う。
「そうだな。だが、時にはけんかすることも必要だ。その場では難しくとも、時間が経ってふと相手のことを想えばその者が感じた悲しみや痛みを知ることができる。」
無意識に食事の手が止まる。
傍から聞けば何てことない普通の話だ。
けれど僕は、いやたぶん二人も同じように不思議と、それを語る父様の中にある想いを感じてその声に自然と聞き入っていた。
「そうして私たちはお互いに一歩ずつ寄り添いながら、やがては同じ方に進んで行けばいいのだ。」
なぜか少しだけ涙が隠れている気がした。
「……。」
「……。」
「……。」
「んんっんっ」
父様のわざとらしい咳払いでその場の時間がもう一度動き出す。
父様は何だかいたたまれない様子でセバス爺の方を見ている。
「……セバス、何か言ってくれ」
「いえいえ、素晴らしいお言葉でしたよ、グレード様。」
「よせ、子どもたちの前でからかうのはやめてくれ。」
こうして時々、父様とセバス爺は国王と従者という関係を超えたような雰囲気で会話をすることがある。
「まあだからそういうことだ、シエル。けんかすることも悪いことばかりではない。」
「お父様がそう言うなら、」
やっぱりシエルも今の話には何か思うことがあったようでいつになく静かに答える。
色々混ざりあって収拾の着かない空気の中ラミアがいいことを思いついたといった様子で口を開く。
「そうだわ。私今日は特に大きな予定はないの。シエルは?」
「私も別にこれと言ってはないわ。」
「ホップは?」
「僕は明けても暮れてもブレイデル先生やショウ先生との稽古かジルマーナ先生の授業だよ。ちなみに今日はブレイデル先生とジルマーナ先生。」
「お父様は、どう?」
「うむ。昨日の今日だ。私も大きな予定はない、時間は作れるぞ。」
「だったらセバス爺も大丈夫よね。」
「はい。お嬢様。」
ラミアはみんなの予定を確認する。
「私これからお弁当を作るから、今日のお昼はみんなお庭に出て食べましょう!さっき話したお花もせっかくならみんなに見てほしいの」
「どうかしら」
ラミアが曇りなくみんなに問うと各々が頷く。
「決まりね!」
この後ある剣術の稽古は気が進まないけれど、今日は朝から嬉しいこともありささやかな希望も芽生えたので何だかいつになくやる気を持って頑張れる気がした。
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