第5話
「やっと着いた。」
僕たちはようやく目的の場所までたどり着く。
僕はラックを近くの大きな木陰まで誘導し、鐙に足をかけて背中から降りる。
「ありがとうラック!シエルを連れてすぐに戻ってくるから少しここで待っていて。」
そう言って僕はそこに建つ家へと向かって小走りで駆けた。
扉の前に立った僕は右手を胸に当てて呼吸を整える。
「すぅーはー。よしっ」
そして意を決してドアノブに手を伸ばそうとした瞬間、
バァァンンッッッ!!!!
突然の激しい音と同時に、身体中にも激しい衝撃と痛みを受けた。
「「うわぁっっ!!!」」
ドスンッッ!!!!!
叫びながら、後方へと突き飛ばされた僕は勢い余って地面に倒れ込んだ。
「ってぇー、何?」
そう言いながら顔を上げるとそこには両手を胸の前で開き、驚いた表情でこちらを見る少女が立っていた。
そして一歩遅れて、その横から見知った青年が一人、体を反らせるようにしてひょっこりと顔を覗かせてた。
「ホップ?!」
驚いたように少女は僕の名前を呼ぶ。
「……っシエル、」
僕も見上げながらその少女の名前呟く。
「ごめん。大丈夫?」
「あぁ、うん。」
「ほんとに?大丈夫?」
おどおどしながら言うシエルを右手で抑えながら、僕はとりあえずその場に立ち上ってローブや髪の毛についた土埃を振るい落とす。
「おっと、王子様のご到着だな!」
「フロート、久しぶり」
彼の軽口をあいさつでかわしながら、僕はもう一度シエルの方を見る。そこにシエルがいるという事実に僕は大げさに安堵する。
「よかった。シエル、やっぱりここにいた。勘が冴えててよかった。時間がない、早く帰ろう。みんな君のことを探してるし、ラミアも心配してた。」
僕はそう言ってとりあえずシエルに状況を伝える。
「……。」
「時間がない。とりあえず早く帰ろう。今からならまだ間に合うと思う」。
しかし、シエルは黙って俯いたまま身体の前で手を組み、何だか気まずそうな顔をしてちらちらと僕の方を見てくる。
「どうしたの?」
「あの、ごめん。私、その……」
僕は頭の上に「?」を浮かべる。
今、僕を突き飛ばしてしまったことを言っているのだろうか。それとも無断で外出しここに来てしまったことか。
僕はシエルの言った「ごめん」の意味がよく分からなかった。
「え?あ、うん?いいよ別に」
そのためそんな当たり障りのない返事を返す。
フロートはそんな僕らのやり取りを見て、何やら手で口を覆いながら笑っている。
すると、またシエルが口を開く。
「違うの、そうじゃなくて」
「何だよ?わかんないけど、とりあえず行こう?」
「だから、」
シエルの口調がだんだんと強くなる。
「何なんだよ?」
釣られて、僕も少し口調が強くなる。
「もう!!!ホップのばッ」
「はいはい!終わり終わり。」
シエルが何か言いかけた瞬間、さっきまで笑っていたフロートがそれを上手い具合に止めて仲裁する。
「まぁまぁシエル、そのことはいったん後回しにして。時間がないんだろ?二人とも早いとこ城に戻らないと。」
「あぁ、ごめん。」
「ごめんなさい。」
そう言ってフロートは話し続ける。
「ところでホップ、ここまではどうやって来たんだ?」
「ラックだよ。一緒に来たんだ。シエルが城内にはいないって言われて。それならたぶんフロートのところへ来てるはずだと思ってここまで来たんだ。それにラックがいれば帰りの道中はシエルを乗せて一緒に帰れるからね」
そう言って僕は木陰で待たせているラックの方を指差す。
「おう、本当だ」
そう言ってフロートはラックの方を見る。
「あいつも元気そうだな。」
「うん。今もここまですごいスピードで走ってくれたんだ。」
「それなら帰りも安心だな。」
「そうなんだ。早速行こう。」
そんな会話をしながら僕たちはラックの方へと向かう。
それに気づいたラックは視線をフロートに向けながら一度彼にお辞儀して見せた。それに気づいたフロートも冗談っぽく深々とお辞儀をした。
「久しぶり。相変わらず礼儀正しいやつだな。」
そう言って笑顔を向ける。
シエルも後ろからラックに手を振って挨拶をする。
「ありがとう。お城までよろしくね。」
シエルはそう言ってラックの頬を優しく撫でる。
そうして僕たち二人はラックに乗る。するとシエルは無言でそっと僕の腰に手を当ててその身体を背中に寄せた。
無意識に少し背筋が伸びる。
少し緊張しながらも僕は手綱を引いてラックを誘導する。
「ありがとうフロート、また来るよ。」
「あぁ、今度またゆっくりな。」
「ごめんなさい、今日は突然押しかけてしまって。今度はおいしいお菓子やケーキを持って遊びに来るから。」
「うん。また今度!」
そう言って、フロートは小さく手を振る。
そして僕がラックの手綱をしっかりと握りしめ「頼むぞ」と声を掛けて合図をしようとしたところ、
「ねえ、ところで」
後ろからシエルが突然それを遮るように話しかけてくる。
僕は一度彼女の方を振り返る。
「え、何?」
「ホップ、どこから帰るつもりなの?」
「どこって、来た道をそのまま帰るよ。」
しかしシエルは首を左右に振る。
「それはできないと思うわ。」
それに対して僕は首を傾ける。
「どうして?」
「だってホップはここまではお城から街の大通りを通って来たのよね?」
「そうだけど?」
「来るときはそれで何とかなったかもしれないけどこれから帰るのは無理よ。」
僕はそこで何となくその理由を考える。
「あぁ、あの人混みのこと?あそこはさすがに僕もラックから降りて通ったよ。帰りもそうしないといけないから少し歩くし時間かかるだろうけど、何とか間に合うって。」
しかし、彼女はまたも首を横に振る。
「そうじゃないわ。もうそろそろ城への大通りは、天空教会の人たちが入城するための道として使われるから封鎖されて使えないはずよ。」
……それを聞いた僕たち二人は一度ラックから降りた。
僕は口を開けたまま呆然とする。完全に盲点だった。
シエルを連れて帰ることだけに必死になって帰り道のことなんて全く考えていなかった。
そう。僕たちの住むガルディア城には街から一本の大きな道が通っていて、入城するには基本的に城門へと続くその道を行くしかない。
しかし、そこが封鎖され通れないとなれば僕たちが時間内に帰る手段はない。つまり会談の時間には絶対に間に合わない。
正体を明かせばその無理を通すことはできるかもしれないけど、後でそのことがばれて怒られるのは明白だ。
けれど時間に遅れて会談をすっぽかしても同じように怒られる。
「……、仕方ない。城に戻ったら後で父様やセバス爺、そしてラミアに二人でこっぴどく叱られよう……。」
僕は想像される絶望を思い浮かべ、乾いた笑いが込み上げてくる。
だがそんな僕の横でシエルは、
「いやよ、絶対いや。今回は怒られるだけじゃ済まないわ。きっと一月近くは城外への外出を禁止されるし、罰としてわけのわからないお勉強だって朝から夜寝るまで山ほどやらされるに決まってる。そんなの絶対にいやよ。ねぇホップ、私をここまで迎えに来てくれたんでしょ?最後まで諦めずに何とかしてよ。」
わんわんと泣きながら僕の両肩をつかんで全身を揺らし、
「まだ何とかなるはずよ。別の方法を考えよう。」
などの言葉を発するが僕の耳にはほとんど入っていない。僕は頭が真っ白になりされるがまま身体をぐにゃぐにゃ揺らされる。
そんな僕たちのふざけたやり取りの傍らで、一人の青年と一匹の白馬は何とも真剣な雰囲気でこの状況を打開するための策を真面目に練っていた。
「うん。これならぎりぎりだけど何とかなりそうだな。俺も最近は力を使っていなかったからちょっと危ない方法ではあるけど…」
青年は白馬を一瞥する。
「ラックいけるな?」
白馬は静かに承諾する。
「あとは、あいつ次第だ!」
僕はシエルと一緒にフロートに招かれてその話を聞く。彼は地面に簡易的な絵を描いており、それを小枝で指し示す
フロートの考えた策はこうらしい。
まず正規のルートで城に入ることは不可能。しかし、城を挟んだその真反対には城よりも高くそびえる山がある。僕たちはこれからその山の中腹まで上がり、城門から一番距離の近い崖まで行く。
「それから、」
「待って待って。もうこの時点で無茶苦茶な気がするんだけど。」
「とりあえず最後まで聞けって。」
「そうよホップ。どうにかなるかもしれないじゃない。」
そうしてそのまま話は続く。
「そこからはラックの全力疾走で城壁を飛び越える。」
どう考えても策を提案してきている。
しかし話はもう少し続く。
残念ながらラックの脚力を持ってしても崖から城門までの距離を跳躍することは不可能なことはフロートもわかっている。そこで今度はフロートの出番だ。彼は昔から「風」を扱う力がある。習った記憶はないみたいだけど、たぶん魔術の類だろうと本人は言っている。フロートのその力を使ってラックの助走を手助けするとともに風の足場を作り、崖から城壁までの跳躍と着地を補助しようということらしい。
そこまで聞いても僕は頭を抱える。
「言ってることは分かったけど、危険すぎない?」
その時体の深いところからもやもやとしたものが滲み出てくる。
「まぁ、それはそうなんだけど、もうこの方法しかないと思うんだよな?」
「でも、そんなのやったことないし……」
またこの気持ち……。
「俺もしっかりとサポートはするよ」
「でも、もし失敗しでもしたら……」
どうして、僕は、…いつも。
「じゃあ、ここで諦めるのか?」
僕ははッとして思わず顔を上げフロートを見るが、別に怒っているわけでもなく静かに僕の返答を待っている。
「……僕は、」
ふと横に視線を移すと、この様子を不安そうな表情で見守るシエルと目が合う。彼女は唇を固く閉じて胸の前で手を組んでいる。
「ホップ…」
彼女が静かに呟く。
もう、やめよう。
僕はもう一度フロートの方を向き、彼の目を見て頷き、自分の気持ちを決意する。そして力を込めて言う。
「やるよ」
そう言うとフロートは両手をパンッ!と叩く。
「よし!それじゃあやろう!」
こうして、僕たちの挑戦が始まる。
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