コンビニの前にある色褪せた赤いベンチには、三人が座っていた。

「だんだん暑くなってきたな」

 初夏である。源十郎の額にはうっすらと汗がにじむ。

「ここに屋根でもつけてもらわにゃ」

 成作がそう言って笑った。鹿子が首を振る。

「そうしたらますますここから離れられなくなっちゃうじゃない」

「いいんだよ、他に行く場所なんてねえんだからよ」

 成作がそう言うと、二人はうなずいた。

「別に一人いなくなってもあまり変わらねえなあ」

 源十郎は感慨深そうにそう言った。なにしろ、殺人鬼とはいえ、数年間ベンチを共にしてきた仲間だったのだ。

「誰かが死ぬときもこんな感じなんだろうな」

 成作の言葉に込められた寂寥感は、みんなの胸を締めつけた。

「そういえば」ずっと騙されていた成作が尋ねる。「最初に三代子ちゃんの家に詐欺の電話が来たのも偶然の悪戯だよなあ」

「あれ、祖父江さんがやったのよ。電話をかけて、詐欺だと思わせたの」

「なんでそんな面倒なことを」

「一階詐欺の電話が来れば、次に同じ電話が来た時にもちゃんと対応してもらえるでしょ。それで、古池さんを家に招いてっていう算段だったのよ」

 成作は参ったというように膝を叩いた。

「ずっと手の平の上で踊らされていたのか」

 タイミングよく向こうから祐未と祖父江がやってくる。

「よ、名コンビ!」

 源十郎が囃し立てると、祐未は手を振った。

「やめてよ源さん」

「今回は二人の活躍が目立ったわね」

 二人のためのスペースが空けられるとベンチの定員である五人になる。

「私一人がバカみたいに騒いでただけだよ……」

「いや、そんなことはないよ。君の人生哲学には心揺さぶられたしね」

「バカにしてません、祖父江さん?」

「してないしてない」

 ひとしきり微笑みが続いて、源十郎が言った。

「で、何かあったのか?」

 祖父江が居住まいを正す。

「亡くなった初瀬三代子さんのことです」

「どうかしたの?」

「椎町の外れにある光栄墓地に埋葬になりました。もともと、旦那さんもそこに眠っていたそうで」

「あらそう……」

 初夏の風が一陣駆けて行った。まるで亡くなった彼女が立ち寄ったかのようだった。

「それで、今からお参りに行きませんか、というお誘いでして」

 一同はうなずいた。後部座席を綺麗にした祖父江の車に五人が乗って公営墓地までの道を行く。その間、車内には沈黙が充満していた。誰もが思うだろう。死は平等に訪れる。だが、その訪れ方には違いがある。天寿を全うするもの、病気で命を失うもの、事故で突然あの世へ旅立つもの……だが、誰かに奪われる命というのはどういうものなのだろうか。

 公営墓地についたころには、太陽はやや傾き始めていた。墓地の奥まで進むと、控えめな墓石が佇んでいた。「初瀬家」とある。祐未は用意していた線香に火をつけ、鹿子たちに渡していった。風に揺蕩って白い煙が墓石のまわりを行き来した。線香の香りが辺りに立ち込める。お参りが済むと、五人はじっと墓石を見つめた。

「今まで気がついてあげられなくてごめんなさいね」

 鹿子が墓石に語りかけた。彼女は自分を責めていた。もっと早く気づいていれば。だが、女がセメントを運び入れた時にはもう遅かったのだ。

 源十郎は思う。ベンチで賭け事に興じていた時、本当の三代子を見ていたかもしれない。だが、それは今になって確かめようのないことだった。

 成作は煙を見つめていた。立ち上る先に天国はあるのだろうかと思いながら。願わくば、一人のかわいそうな老人があの世では幸せでいられるように。成作はそっと青空を見上げた。

「さあ、もう行きましょうか」

 祖父江がそう言った。鹿子は名残惜しそうに墓を一瞥した。

「たまにここに来ましょう。きっと、ここじゃ寂しいわよ」

「そうだな」

 初夏の涼しい空気が彼らを包み込んでいた。

 立ち去る彼らに言葉などいらなかった。

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