「どういうことだ?」

 古池は和室の真ん中で立ち尽くした。見覚えのあるはずの一堂に囲まれて、やや動揺しているように見える。岡部と石田が手帳を取り出した。

「警察だ」

「警察?」

 二人の手帳をまじまじと見つめた古池は、一同を見回した。

「この前のやつらじゃないか。またなにか企んでいるのか」

「この状況でよく落ち着いていられるな、お前! こっちには警察がいるんだぞ」

 顔を真っ赤にして成作が吠えた。古池はクツクツと肩を揺らした。

「こいつらが警察? こいつらの手帳をよく見たのか?」

「は?」

 成作が間の抜けた声で応じる。

「警視庁捜査一課に検証捜査係なんてものはない。こいつらは偽者なんだよ」

 祐未は祖父江を見た。

「祖父江さん!」

「違う。本当に二人は警官だ」

 古池は首を振った。不敵な笑みそのままに。

「俺をハメるためにうそをついたんだろう。誰が騙されるか」

 出ていこうとする古池をスクラムを組んだ老人たちが押し留めようとする。

「何が目的なんだ、お前たちは」

 そう問われて、鹿子が畳を踏みつけた。

「お金よ! あんたが騙し取った五億四千万円、耳揃えて返しなさい!」

「結局カネか」

「あんたが奪っていったのよ、中園さんからも!」

「中園? ああ、あのジジイか」

「返しなさい!」

 鹿子の剣幕に祐未は圧倒されていた。こんな鹿子は今まで見たことがなかったから。それだけの怒りが彼女の中に眠っていたのかと思うと、祐未は声が出せなかった。

「返すも何も」古池は平静だった。「あれは、あのジジイが納得して寄越したものだ。お前たちにどうこう言われる筋合いはない。それとも、残った六千万がお前らに関係でもあるのか?」

 古池に図星を突かれて、鹿子は黙ってしまった。意地の悪い笑い声をあげて古池は言った。

「まさかとは思ったが、本当に関係があったのか。これは傑作だ」

「笑ってんじゃねえぞ!」

 源十郎の恫喝も古池にとっては、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかったかもしれない。

「さあ、そこをどけ」

 だが、誰一人和室の入口を明け渡す者はいなかった。古池は苛立ちを隠せないようだった。

「いい加減にしろ。警察を呼ぶぞ」

「いや、俺たちが警察――」

「お前らは黙ってろ!」

 古池に怒鳴りつけられて、岡部たちは背中を丸めてしまう。祖父江が歩み出た。

「警察を呼ぶのはあんただって避けたいはずだろ。おとなしくこっちの言い分を聞いた方が身のためだぞ」

 これは古池には少しだけ効果があったらしい。掴んでいたスマホをポケットにしまう。ブラフだったのかもしれない。古池はその場にドカッと腰を下ろした。

「俺にカネを返せ、だと?」

「そうだ。じゃなきゃ、この人たちは一歩も引かないぞ」

 祖父江の背後に陣取る老人たちの鋭い視線に古池は溜息をついた。だが、その表情に徐々に光が差していった。

「じゃあ、こうしよう。お前たちの六千万と俺の五億四千万を交換だ」

「はあ?」

 老人たちの憤りに満ちた声。

「それなら、俺もカネを返そうという気になる」

「てめえ、自分が何言ってるか分かってんのか」

 源十郎の言葉を軽くかわして、古池は問いかける。

「どうなんだ? 六千万は勉強代だと思えばいいだろう」

 だが、祖父江たちにその条件を飲む術はなかった。石田が口走る。

「でも、六千万は……」

「バカ!」

 岡部が頭を叩いたが後の祭りだった。古池の目敏い瞳が石田を捕えた。

「『六千万は……』なんだ? まさかないんじゃないだろうか」

 一同は返す言葉を見失ってしまった。古池は深い溜息をついた。

「全部話せ。洗いざらい全部だ」

 観念をして祐未と祖父江が一連の事件について詳細を伝えると、古池は怒りを押し殺したように言った。

「家中探したのか?」

 老人たちはうなずく。祐未が応えた。

「戸棚やタンスの中、裏……クローゼットの中や屋根裏も探しました」

「床下は?」

「キッチンの床下収納の中も調べました」

「お前ら、バカか」古池が立ち上がった。「家には床下なんて腐るほどあるんだよ」

 そういって足元の畳を剥がし始めた。

「やめて!」

 三代子が叫んだ。だが、その叫びは沈黙の中に没していく。剥がした畳の下に、一枚の一万円札が落ちていたのだ。古池はそばにしゃがみこんで一万円札を摘み上げた。

「なんだ、これは?」

 一同の視線が彷徨う。まさか、そこに何かがあるとは思わなかったのだろう。古池は足で畳の下の床板をいじり始めた。パカパカと音がする。

「この床板、外せるじゃねえか」

 三代子の制止を押しのけて、古池が床板を持ち上げる。できあがった穴の下に、大きなセメントの塊があった。岡部がそれを覗き込んで、呟いた。

「福岡の事件と一緒だ」

 三代子が駆けだした。祖父江が叫ぶ。

「岡部さん、石田さん、そいつを捕まえて!」

 大音声に飛び上がった岡部たちは玄関に向かって脱兎のごとく、いやもはや、脱チーターのごとく駆ける三代子の背中を追った。玄関のドアに突進する三代子に背後から二人係で飛び掛かり、追跡劇は十秒も経たず終わりを告げた。

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