七
岡部は電話のそばに飛んで行って、両手を広げた。
「なんと言ってきたんです?」
「警察と名乗ってきて、キャッシュカードの情報を知りたいんですって」
「いいですか、すぐに切ってください」
岡部はそう警告したが、三代子は首を横に振った。その視線が祐未たちの方へ向く。
「聞いたことのある声だと思ったら、古池の声よ」
一同に緊張が走る。その様子に岡部は眉根を寄せる。
「古池?」
祖父江が岡部に答えるべきか迷っていると、三代子が電話機を指さす。
「これはどうしようかしら」
祐未が歩み出た。
「とりあえず、キャッシュカードが見つからないから、見つかったらかけ直すと言って」
「分かったわ」
受話器を取る三代子に岡部と石田は困惑している。
「どういうことだ」
石田は言う。
「僕に聞かないでください」
三代子が電場番号を控えて戻ってくる。祖父江は観念したように口を開いた。
「岡部さん、少し込み入った話をします」
「なんだか、面倒臭そうなことになったな……」
祖父江の話を聞く岡部と石田はリアクションに富んだ反応を見せたが、彼らの役者っぷりは割愛させてもらおう。話を聞き終えた岡部は手帳をぴしゃりと閉じて頭を掻いた。
「いやはや……詐欺師を詐欺にかける、だって?」
「どうかこの件は秘密に」
鹿子がそう言うが、石田は苦笑する。
「いや、でも、僕たち警察官ですよ」
「そこをなんとか。今回のことで、古池には痛い目に遭わされたのよ」
「だからといってですね……」
岡部も石田に加勢する。
「面倒ですが、取られたカネも取り戻せるでしょう」
「私が気にしているのは、中園さんの方よ。中園さんは口約束をして、土地を売ったお金を渡してしまったのよ。それはもう戻らないでしょう?」
岡部と石田は顔を見合わせた。当人同士が納得して交わされた売買契約は口約束であろうと成立する。岡部は手帳を開いて祖父江の話を反芻する。
「話を聞いた限りでは、その中園さんというのがカネを取り戻したいと思っていないように思えるんですがね。ここは、きちんと警察の手に引き渡してもらった方がいいんじゃありませんか。幸い、やつとは連絡がつく状態だ」
「それじゃあ、ダメなのよ!」鹿子が叫ぶように言う。「古池をぎゃふんと言わせなきゃ」
「年寄りのわがままだと思って聞き流してくれ」
源十郎がそう詰め寄る。岡部はしばらく考え込んでいたが、やがて観念したように、
「仕方ありませんな」
と言うしかなかった。
「巻き込んでしまってすみません、岡部さん」
「いいさ。俺たちだって日ごろ不満を抱いてないわけじゃない」
石田はボツりと言う。
「いや、僕はある程度諦められてますけど」
「やかましいぞ、石田。俺が決めたからには、もう彼らに協力することになる」
「見逃すんじゃなくて協力するんですか。知られたら今度こそクビですよ」
今度こそ、というところがミソだ。彼らもギリギリの状態で生きているに違いない。
「知られなきゃいいんだろう」
「なんという横暴」
だが、石田も結局この波に乗らずにいられなかった。祐未は声を上げる。
「そうと決まったら、作戦会議ね」
その顔は愉快そうである。一同はリビングのテーブルを囲んだ。第一声を発したのは、鹿子だ。
「もう、この際だから、頭を使うんじゃなくて、古池をあっと言わせてやりたいのよ。いっそのこと、ここに呼んで、お金を返すまで返さないぞって脅してやりたいくらいよ」
岡部は首を振った。
「そんな警察みたいなことはやめてください」
隣で石田が突っ込む。
「岡部さん、『警察みたいな』はやめましょう」
鹿子の提案は源十郎と成作には好評だったらしい。二人とも笑顔でうなずいている。
「でも」祐未は言う。「ここにいるみんな古池に顔が知られてるから、応対するのは刑事さんたちしかいないと思うんです」
「なんだ、早速俺たちの出番か」
やけに乗り気な岡部が嬉しそうに反応した。
「シンプルにやろう」成作が拳を作る。「やつを呼び出して、みんなで囲んで、脅しかける。こっちは刑事がいるんだ。絶対にうまくいく」
三代子の家の中のボルテージが急上昇していた。これまでの鬱憤が彼らを駆り立てていた。もはや、ブレーキ係だった祐未と祖父江も最後のチャンスとばかりに頬を紅潮させていた。ページ数も残り少ないから、そろそろ決着もつくだろう。
そして、最終章がスタートする。
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