静かな夜が明け、朝がやってきた。

 朝食を済ませた一同はリビングに集まりながら、なんとなく祐未と祖父江の話が始まるのを待っていた。

「ずっと考えていたんですが、これ以上、今の問題を先延ばしにしてもメリットはないと思うんです」

 祖父江がそう切り出すと、疲れた様子の老人たちからは賛同の眼差しが寄せられた。鹿子も深く息をつきながら言った。

「私もそう思うわ。これじゃあ、古池を騙すどころの話じゃないわよ」

「そこで、僕から一つ提案があるんです。知り合いの刑事をここに呼ぶのはどうでしょうか?」

「知り合いの刑事?」

 成作が身構えた。

「刑事をここに呼ぶのは大丈夫かしら」

 そう心配する三代子に祖父江は首を振った。

「今の僕たちの状況は、六千万が消えてしまった状態です。古池を罠にハメるのは別の問題です。だから、刑事たちにはそのことだけは話さないでおきましょう」

「説明が難しいわ」鹿子が言う。「どうして私のお金が三代子ちゃんの家にあるのか」

 祖父江はここで得意げな顔をする。

「そこでです、お金はいったん三代子さんのものとして話を進めましょう。それなら余計な説明が要らないでしょう」

「まあ、確かに、そうね」

「一度警察にこの件を渡しましょう」

「それが一番手っ取り早いのかもしれんな」

 源十郎がうなずくと、一同の中には胸を撫で下ろすような安堵の溜息が流れた。祖父江が連絡を取った後、祐未は彼を捕まえて部屋の隅に引っ張っていった。

「急に警察に協力を求めるなんて、どうしたんですか」

「現実はミステリのようにはいかないってことさ」

「刑事の知り合いがいたんですか」

「うん、探偵をやっていると警察沙汰には慣れてくるからね。友人みたいなものさ」

 祐未は不満そうだ。

「だったら、最初から――」

「僕だってね、自分たちの力で解決したかったんだよ。でも、もうお手上げだ」

 諦めたんですね、という言葉が祐未の口を突きかけた。だが、彼女自身自分の無力さを実感し始めていた。机の上で論をこねくり回すだけでは、物事は解決しない。警察という権力の介入は、それを打破する唯一の方法のように思えた。

「もし、本当に犯人がこの家の中にいたら……もうベンチでお話しすることはなくなっちゃうんでしょうか」

「残念ながら、そうなるだろうね」

「それは、嫌だなあ……。みんな楽しくやってきたのに」

「それを壊したんだよ、誰かが。自業自得さ」

「でも、みんな一人暮らしで、やっと居場所ができたのに……」

 犯人を覗いてまた集まるように、とは祐未は言えなかった。老人たちで集まればどうしたって今回の件が尾を引くに違いない。

「この件が大団円を迎えるはずないですからね」

「だが、それでも解決しなくちゃいけない」

 祖父江の友人たちは昼を過ぎたころにやってきた。

「久しぶりじゃないか」

 胡麻塩頭の男が歯を見せた。

「岡部さん、お忙しいところすみません」

 岡部は家の中に案内されてソファにどっかと腰を下ろした。

「本当に忙しかったんだぞ。遠くの事件を担当してな……」

 岡部について隣に腰を下ろしたのは、まだ若い男だった。岡部が親指で指し示す。

「こっちは石田。石っころの石に田んぼの田だ」

 ぺこりと頭を下げる石田。岡部には祐未が思わずツッコミを入れてしまう。

「いや、漢字の説明要らないですよね」

「念には念をというわけだ」岡部はリビングの老人たちを見渡した。「皆さんお集まりですな。私は警視庁捜査一課検証捜査係の岡部というものです。こっちは石田」

 また親指で石田を指し示す。石田は頭を下げて言う。

「石っころの石に田んぼの田です」

「さっき聞いたぞ」

 源十郎が不安そうに口を挟んだ。この二人大丈夫だろうかというのが自己紹介の段階でにじみ出るというのはさすがである。お互いの自己紹介が済むと、岡部は胡麻塩頭を掻きむしって祖父江を見た。

「さわりだけは聞いたが、どういうことか改めて説明してくれ。石田が聞く」

「いや、岡部さんも聞いてください」

「仕方ないな」

「三代子さんが保管していた六千万がなくなってしまったんです。何とか自分たちで見つけ出そうとしましたが、断念せざるを得なく……」

 手帳に乱暴にメモをしながら岡部は言う。

「六千万か……それは五円チョコで保管されていたのか?」

「そんなわけないでしょう。現金ですよ」

「現金か、意外だな」

「意外だと思うのが意外ですよ」

「六千万はどこに保管していたんですか?」

 岡部が三代子に尋ねた。彼女は天井を指さして、

「二階の部屋のクローゼットの中に」

 と答えた。岡部は立ち上がった。

「見てみましょう」

 三代子を先頭にして一同は二階へ上がった。手前の部屋に入りすぐ左手にあるクローゼットの扉を三代子が開けた。

「あの天板を外した中に入れておいたんです」

「また厳重に隠しましたね」

 岡部は背伸びをして天板を外した。

「石田、肩車してくれ」

「童心に帰りたいんですか」

「バカ、あの中を覗くんだよ」

 二人は四苦八苦しながら肩車を成功させ、フラフラになりながらクローゼットの中に身を滑り込ませた。

「右、右」岡部の指示が飛ぶ。「バカ、それは左だ」

 ようやく天板を外したところに首を突っ込んだ岡部は感慨深そうに呟いた。

「子供のころ屋根裏を覗いたのを思い出したぞ」

 そう言ってなぜか満足げな表情で石田の方から降りると、真面目な顔で手帳に書きつけた。「肩車」。

「なぜ銀行に預けてなかったんです」

 三代子は目を泳がせる。

「あの……タンス貯金みたいなものです」

「なるほど、屋根裏貯金ですか」

 なぜそれで納得したのかは分からないが、岡部はうなずいた。

「この部屋は窓の鍵もちゃんと締まっていましたか?」

 祖父江が答える。

「その時の状況についても説明しますので、一階に降りましょう」

 一同は一階のリビングに戻り、再び岡部たちはソファに腰かけた。祖父江が昨日丸一日で判明した一昨日の夜の状況を説明し終えたころには岡部はうつらうつらしていた。

「なるほどね」分かったのか分からないのかそう相槌を打って、岡部は隣の石田の手帳を覗き込んだ。「結局この家の誰かが、というわけか」

「それで、岡部さんたちに協力を」

「なるほどね」

 岡部はあくびをした。そんな彼の狼藉を掻き消す音がリビング響き渡った。固定電話の呼び出し音だ。「はいはい」と三代子が受話器を取り上げる。しばらく受話器を耳に当てていた彼女が保留ボタンを押して、困惑した表情をこちらへ向けた。

「また詐欺の電話よ」

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