時計は一時前を指していたが、祐未と祖父江の議論は留まることを知らない。

「そもそも、人間はつまらないことでうそをつく」

「源さんみたいに、とか言わないでくださいよ」

「そうじゃない。探偵をやっているとうそをつく人間が腐るほどいることが分かる」

「そういうもんですか」

「自分かわいさのため、いい顔をしたいため、バカにされないため、人間はうそをつく」

 祐未は今回の証言をノートにまとめていた。その脇に「うそ」と書き足した。

「ミステリ的には、うその種類は限られていますよね。

・自分を容疑圏外に置くため

・事件とは別のところで隠したいことがあるため

・誰かを庇うため

・無自覚なうそ」

「最後の無自覚なうそというのは?」

「うそというのとは少し違うかもしれません。その人が勝手に思い込んでいたり、誤認していたことを証言したせいで、事件の様相が変わってしまう場合があります」

「なるほど。祐未ちゃんはミステリに詳しいな」

「ただ好きで読んでるだけですよ」

「ミステリにおけるうそはあまり取り沙汰されることはなかった。さしずめ、『密室講義』ならぬ『うそ講義』だな」

「そんな大層なものじゃありませんよ。でも、ミステリを読んでいて気づいたことではあります。うそには自覚しているものと無自覚なものの二種類がある。自覚的なうそには自分のためにつくうそと他人のためにつくうそがあります」

「誰かを庇うためというのが他人のためにつくうそだな」

「はい。そう考えると、今回は自覚的に自分のためについたうそがあるんじゃないかと思うんです。自分を容疑圏外に置くために」

 祖父江は無精ひげを撫でつけた。

「しかしな、うそをつく余地はあまりないんじゃないか。ホームセキュリティのせいで、ある程度の行動は裏が取れているからな」

「そうでしょうか。今回のことをまとめて気づいたんですけど、源さんが成作さんのことを疑っていたじゃないですか。現状は、その状態に戻っているんです」

「戻っている?」

「色々巡り巡って、今朝の六時半から七時過ぎの時間は二階に成作さんしかいなかったんです。で、しかも、成作さんはお金の在り処が分かっていた。だから、成作さんが一番疑わしいってことになってしまうんですよ」

 祐未のノートを覗き込んで祖父江はうなずいた。

「となると、犯人は青野さん? そんな自分を容疑圏外に置くためにうそをついたと?」

「いえ、逆です。証言をした結果、一番疑われやすい状況に身を置いてしまっているっていうことは、うそをついていないってことなんですよ」

「うそをついていない……」

「他に自覚的に自分のためにうそをついた人がいる可能性はあるだろうかと考えました。私は、源さんならその可能性があると思うんです」

「若宮さんが? いつ?」

「散歩に行ったといっていましたよね。でも、そのことを裏づけられてはいません」

「それは違う。ホームセキュリティで確認が取れただろう」

「ホームセキュリティで確認できたのは、解錠されたっていうことだけです。散歩に行った振りをして、お金を取るタイミングをうかがっていた可能性だってあるでしょう」

「あくまで可能性だな」

「そして、もう一つ、どれに分類すべきか分からないうその可能性が」

「誰だ?」

 祐未は祖父江を指さした。

「祖父江さんですよ」

「僕?」

 祖父江は心底意外そうに目を丸くした。

「祖父江さんは三時半まで起きていたと言っていましたよね」

「ああ、それは間違いない」

「その後ケースを入れ替えて、車に置いてきた」

「そうだ。それはうそじゃない」

「そこじゃないんです。その後、ここのソファで横になっていた。祖父江さんは三代子さんがリビングに入ってくれば気づいたかもしれないと言っていましたよね。源に三代子さんがトイレに立ったのは感じていたと……本当ですか?」

 祖父江は黙っていた。その時のことを思い返しているようだった。

「いや……うそは言ってないと思うんだがなあ」

「ホームセキュリティで三代子さんが四時三十一分にトイレに行ったことは裏づけが取れました。だからこそ、祖父江さんは無意識のうちに記憶を書き換えてしまったんじゃないでしょうか。三代子さんがトイレに行くのを感じ取ったのだと。よくあることですが、寝ている時にまわりで起きていることって夢に反映されやすいですよね」

「それで僕が無自覚なうそを? だが、三代子さんが実際にトイレに行ったのは事実なんだぞ」

「それはそうです。でも、本当はそのことを感じていなかったとしたら、三代子さんがリビングを通っても問題なかったということになります。つまり、お金を取りに行って、どこか外に隠す機会があったということに……」

「まあ、確かに、そう言えないこともないか」

 祐未は言いづらそうに先を続ける。

「でも、もっと悪意のある見方もできます。今回、祖父江さんと三代子さんだけが二人だけでお互いの行動を示し合う状況がありました」

「ええと、三代子さんんがトイレに行ったくだりかな」

「そうです。もし、三代子さんから『六千万を山分けするから口裏を合わせよう』と言われたら祖父江さんはどうしますか?」

「なんてこと言うんだ!」

 祐未はあくまで冷静だった。

「可能性の話ですよ」

「可能性だろうが何だろうが、断るよ」

「それはうそだと思います。もし二人で力を合わせるだけで三千万を確保できるのなら、乗らない手はありませんよ」

「ぐっ……」

 思わず呻き声を漏らして、祖父江は目の前の少女の顔を睨みつけた。彼女はにこりと笑った。

「もう夜も遅いですから、寝ましょうか」

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