三代子の家では、夕飯が三人を待っていた。ひとまず徒労は忘れて全員揃っての食事だ。この二十四時間で、とんでもなく多くのことがあったように祐未には思えた。

「あらかじめお買い物しておいてよかったわ」

 三代子がそう言っていた。鹿子が笑った。

「本当ね。今度食費を返さなくちゃね」

「いいのよ、そんな。たまたま買い込んでた直後だったんだから」

 祐未はぼんやりと二人の会話を聞いていた。まるで抜け殻のようだ。そんな彼女の眼が突然輝き始めた。実際に光っているわけではないが。

「あらかじめ……」

「どうしたの、祐未ちゃん」

「ずっとこんな調子だよ」

 源十郎が心配げに祐未を見つめた。

「あらかじめ、紙の束を用意していたとしたら」

 祐未は話し始めたが、祖父江は首を振った。

「そんなことできるわけがない」

「でも、おばあちゃんたちは中園さんが六千万円を用意してくれることを知っていたんですよ」

「だからって、なぜ紙の束を?」

「なぜかは分からない。でも、おばあちゃんなら何か知っているんじゃないかな」

 鹿子はびっくりしたように目を丸くした。

「私?」

「おばあちゃんだけはケースのロック番号を知ってた。だから、クローゼットの中のケースを開けることができたし、あらかじめ用意しておいた紙の束を詰めることだってできた。どこにお金が隠されたかはまだ分からないけど、おばあちゃんには何か目的があったんだと思う。お金を隠すだけのなんらかの目的が……」

 一斉に視線が集まると、鹿子は笑いをこぼした。

「やっぱり、祐未ちゃんは賢いのよね」

「それじゃあ、おばあちゃんが」

「ずーっと、嫌だったのよ。源さんの見え透いたうそが」

「お、俺か?」

 慌てたように反応する源十郎に鹿子は苦笑した。

「元探偵……そんなうそ、ずっと私たちにつき続けるのが、嫌だったの」

「うそじゃないぞ……!」

 この期に及んで白を斬り通すつもりらしい。

「私たちに隠し事をしてるんだと思うと、今までみたいに仲良くできないと思っちゃったのよ」

 成作が俯いた。

「それを俺たちに相談されたんだよ、ついこの前のことだ」

「え、成作さんと三代子さんも?」

 祖父江が驚いて尋ねると二人からはうなずきが返ってきた。なんといっても居心地が悪そうなのは源十郎だ。脂汗をにじませている。

「どうにかして、源さんにうそをついていると認めさせたかったの」鹿子は話し始めた。「源さんがうそだと認めてくれれば、またいつもみたいにお話しできるでしょう。なんだか、隠し事をされているのはバカにされているみたいで、ずっと気持ち悪かったのよ」

 言いたいことを吐き出して、すっきりしたような鹿子だったが、反対に祖父江は疑問符が止まらない。

「ええと、それと今回のことの間に、どんな関係が?」

「今回はちょっと失敗だったわ。だって、祖父江さんも祐未ちゃんも頭が良いんだもの。源さんの出る幕なんてこれっぽっちもなかったわ。本当はめちゃくちゃなことを言う源さんを問い詰めて白状させるつもりだったの」

「祐未ちゃんが言うように、本当に紙の束を作ってケースに詰めたんですか?」

 鹿子はついにうなずいて認めた。

「きっと、二つの計画が被っちゃったのね。祖父江さんと原産の計画は、お金の入ったケースと紙の束の入ったケースを入れ替えるものだったんでしょう?」

「そうです」

「お金の入ったケースを入れ替えるよりも前に、私がケースの中身を紙の束に変えちゃったのね。だから、祖父江さんが持って行ったケースの中身も紙の束だった」

「そういうことですか……。しかし、お金はどこに? 家中探したはずです」

「クローゼットの上に天板が外れるところがあるのよ。屋根裏に繋がっているの。お金はそこに隠しておいたわ。こんな大騒動にしてしまってごめんなさいね」

「そんなに俺のこと嫌っていたのか」

 源十郎が肩を落としていた。鹿子が首を振った。

「嫌っていたんじゃないのよ。何を考えているのか分からないのよ、源さん。どうしてそんなうそをつくのか。ずっと気になっていたの」

「みんなそう思ってたんだよ」

 成作がそう言う。責めるような口振りではなかった。歩み寄るような、優しい声だった。逡巡していた源十郎だったが、やがて観念したように息をついた。

「別にみんなをバカにしようと思ってたわけじゃない。俺は何の取り柄もない男だ。だから、みんなと違うんだと思わせたかった。子供のころからずっと憧れていた探偵の振りをしようと思ったんだ」

「そんなことしなくてよかったのに」

 三代子が言う。成作も笑った。

「源さんの賭けの勝率だってバカにできたもんじゃないぞ。俺の方が負け越してるんだからな。人を見る目は確かにあるんだよ、源さん」

 そう声をかけられて、源十郎は寂しげに口の端を歪めた。

「俺のバカなうそにわざわざ付き合ってくれたのか、みんな」

 何度も首を振るのは鹿子だ。

「バカだなんて思ってなかったわよ。ただ、本当の源さんでいてほしかっただけ」

 祐未は苦笑いを噛み殺した。

「それで、こんなことをしたの?」

「ごめんね、祐未ちゃん」

「だって、こんな大事件でなければ、人は自分の本性を出さないものよ。それに賭けたの」

 源十郎は頭を下げた。

「みんな、すまない。どうしようもない俺だが、これからも仲良くしてくれ。ずっと一人でいるのは嫌だ」

「もちろんだよ」

 成作が源十郎の背中を強く叩いた。どうやら、一件落着したらしい。一同は和やかな雰囲気のまま二階へ上がっていく。

「でも、こんなタイミングでやらなくてもよかったんじゃないの」

 祐未が水を差すと、鹿子は笑った。

「善は急げっていうでしょ」

「果たして、それは善っていうの?」

 一同は鹿子たちの部屋に入り、祖父江が代表してクローゼットの天板を外した。背伸びをして空いた穴の中に顔を突っ込んでしばらくの時間が経った。祖父江は狐につままれたような顔でみんなを振り返った。

「いや、何もないんですが」

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