六
祖父江は三代子の家の見取り図をノートに描き始めた。
三代子の家の見取り図
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16817330657683396562
読者諸君におかれては急にミステリ色が濃くなったことに戸惑いを隠せない向きもあるだろう。だが、彼らは大真面目である。まず、祖父江は一階のリビングダイニングに自分の名前を書き入れた。だが、やがて問題に思い当ってノートに書き込んだ。「カネはいつすり替えられたのか?」
「一応、皆さんの昨夜の様子もお聞きしたいのですが……」
源十郎が手を挙げた。
「俺からいこう。疑われたんじゃ堪らんからな。俺は九時過ぎに風呂に入ってそのまま二階の部屋に引き上げていった」
「一番奥の部屋?」
「そうだ」
祖父江は洋室Aに「若宮」と書き入れた。
「部屋に入ってからは何を?」
「別に何をしていたってわけじゃない。うとうとして、十時過ぎまでは起きていた記憶はある」
「その後は、二回トイレに起きたんですね」
「さっきの三代子ちゃんの話で二時十七分と四時五十六分は俺だと思う」
「その時、おかしな様子はありましたか?」
「いや、何も気づかなかった。成作のいびきがうるさかった以外は」
「余計なことを言うな」
いつもは冗談半分だろうが、今回は違った。カネが絡むと人間は変わる。
「どちらの時もいびきを聞いたんですか?」
「いや、確か最初の時だけ」
「つまり、青野さんが寝ていたことを若宮さんが間接的に裏付けたということになります」
成作はにやりとした。少なくともその時間の時分は容疑件から外れるからだ。
「いびきの音を流していただけかもしれないだろう」
「なんだその言いがかりは!」
また言い争いが始まる前に、祖父江は先へ進めた。
「次は青野さん、昨夜の様子を教えてください」
「俺は一番初めに風呂に入って九時前には二階に上がった」
「真ん中の部屋ですか?」
「その通り」
祖父江は洋室Bに「青野」と書き入れ、ついでに洋室Cに「孫井・祐未」と付け足した。
「眠ったのはいつごろ?」
「ずっとスマホで本を読んでいたんだよ。だから一時くらいまでは起きていた」
「トイレに行ったのは四時半ごろですか?」
「いや、スマホを見たので覚えてる。三時過ぎだ」
「ということは、全員のトイレの時間は抜け漏れなく把握できたことになりますね。次は孫井さん、昨夜の様子を」
鹿子は眉尻を下げた。
「私も言うの? 自分の部屋にお金を置いていたのよ」
「念のためにです」
鹿子は祐未と祖父江に目をやった。
「二人も見ていたと思うけど、三代子ちゃんが部屋に戻っていったのと同じくらいに二階に上がったわ」
「その時にケースも持って行かれましたよね」
「そうね」
「つまり、昨日の午後十時過ぎまではケースがリビングにあって、それ以降、今朝孫井さんが二階から持って来るまでは二階にあったことになります」
「そうなるわね」
「二階の部屋のどこにケースを?」
「クローゼットがあったので、一応、その中に置いておいたの」
「なるほど。寝ている間におかしなことはありました?」
「いや、ぐっすり眠っていたもんだから、何も……」
祖父江は鉛筆のお尻で顎を書きながら難しそうに唸り声を上げた。そのまま祐未を見て尋ねる。
「一応君にも聞くけど、昨日は〇時まで僕と話をしていて、その後、二階に行ったね。寝たのはいつごろ?」
「二時前くらいまでは起きてたと思います。ちなみに、私も成作さんのいびき聞こえましたよ」
「俺のいびきそんなうるさかったか……?」
成作がへこんでいると、隣の源十郎が口の端を歪めた。
「お前は無呼吸症候群じゃないのか?」
「やかましい」
二人を横目に祖父江は祐未への尋問を続けた。
「寝ている間に何か気づいたことは?」
「私も何も。祖父江さん、私とおばあちゃんは夜中にトイレに行ってないの。ずっと部屋にいたんですよ。そんなところに入って行ってケースの中身を入れ替えるってすごくリスキーじゃないですか?」
「確かに。だが、今はとりあえず昨夜のみんなの行動をまとめよう。そのことは後で考える」
「分かりました。じゃあ、最後は三代子さん」
「私も大したことは言えないわね」三代子は困ったようにそう言った。「十時ごろに部屋に戻ってわりとすぐに寝ちゃったのよ。その後、四時半くらいにトイレに起きたけれど」
「実は僕は初瀬さんが和室から出て、リビングを通って行ったのを感じていましたよ」
「あら、じゃあ、裏づけはできたわね」
祖父江は見取り図の和室のところに「初瀬」と書き、さらに洋室Cに「午後十時から翌午前八時過ぎまでケースあり」と入れた。そして言う。
「今のところはまだ何とも言えませんね……」
源十郎が言い放った。
「普通に考えれば、鹿子ちゃんが怪しい」
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