四
「今回の件に決着がついたら、何がしたい?」
風呂から上がると祐未は鹿子に問いかけた。すでに源十郎と成作は二階に上がって、三部屋のうち一部屋ずつを占領していた。一階のリビングダイニングには、祐未と鹿子、三代子、そして、祖父江が残っていた。
「そうねえ、この前もみんなで話していたんだけど、旅行に行きたいわね」
「そういえばそんなこと言っていたっけね」
鹿子と三代子は顔を見合わせて微笑みを交わした。
「じゃあ、気持ちよく旅行に行けるように頑張らないとね」
そう言って祐未はドライヤーで髪を乾かし始める。祖父江はぼんやりとその様子を見つめながら、今回のことを考えていた。
「どうしたの、祖父江さん、祐未ちゃんを見つめちゃって」
三代子が肘で小突く。
「見つめてるわけじゃないですよ」
「祐未ちゃんはダメよ。将来有望なんだから」
鹿子は胸の前でバツを作った。
「なんで手出そうとしてると思ってるんですか」
祐未がドライヤーを止めて睨みつける。
「聞こえてるんですけど。変態」
「聞こえてるんだったら変態じゃないって分かるだろう」
三代子が笑う。
「いいコンビではあるんだけどねえ」
「やめてよ三代子さん。この人はお金くれる人だから」
「雇い主ね。誤解を招くような言い方はしないように」
祖父江がそう言い終らないうちに、祐未はまたドライヤーを起動させる。だが、祖父江は言う。
「確かに、将来有望というのは分かりますよ。僕でも気づかないことに気づいたり、機転を利かせたり、高校生とは思えない頭の良さを感じますからね」
ドライヤーで祐未に聞こえていないからこそ、祖父江はそう称賛するのだった。鹿子は胸を張って言う。
「自慢の子よ」
「だからこそ、今回の件は彼女の人生にとっても大きな影響を与えると思うんです。失敗の経験をさせたくない」
「先生みたいなこと言うのね」
「親心みたいなものが芽生えてきたのかもしれません」
「結婚してないのに?」
鹿子は辛辣だ。
「いや、このタイミングでそれ言われるのめちゃくちゃ傷つくんでやめてください」
「祖父江さんは、どうやって古池を攻略するつもりなの?」
鹿子が聞くと、祖父江は考え込んでしまった。
「正直、時間をかけなければいけないと思います。祐未ちゃんの言うように、古池の隙の突きどころを探る時間が必要です。『スティング』では、騙す相手が賭博に傾倒していると分かったから大仕掛けができたわけですが、今の我々は古池のことをほとんど何も知らない」
「確かにそうね」
「少し思ったんだけど」いつの間にか髪を乾かし終えていた祐未が口を挟んでくる。「目には目を。詐欺には詐欺を、っていうのはどうかな?」
「詐欺には詐欺を?」
三代子が首を傾げる。
「そう。古池に詐欺を持ちかけるの」
「それで?」
「うーん、まだ細かくは考えてない。だけど、詐欺を働くなら古池も載ってきそうじゃないかと思って」
祖父江はノートを取り出して鉛筆を走らせた。
「面白い案だな。確かに、古池に行動を起こさせるには、それが一番いいかもしれない。とにかく、やつに取り入る隙を作れればチャンスも生まれるわけだからな」
「はい、そこの部分を掘り下げていったらいい感じのアイディアも出てくると思います」
二人して言葉を交わす様を見て鹿子は思わず口を開いた。
「確かに、いいコンビよね」
「やめてよ、おばあちゃん」
笑う祐未だったが、満更でもなさそうだ。物語としても祐未が絡んでくれればある程度の需要も生まれて助かる。ぜひ、次回作には出演してもらいたいものだ。
「さて、私はもう横になるわ」
時計の針は午後十時を過ぎている。三代子は立ち上がって和室の方へ向かっていった。鹿子もあくびを噛み殺して立ち上がろうとする。
「祐未ちゃんは二階の私と同じ部屋ね」
「うん、分かってる」
「二人はまだ?」
祖父江は祐未と視線を交わしてうなずいた。
「そうですね、もう少し考えを詰めていきたいので」
鹿子は悪戯っぽく笑った。
「夜はまだこれからだものね」
「おばあちゃん!」
「おやすみなさい」
そう言って鹿子は逃げていった。重そうにアタッシェケースを抱えながら。しばらくして祖父江は鉛筆を手に取った。
「さて、さっきの話の続きだけど……」
「詐欺のための投資ならお金を惜しまないかもしれないですよね」
「そうかもしれないが、お前が金を出せと言われれば終わりだ」
「言いそう……」
「それに、五億以上の投資なんてなかなかあるものじゃない」
「一発で五億騙し取らなきゃいけないんですもんね」
「そうだ、難しいな」
「やっぱり、騙し方より古池の人となりをもっと知った方がいいですよね」
「結局はそこに行き着くな」
それから二人は議論を交わしたが、すべてはまさに机上の空論でしかなかった。身を持った具体的な案はやはり古池の人間性の基盤の上に築き上げられるというのが二人の結論だった。〇時まで続いた議論は祐未のあくびでいったんの終止符が打たれた。
「また、明日みんなに今の話をして、そこから先は僕らの情報収集にかかってくるな」
「そうですね」祐未は立ち上がって伸びをした。「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「ここのソファで寝るんですか?」
「そうだね。それで充分だよ」
「風邪ひかないでくださいね」
「分かってる」
そうして夜は更けていった。
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