三
源十郎、成作、鹿子、三代子、祐未、そして祖父江。
六人は三代子の自宅の和室に膝を突き合わせた。中園と別れてからすぐのことだ。何回目かの作戦会議だったが、今回は力が入っていた。なにせ、仕切るのは本物の探偵、祖父江だ。彼は源十郎がやっていたようにノートを広げていた。
「ええと、では、始めますね」
「威勢が足りん!」
成作が叫ぶ。笑い声が返ってくる。
「まず、僕が確認したいのは、本当にやる気なんですかということなんです」
全員が強くうなずいた。
「本当ですか?」
全員が強くうなずいた。
「五億四千万ですよ」
全員が強くうなずいた。
「やる気ないのは僕だけですか」
「祖父江さん」祐未が言う。「やる気はやりはじめてから、初めて湧くものなんですよ」
「そんなこと言ったって、どんな案があるっていうんだ。相手は一銭もカネを払わないで五億四千万を手にしたんだぞ」
祖父江の攻勢に老人と祐美は沈黙した。
「ね、精神論じゃどうにもならないんですよ」
鉛筆をぴしゃりと置いて彼は断じた。鹿子は頬に手を置いて考えていた。
「古池にお金を出させる方法を考えなけれないけないということよね」
唸り声が上がりこそすれど、答えを導く者はいない。と、祐未が口を開いた。
「ずっと気になっていたんだけど、古池はなぜ詐欺師をしているの?」
あまりにも唐突な疑問だった。老人も、祖父江さえも頭に上らなかった。
「だって、そうじゃない。古池は何億も騙し取れるんでしょ。だったら、もうお金は必要ないはず」
「考えたことなかったなあ」
源十郎が腕組みをする。三代子も首を傾げる。
「生粋の詐欺師なんじゃないのかしら」
「そんなこと、相手を騙すには関係ないんじゃないか?」
成作がそう言うが、祐未は断固として譲らない。
「そういう人間の奥底にあるものを知らないと、古池を騙すことはできないよ。現に、私たちは失敗してるんだから」
「ふむ」祖父江は顎に手をやった、「確かに祐未ちゃんの言うことは一理ある。古池の持っているカネの行き先はどこか、という問題です」
祐未の眉が寄せられる。
「でも、古池はずっと部屋に籠ってる。どうやって調べるんです?」
「逆に考えよう。どこにも行く必要がないのだ、と」
「どういうことですか?」
「おそらく、カネはキャッシュレス状態のままだ。データなら、部屋にいてもやりとりができるだろう」
「でも……、だからどういうことなんです?」
三代子が応える。
「どこかにお金を送っているのかも」
「そう、その可能性もあります」
祖父江は鉛筆でノートに書きつけた。「どこかへの送金の可能性」。成作が苦笑する。
「つったって、どこに?」
「暴力団の末端だとか?」
祐未の言葉に祖父江はうなずいた。
「暴力団の資金源という仮説だね」
「もしそうだとすると、古池も搾り取られてる側ということになるわね」
少しだけ笑うのは鹿子だ。古池も搾取される側だとすればさぞ痛快だろう。
「ですが、そうなると、僕らが首を突っ込むのはマズいということに」
「確かにマズい。やくざは手段を選ばんからな。俺も昔は……」
言いかける源十郎に祖父江の視線が飛ぶ。
「もしこの仮説が事実だとしたら、問答無用で手を引きます。いいですね?」
強い語気に気圧されて五人は一斉にうなずいた。いくら彼らでも、相手にしたくない連中であることは確かだ。それに、新人ミステリ賞に応募される作品のシナリオの結構な数にやくざが絡んでいるとなると、ここで差をつけずにはいられないだろう。今回はやくざはなしである。
「では、それ以外にどういうことが考えられるか、ということになります」
「やっぱり生まれながらに詐欺師だという説も捨てがたいと思うわ」
三代子は改めて自説を披露した。これにも祖父江はうなずいたが、難しい顔になる。
「もしそうだとすると、勝ち目はないですよ。相手はただ騙すためだけに生きている。ならば、どんな状況でもカネを出すようなことはしないでしょうから」
「じゃあ、この説も考えない方がいいわけね」
三代子はおとなしく引き下がったが、この議論を楽しんでいるようだ。成作もこれに加わる。
「大金を手にすると感覚が狂うというだろう。古池もそうかもしれん。だから、カネを欲して堪らなくなっているんだ」
「ギャンブルにハマりそうね」
鹿子がそう言うと、祖父江は膝を叩いた。
「それは一つの可能性ですよ、孫井さん!」
祖父江はノートに「ギャンブル」と書き殴った。
「ギャンブルでハメるとなると闇賭博か」
源十郎はそう言ったが、表情は晴れない。そのためのノウハウをここにいる誰もが持っていないからだ。祖父江も表情を曇らせる。
「そもそも、ここにいる全員、古池に顔を見られています。僕らが出ていくだけで警戒されるのは目に見えている……」
議論は紛糾した。古池がFX中毒であるという説も立てられたが、そこにどうやって介入するかが問題であり、技術的にも難しいことは明白だった。
そうこうしているうちに日は落ち、あっという間に夜の帳が下りてしまった。
「今日はお泊り会にしましょうよ」
三代子が言った。
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