四章 見えざるカネを探せ
一
あれから、一ヶ月が過ぎた。
どういうわけか祖父江の事務所のバイトとして収まった祐未が放課後に顔を見せた。
「お疲れ様です」
この一ヶ月、彼女の沈んだ顔を見るのが祖父江は辛かった。
「お疲れ」
その表情に新しく悲しみを刻むことになると分かっていながらも、祖父江は報告せずにはいられなかった。
「中園さん、お金を作ったようだよ」
祖父江はそう言って新聞を投げて寄越した。見ると「中園氏、土地売却へ」とある。
「どういうこと? おばあちゃんたちのために?」
「そうかもしれない。正義感の強い人だから」
祐未は肩を落として椅子に腰かけた。
「古池にしてやられたってことか……」
握り拳を作る祐未を慰めることは祖父江にはできなかった。ただ事実を伝えるのみだ。
「僕たちは負けたんだ。どれだけ努力しても実を結ばないこともある」
「こんなの、ひどすぎるよ」
「仕方ないよ。六千万を得るための犠牲だったんだ」
「よくそんなに冷静でいられますね」
「冷静じゃないよ。無力だと思い知らされた」
「諦めるんですか」
「それ以外にどうする。また罠にハメたと思ったら、やり返されるのがオチだぞ」
そう言われて、祐未には返す言葉がなかった。祖父江はさらに付け加えた。
「あれからおばあちゃんたちもベンチに戻ってきたんだろう?」
「はい……また前みたいにだべってます」
「また以前の日常に戻っただけさ」
受け入れたくないという思いと事実とが祐未の中でせめぎ合っているのだろう。彼女はグッと奥歯を噛みしめていた。
「中園さんと話はついているのかもしれないだろう」
「でも、私、なんかスッキリしません」
祖父江は苦笑した。
「世の中スッキリしないことばっかりだよ」
祐未は、大人の世界を押しつけようとする祖父江を無視して出て行ってしまった。祖父江求めることはしなかった。自分も若ければ同じような行動を取っただろうから。
老人たち四人はベンチに腰掛けていた。祐未が現れると、場所を詰めて座り直す。
「おいで、祐未ちゃん」
男性陣と女性陣のど真ん中に腰を下ろす祐未を老人たちはじっと見つめていた。この一ヶ月ずっと続いた妙な沈黙。だが、今日は違った。そのわけを祐未も老人たちも分かっていた。祐未は静かに口を開いた。
「祖父江さんから聞いたよ」
「なにを?」
源十郎が応えた。
「中園さんのこと」
たった短いそれだけの言葉だが、老人たちの笑顔を引っ込めさせる力はあった。
「そう、聞いたのね」
鹿子が言う。その表情には影が差していた。
「ねえ、おばあちゃんたちは悔しくないの?」
「そりゃあ、悔しいさ」
一度は騙しかけたのだ。成作はタバコを灰皿に押しつけた。
「中園さんは大丈夫なの?」
「大丈夫だとは言っていた」
そう答える源十郎の声は重々しい。
「そんなわけないよ。だって……」
その先の金額を言いたくはなかった。あまりにも大きすぎるものだ。
祐未が先を続けようという時、向こうから中園がやってきた。右手には銀色のアタッシェケースを提げていた。重そうに運ぶその姿。五人は立ち上がって彼を出迎えた。中園の第一声はこうだった。
「六千万だよ」
笑顔だった。
「でも……」
鹿子が渋る。祐未は詰め寄った。
「おばあちゃんどういうこと? 中園さんに害を被ってもらっただけじゃなくて……」
「いいんだよ、お嬢ちゃん」中園の声は穏やかだった。「お金は重要じゃないんだよ」
いつか祐未自身が言っていた言葉だった。だから、彼女は返事すらできなかった。
「悪い人間を追いやって、かわいそうな人を助けた。それだけなんだよ」
それだけを言って立ち去ろうとする中園に鹿子は追いすがった。
「やっぱり中園さん……!」
快活に笑う中園。
「これ以上は引き止めちゃいけないよ。俺の気が変わっちまう」
そう言い残して去って行く彼の背中を誤認はただただ見つめた。ダイヤル式ロック付きの銀色のアタッシェケースが春の日差しを受けて鈍く光っている。無言がそこにはあった。重いケースを持ち上げて、鹿子の瞳から一筋の後悔がこぼれ落ちる。
「おばあちゃん……」
鹿子に寄り添う祐未を、老人たちは優しく見守った。そんな祐未の姿に感化されたのだろうか。鹿子は口を開いたのだった。
「やっぱり、古池を許すわけにはいかないね。もう一度リベンジよ」
その決意に満ちたひと言を誰もが待っていたのかもしれない。源十郎が「よし」と口にするのを皮切りに、威勢のいい声が溢れ始める。祐未は笑った。
「そうこなくっちゃ!」
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