エル・コーポレーション土地買収へ

 大手物流サイト「エル・バイ・ウェブ」を運営するエル・コーポレーションの稲田究CEOは本紙の取材に答え、椎町南の工場地域およそ三六〇〇平方メートルを買収する見込みであることを明かした。

 買収予定となっている土地は二〇〇二年に常盤産業株式会社が経営破たんしたのち、長らく放置されてきた。工場跡地は廃墟と化し、治安悪化の温床と捉えられてきたが、今回の買収によって風向きが変わると見られている。

 この買収について、土地所有者の中園忠賢氏は「土地が有効活用されるのは大歓迎だ。今後は地域活性化のために一役買ってくれるだろう」と展望を話した。

 買収は早くとも今月中に行われる見通しで、これが成立すれば、十億円規模の物流拠点誕生の端緒となる。


 祖父江は満足げにキーボードを脇に避け、できあがった偽の原稿を読み返した。なるほど、それらしい。その後、誤字脱字を直した。時計を見ると午前三時。良い頃合と、祖父江は近所のコンビニへ繰り出した。ちょうど朝刊が入荷されており、早速購入して事務所へ戻る。地域版のページを開いて、記事の構成を確認すると、さきほどの文章データの改行位置を調整し始めた。一つ嬉しい誤算があった。あらかじめ印刷したものを貼りつけてスキャンするのではなく、スキャンした画像自体に原稿データを上書きすることができると分かったのだ。微調整を繰り返し、元々の記事は消滅した。祖父江はろくに読まなかったが、大した記事ではあるまいと思ったらしい。

 A1サイズの印刷ができる大型プリンターを部屋の隅から引きずり出し起動する。なぜそこにあったのかは分からないが、大活躍である。白い新聞紙に記事が印刷されていく。質感も新聞紙に印刷すると本来のものと遜色ない出来栄えだ。やがて両面の印刷が終わると、本来の位置に紙面を挿入して紙に癖をつけ始めた。

 作業が終わったのは、午前三時半を過ぎたころ。ちょうど祐未から連絡が入った。

『今、新聞の確保終わりました。外寒いです』

「ご苦労。僕の方も作業が終わったから、今すぐそっちへ向かう。あと二、三十分で着く」

『早くしてください』

 祐未の恨み言を聞き流して車に乗ると一路渋谷へ。午前四時前には、祐未と合流した。

「見せてくださいよ」

「二十七面だ」

 目を輝かせて記事を探す祐未は、早起きしたとは思えないほど爛々としていた。

「これですか。すごいですね。やればできるじゃないですか、祖父江さん」

「褒められてる気がしない……」

「新聞記事って感じ。言われなかったら改変したって分からないですよ、これ」

「そりゃあ、どうも」

 はにかんで頭を掻く祖父江は嬉しそうだ。祐未は早速古池のマンションへ向かい、新聞受けに捏造新聞を投函した。

「これで一仕事終わりましたね」

「記事を信じてくれれば、古池も中園さんの話に乗ってくるだろう」

 動きがあったのは、翌日のことだった。

 いつものように古池の部屋を見張る祐未たちの前に足早に部屋を出る彼の姿が映った。

「車のキー持ってます!」

 その一言でエンジンが始動する。二人の連携も慣れたものだ。地下駐車場から昼の日差しの中に滑り出す深緑の車の後を追う。

「椎町に向かってくれればいいんですけど」

 そう願う祐未の思いが通じたのか、古池の車はまっすぐに椎町の方向へ。やがて、高速を降りると、前回とは違い工場地域へ向かう。しばらく走ると、工場敷地への鎖が外れた入り口に行き当たって、古池の車は迷うことなく入っていった。

「私たちも行きましょう」

「工場跡地で取引か、映画的だ」

 よく分からない感慨に浸りながら祖父江は祐未の後を追った。

 工場跡地は遠目から見ても朽ちているのが分かるほど赤茶けて錆びついている。何に使うのか、巨大な球体が睥睨する中、待ち構えている男の姿があった。中園である。両手を前で組みながら立っていた。車から降りる古池が会釈すると、笑顔で応じた。

「工場跡地で取引か、映画的だ」

 祐未は思わず祖父江を見つめた。流行っているのかもしれない。読者諸君も彼らの感性に置いて行かれないように気をつけよう。

「実際に見てもらった方がいいかと思いましてね」

「その必要はないといったはずだが」

「私にも愛着はありますもので」

「常盤産業には土地を貸していたんだそうだな」

 中園が笑う。

「お調べになったんですね」

「私も疑り深い性質なんでね。貸してはいたが、無償で。なぜだ?」

「私はこの街が好きでして。賑わえばいいなと、ただそれだけのことですよ」

「こんなちっぽけな街のどこがいいんだか」

 祐未が唸る。

「ムカつくけど、確かにそうかもしれない」

「私はこの街で生まれ育ちました。ここは昔は大きな畑だったんですよ。よく遊び場にしていました」

「それが今じゃ……」

「ええ、寂しいでしょう。だから、売ることにしたんです」

「なぜ貸さない」

「妻のため」

 簡潔な答えだった。古池は何度も細かくうなずいていた。まるで自分自身を納得させるかのように。

「登記識別情報は?」

 中園は車の助手席から革のブリーフケースを取り出した。

「この中に」

「ちょっと見せてくれ」

「どうぞ。もうすぐあなたのものになる」

 受け取った登記識別情報の中身をまじまじと見つめながら、古池は言った。

「なるほど」

「それで、お金は……」

「カネはない」

 その一言に祐未も祖父江も声を上げそうになった。

「どういうことなの……?」

 古池の不遜な笑み。

「慎重を期したい」

「……というと?」

「先方と売却を進めてくれ」

「どういうことですか」

「すぐに買い手がつくといったな。なら、売却が終わった後で、私が差額を貰い受ける」

 祖父江は「ああ……」と声を漏らした。

「あいつ、頭が良い」

「売らせて、六千万を引いたお金をもらうってこと?」

「そういうことだ。自分からはカネを払わない」

 古池は言う。

「五億四千万だ。間違いのないように」

 それだけを言って、古池は車に戻り、行ってしまった。あとに残された中園は唖然とした表情で立ち尽くすことしかできなかった。

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